改変童話、説話習作

@HighTaka

#1 灰かぶり姫

 侯爵は親バカだった。例外は正妻の娘で、正妻亡き後迎え入れた妾の娘たちだけを溺愛した。彼が愛したのは後妻となった妾だけで、政略結婚でむかえた正妻が健在な間は肩身の狭い思いをさせたことに対する罪滅ぼしもあった。

 彼がどれくらい親バカであったかというのは、自分の領土と民を三分割し、それぞれの娘の持参金としたことにあらわれている。彼の領土の半分は正妻の持参金だ。その分を正妻の娘の持参金にあてたのなら誰も不満には思わなかっただろう。

 だが、彼は関係なくもっともよい部分を分割して妾の娘たちに割り当て、魔物がすむという未開の森のある荒れ地を正妻の娘にあてた。長幼の順にすきなところをとらせたということになっている。正妻の娘は一番年下だった。

 そして彼女らに領地の経営を委任し、諸経費にあてるよう結婚後を見据えた指示を出した。

「そういうわけで、自分の身の回りくらいは自分で見なきゃいけないわけ」

 薪をわり、かまどで煮炊きする姫はきかざって優雅に領地経営をする姉たちにバカにされていた。かつては彼女たちが似たような境遇であり、末の姫は乳母日傘であった。今は乳母も里に返し、母が実家からつれてきた爺やとばあやの夫婦しかいない。

「どなたに説明しておられるのかな」

「いや、神様か誰かが見てる気がして」

 爺やはなにかあるとおいたわしいと泣く。だが、姫は領地の開墾と発展、魔物対策にある程度の成果がでていることにご満悦であった。その分、自分の身なりにはまったく費用をかけることができず、公式の場にでるときは二回ほど父の屋敷に税収の報告にいったときに着る一張羅を直しなおし使っていた。

「どこでそんな知識を得たかって? 企業秘密よ」

「また誰にむかっておっしゃられているのですか」

 実のところ、母親の遺産によるところが大きい。宝石やドレスは売り払ってしまったが、二つだけ彼女は手元に残していた。母親の実家で代々書き写し、書き足していったノートの山と祖母の遺品だというめっきのだいぶはげた手鏡だった。

 それは魔法の手鏡だった。手鏡は見ている者の顔をうつすだけしかできない。母も急に亡くなるとは思わなかったのだろう。それ以上の何かがあることは教えてくれなかった。ただ、大事にしろとだけ言われた。

 姫はノートを読み込み、先祖の女性たちの伝えてくれた知恵をわが物としていたのである。

「王宮で舞踏会がある。王太子殿下はまだ婚約者を定めていない。招待状はわたしておくから、お前たち行ってきなさい」

 侯爵には計算があった。王家の直轄領はいろいろあってだいぶ減っている。血筋をたどれば王位を請求する権利のある貴族はいくつかあって油断ができない状態だろう。娘のどちらかを、(そう、侯爵には二択しかなかった)そうどちらかをめとらせれば王家は領地を得、侯爵家は王家との紐帯を得る。選ばれなかったほうの娘に婿をとれば侯爵家は存続する。

 末の姫に王宮に出かける準備ができるわけがないということは、侯爵も後妻も、娘たちも全員わかっていた。

「そうなったあと、私はどうなるのかしら」

 爺やは答えなかった。何をいっても慰めにしかならない。爺やには疑惑があり、ばあやはそれを直感だけで事実としていた。

 姫の母、正妻は毒をもられて病死のように殺されたのだという疑惑。

「あの姫さまが手にまめをこしらえ、何度も失敗しながら涙をこらえていたときのことが忘れられません」

 そういってばあやはさめざめと泣き、侯爵を呪詛し、当の姫になぐさめられるのである。

「私は結構いまの生活楽しんでるから」

 とはいえ、二人の姉の結婚がきまれば侯爵家をつぐほうの姉にいまの領地も取り上げられるという予感が彼女にもあった。

「身一つで追い出されるのかな」

「そして魔物かなにかの仕業として殺されますね」

 今度は答える声があった。魔法使いの身分を示すなりの、初老の女性が数名の供とともにそこにいた。

「どちらさまでしょう」

「森の魔女ということにしておいてくださいな。昔、奥様にはお世話になりました」

 供回りは旅装束だがどこかの貴族の家付き騎士、侍女たちのようだ。

「無理がありますね」

「無理をなんとかするのが魔法です。あなたにはこれからしたくしていただいて舞踏会に出ていただきます」

「でも、お金が」

「出世払いでお願いしますね。なので必ず結果は出してください」

 シビアな魔女である。

 結果を出すといっても、姉二人は継母に似て美女である。どうしてもどこか地味な自分に勝ち目はない。それとも別のことが期待されているのだろうか。

「これからしばらく、野良仕事も薪割りなど禁止です。全部魔法で片づけますから黙って磨かれてくださいね」

「こころが落ち着くから薪は割りたいなぁ」

 禅僧のようなことをいうが魔女は聞く耳もたない。

 魔女の魔法は供回りの人力だった。身の回りの世話を焼かれ、従前と同じことで許されるのは領地経営に関することだけ。魔女はぱらぱら帳簿めくって思ったよりやれてるじゃない、と失礼な感想を漏らした。

「これのおかげよ。叔母さま」

 姫は秘伝のノートを見せる。あらなつかしいといいかけて魔女は口をつぐんだ。

「私は森の魔女です。いいですね」

「はい」

 姫にも彼らの正体の察しはついていた。いたが、なぜ今になってというのが正直な気持ちだ。

 そして舞踏会当日がやってきた。姉二人は派手な馬車で乗り付け、この日のためにあつらえた豪華な衣装で登場する。一方、侯爵はそっと会場にはいりグラス片手に王太子の近辺にいる人たちの間を回遊して王太子の耳にはいるよう工作する。計算のできる男なら、少なくとも計算のできる側近がいれば食いついてくるだろう。そして彼の自慢の娘たちは素地にも恵まれ目をひく美しさであった。

