第54話 暗黒の大天使

 モイラは上手く動かない体で、叫ぶ。恐ろしい念を込めて。

「そうか……そこまで私の邪魔をするのか。ならば、残った心も捨てる」

 モイラはハウリングソードを強く掴むと、自分の心臓へ突き刺した。


「ぐぁぁぁぁぁ」

 怖ろしい叫び声と共に、モイラの身体が、黒い光を放ち始める。

「なにが起こっている?」


 パルヒョンが再び攻撃の態勢をとる。

 立っているのがやっとのフレイヤを悠里絵が支える。

 巨大なエーテルが振動を始めた。

 モイラの身体が徐々に大きくなっていく。それと同時に、モイラの周りに赤黒い気が膨れ始めた。苦しそうではあるが恍惚の表情を浮かべて、モイラが叫んだ。


「私は、愛する人に裏切られ見捨てられ殺された。二度目は、捨て去った、自分自身、悠里絵! おまえの邪魔される。もういい。もう止めよう。この世の全てを終わらせる!」

 巨大なエーテルは姿を形作り、ついに百メートルを越える巨大な姿になった。

 モイラの背には六つの翼が生え、光り輝く身体は、教典のエンジェルの形をしていたが、漆黒の光と、真っ黒な瞳にから黒い涙が流れ落ちる。


 暗黒のエンジェルとして立ち上がったモイラ。


 図書館は崩壊を始め、崩壊は街の方へと連鎖していく。倒れていた八束と時輪の手が微かに動いた。二人の動きに気が付いた悠里絵には、黒い触手が二人の身体を突き破り、包み込んでいくのが見えた。遠くで崩れていく街でも、倒れた人々の身体に次々と黒い触手が生え、近くの触手と融合し、大きな触手へとなりつつあった。黒い涙を流す大天使となったモイラが叫ぶ。


「さあ、全ての苦痛を解放せよ。そして光の者達を、闇に引きずり込め」

 暗黒のエンジェル、モイラの声で、数十メートルまで成長した黒い触手の数は数千を超え、まだまだ増え続けている。


「これは、ちょっとやばい感じだな」

 パルヒョンが、フレイヤと悠里絵を守るように前に出た。

 モイラが黒い涙を流しながら話を始めた。

「おまえたちの望みどおりに、私はここに封印されよう。この次元を道連れにしてね。そして、おまえたち三人には、尽きることない恐怖と痛みを与え続けてやる。死ぬことは許さない。なんどでも再生して同じ苦しみを続けさせてやる。永遠にね」


 パルヒョンの身体を黒い触手が貫いた。

 痛みで膝をついたパルヒョンの身体に、次々と触手が突き刺さる。

 黒い触手は、パルヒョンを突き抜け、地面に串刺しにする。

 むごい光景に悠里絵が目をそらすが、フレイヤは澄んだシルバーグレイの瞳を大きく開くと、真っ直ぐにモイラを見た。


「この期に及んでも不屈の眼差しとは、さすが光の神フレイア。だが、この世界では私が神だ。さあ受けよ、最高の祝福である、苦痛を!」

 足下から触手が伸び、フレイヤの身体を貫いた。

「フレイヤ!」

 悠里絵が叫び、フレイヤにすがる。その身体を触手がとりまき、肉を潰し、骨を砕く。血を吐き出すフレイヤ。


「悠里絵、私の半身であったおまえには、色々と世話になった。私はおまえのせいで愛を知り、心が乱れ、ここまで来てしまった。おまえの一番大切な者を殺し続けよう。まずは、百万年、フレイヤを殺し続ける。その後はおまえを、百万年いたぶろう」

 なすすべの無い悠里絵が懸命に考える。

「もう、方法はないの? フレイヤの望み通りに、モイラは封印できたけれど、このままでは……。いいえ、もしかして……そう」


 気が付いた。そして走り出す。

 悠里絵の後を追う黒い触手の渦。

 触手に囲まれた悠里絵はあたりを懸命に探し、そして見つけた。


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