三年生
第39話 ヒカルのデートのお相手は?
今日の朝ごはんはソラタのお気に入りだ。黄身がトロトロの目玉焼きをご飯の上にひっくり返して、おしょうゆかけたやつ。ぺろっと平らげて、牛乳をごくごく飲み、流れるような動作でランドセルをしょって、玄関のドアを開ける。三年生になって、朝の準備が目に見えて早くなった。
「いってきまーす!」
「はい、いってらっしゃい」
「あ、お母さん、今日学校帰ったらイツキんちに行っていい?」
「じゃあ鍵持っていってくれる?私、出かけてるかも」
「オッケー!」
玄関に置いてある鍵を持って、ソラタは青空の下へと飛び出していった。
イツキくん。確かクラス替えで一緒になった子だ。家も近く、たまに登下校も一緒になるらしい。が、実はよく知らないのだ。どんな子なんだろう。幼稚園とは違って、親の顔も知らないままにどんどん友だちを作ってくる。
まあでも丁度いい。今日は午後から約束があるのだ。
約束の時間ぴったりに、私は指定の店に着いた。
悪いことをしているわけではないのに、なんとなく周囲を気にしてしまう。
「いらっしゃいませ」
店員に案内されて、席につく。初めて入るその店は、きれいな花柄の布が貼られた椅子も、キャラメル色の木のテーブルも、どことなく上品な雰囲気で、悪い予感がした私は恐る恐るメニューを開いて息が止まった。
「ひい!」
もうちょっとで目ン玉が飛び出るかと思ったそのメニューに書いてあったお値段は、紅茶とケーキがセットで千円〜二千円。
(ちょっとコレ、もちろんおごってくれるんだよね……?)
コソコソと財布を取り出して、中身を確認していると、爽やかな声が頭上から降ってきた。
「元気?」
「……元気、元気元気」
財布の中身意外は。
「半年ぶりくらいか。もう注文した?」
そう言って向かいに座ったカイトは、Tシャツに綿ジャケットという、何の仕事をしているのかわからないファッションだ。髪にはふわふわとパーマがかかっている。
「まだ」
私はメニューをのぞき込んだが、金額しか目に入ってこなくて決められない。
「じゃあおすすめのやつでいい?」
私はおとなしくうなずいた。ここまででもう今日のHPの半分以上は使った気がする。
カイトはレトロな縦縞のワンピースにエプロン姿の店員を呼び止め、フルーティーアールグレイブレンドと、桃とオレンジのクレープシュゼットを頼んだ。
「ソラタはどう?元気にやってる?」
「ええまあ、それなりに」
「君も元気そうだ」
「ええまあ、おかげさまで。あなたも」
「おかげさまで」
「今も、あの、アズ……アズール……じゃん?」
「アゼルバイジャンはもう引き払った。今は大阪にいる」
「えっ!?日本にいるの?」
「三ヶ月くらいだけどね」
「あなたいったい、何の仕事してるの……?」
「なんでも屋、かな」
「なんでも屋って、そんなインターナショナルな仕事だっけ……?」
紅茶とクレープシュゼットが運ばれてきた。私はカップを持ち上げながら聞いた。
「それで、そのあとまたアメリカに戻るから、君ら一緒に来ない?」
「……ぶっ」
紅茶が熱すぎたのと、カイトの言葉が想定外過ぎたのとで、私は思わず吹き出してしまった。
「熱っつ……」
「だ、だいじょうぶ!?ソラタくん!」
「だだ、大丈夫大丈夫、ちょっと熱かっただけ……それよりアメリカって!?」
「え?アメリカ?」
綿のレース編みの縁取りのついた可愛らしいハンカチを差し出して、私の顔をのぞき込んでいるのは、カイトではなかった。
それは小学生くらいの女の子。そう、ちょうどソラタと同じくらいの――。
「……え?」
私は女の子をまじまじと見て言った。利発そうな眉に可愛らしい鼻、ふっくりした唇。黒目がちの瞳がきらきらと光を集めている。長い髪は真ん中でふたつに分け、ご丁寧に編み込みにして、耳の後ろで結わえてある。
「え?」
女の子が言った。
私は周りを見回した。
見覚えのない部屋。白い床に白い家具、水色のファブリックで統一された、可愛らしい子ども部屋だ。小さなちゃぶ台の上には宿題のプリントとクッキーのお皿。そして私の手の中には、ココアの入ったマグカップ。
そう、これは、つまり。
「えー…………」
またまた妙なタイミングで、私とソラタは入れ替わってしまったのだった。
イレカワリ〜キミを絶対守り抜く!〜 サカキヤヨイ @sakakiyayoi
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