 末姫は悪目立ちしない程度に質素な馬車で到着する。ドレスも高価だが落ち着いたものだ。壁の花になりそうね、と本人は思ったがあの魔女が何も準備してないはずはない。

 出席していた貴族の中にはまだ小さかった彼女のことを覚えている人もいて談笑したりダンスに誘われたりと壁の花にはならなかった。そして宴もたけなわ、彼女にダンスを申し入れたのは王太子だった。

 姫がびっくりしたことに、王太子は社交辞令的なことは一言もいわず、侯爵領のいくつかの問題について見解をもとめてきたのだ。

「舞踏会の話題ではございませんよ」

「大事な話だ。きかせてくれ」

 姫は少し考え、曲の長さを考えて端的な言葉と短い捕捉で回答した。王太子がびっくりした顔をしてるので理由を問うと、まさかまじめにきちんと答えるとは思わなかったといわれる。

「御下命に応えてそれはあんまりですわ」

「謝罪する。だが、妻となるそなたの人となりを知っておきたかった」

 ああ、やっぱり。姫には予感があった。

 ダンスがおわってお辞儀がすむと、彼女は逃げるように会場を出た。王太子が誰を選んだかほどなく知れるだろう。そうなったら危険になる。

「なるほど、貴女のいったとおりだ」

 彼女を見送った王太子は既婚夫人をしめすベールの貴婦人にそうつぶやいた。

「急いで帰った際にこの靴を落としたことにしてくださいまし」

「侯爵がすっとぼけたときの保険か」

「あれは愚かですが、認めてしまった後の展開はさすがにわかるでしょう。あの娘はここにこなかった。それで通そうとします。そのときにこの靴を口実にしてくださいな」

 魔女だった。


 一か月後。

 姫は魔の森の小屋で薪をわっていた。彼女が王宮に出かけている間に魔女の采配で避難場所が用意されていたのだ。付き従うのは爺や、ばあやと母の実家からきた騎士が一人。届け物をしてくれるのは彼女のおかげで暮らし向きがよくなった領民数名。土地勘がよく、魔物の相手も慣れている猟師の親子が周辺の警戒と新鮮な獲物をとどけてくれる。

 ふいに騒がしくなった。大勢のやってきた気配。そして言い争う声。

「まいりましょう」

 斧をおいて彼女は爺やに宣言した。様子を見てまいりますといったばあやが小屋の表で腰を抜かしていた。

 王太子と王家の騎士十名。侯爵と侯爵家の騎士六名。侯爵家の騎士はおしきせから姉つきが二人づつとわかる。王太子のそばには執事らしい老人がおり、うやうやしく姫の普段履きの靴をかかげている。

「ないと思ったら」

「さあ、そこの灰かぶり姫、これをはいてみてくれ」

「返していただけるのかしら」

「ぴったりならね」

 ぴったりに決まっていた。

「これで決まりだ。侯爵、予にいつわりを申した咎、いかがするつもりか」

 侯爵家の騎士たちがざわめく。王家の騎士たちは隊列を組んだ。そして母の実家から派遣された騎士は盾を構えて姫を守る姿勢をとる。

「引退して、家督を娘たちにゆずります」

「国法を読み直せ」

 王太子の声は冷たい。

「どういうことでしょうか。この娘の姉たちにも権利はございますが」

「彼女らは庶子だ。権利はない」 

 同時に執事がどこから出したか黒革の分厚い書物を広げ、庶子、嫡出子に関する規定をよみあげた。ここにいたって侯爵は自分がはめられたことを察した。

「汚い。はじめからわが領地を狙っておられましたな」

「そなたの正妻、公爵家よりの持参分を姫につけるのであれば公爵家もだまっておったであろうよ。そなたが嘘をもうさず婚礼に賛成であれば召し上げるのもそこまでにするつもりであった」

「信じられませんな」

「もちろん、全部というのをそこで手を打つつもりだった。感謝されただろうな」

 侯爵はきっと姫のほうをにらんだ。

「こんな方でおまえはいいのか」

「いくつかお許しをいただけるのなら、いっこうかまいませんわ」

「もうしてみよ」

「侯爵領については一切お任せくださいますよう。それが一つ」

「そなたの持参した領地だ。好きにせよ」

 勝手な、といいそうになるのを侯爵はぐっと飲みこんだ。

「後はそうですね、薪割りが趣味になりましたので、王妃となっても続けてようございますか」

 これには王太子も目を丸くした。

「人前でやらなければよい」

「父については王都で不自由ない隠居暮らしを過ごさせてくださいませ。姉たちについてもお咎めなきよう」

「承知した」

「いと深きお慈悲に感謝いたします」

 姫は野良着のまま優雅に頭をさげた。

「さて、侯爵。いかがいたす」

 ざわつく自分の騎士たちを侯爵は手で制した。

「万事、お心のままに」

 侯爵はその場で自分の騎士たちに姫への忠誠の近いを立てさせた。

「ありがとう。お父様。お姉さまがたについては安心して。どこか裕福なところにとつげるよう計らうから」

「ありがとう。頼むよ」

 侯爵はやはり親バカだ。生まれて初めて感謝の言葉をもらいながら末の姫はさびしく思うのだった。

 王太子と姫はその後も仲良く油断なく愉快に国をおさめましたとさ。

 めでたしめでたし。

 (終)

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