第四話「彼女は顔を赤くした」

   

「驚いたわ……」

 ゲームオーバーと表示された画面を見ながら、スミレが呟く。

 結局のところ、やはり『ボコボコ大戦略』は、運の要素が大きいゲームだったのかもしれない。

 あの不利な状況を覆して、俺は勝利をもぎ取ったのだから。

 スミレの顔には、複雑な表情が浮かんでおり、長い付き合いの俺でも、彼女の心境は想像できなかった。

「私、初めてオサムに負けちゃった」

「その割には、悔しそうにも悲しそうにも見えないぞ。もっとガッカリするかと思ったのに」

「そうね。むしろ、ワクワクしてるかな?」

「はあ?」

 思わず、聞き返してしまう俺。

 スミレは、負け惜しみを言うようなタイプではないのだが……。

「ほら、さっきも言ったでしょ。どんな頼み事をされるのか楽しみ、って」

「ああ、その話か……」

 そうだ。

 いよいよ俺は、スミレに、長年の想いを突きつけるのだ。

 いざとなると緊張するが、大丈夫。スミレの驚く顔を想像したら、少しは心が和やかになった。たとえフラれるとしても、とりあえず俺を『男性』と意識させるだけで、一歩前進と思えばいい。

 だから……。


 俺自身が逃げないためか、あるいは、相手を逃さないためか。

 自分でも理由がわからないながらも、両手をスミレの肩に乗せて、ガッシリと掴んだ上で。

「好きだ、スミレ。俺と付き合ってくれ!」

 一世一代の告白を成し遂げるのだった。


――――――――――――


「……え?」

 スミレの口から飛び出したのは、間抜けな声。

 驚愕というより、唖然としている表情だった。いや、いくらか落胆の色も見えるのは、俺の気のせいだろうか。

 どちらにせよ。

 とてもじゃないが、告白が受け入れられた態度ではない。

 続いて訪れる、静寂のとき

 永遠にも思われたが、実際には、短い時間だったのだろう。

 沈黙を破ったのは、スミレからの問いかけだった。

「……なんで?」

「いや、なんで、と言われても……」

 なぜ俺がスミレを好きなのか。自分でも上手く説明できる気がしない。

「ありきたりな言葉だけど、スミレの全てが好き……じゃダメかな? それに小さい頃からずっと一緒で、これが自然な関係だから、もう他人とは思えなくて……」

「違うわよ。そんな当然の話、今さら聞きたくないわ。オサムったら、質問の意味を取り違えてる」

 スミレが、少し口を尖らせる。

「なんで改めて『付き合ってくれ』なんて言い出したの? だって私たち、とっくの昔から付き合ってるでしょ?」


 今度は、俺が言葉を失う番だった。

 俺たち、付き合ってたのか……? いつから……?

「付き合ってる恋人からの頼み事。私たち、もう結婚できる年齢だし、プロポーズされるかと思って、楽しみにしてたのに……!」

 いやいや、ちょっと待ってくれ。俺たち、まだ大学生だぞ?

 スミレが暴走特急のように思えてきて、もはや俺には、絶句していられる余裕もなかった。

「おいおい、プロポーズって……。さすがに、話が飛躍し過ぎだろ?」

「そうでもないわ。だって昔、何度も私に『大きくなったらスミレちゃんのお婿さんになる!』って言ってくれたじゃないの」

 意外なことに、スミレの方では、物心つく前の『プロポーズ』を覚えていたらしい。

「もちろん私だって、あれが子供の戯言ざれごとに過ぎないことくらい、ちゃんとわかってるわ。だから、じゃあ本気で言ってくれるのはいつかな、って……。ずっと待ってたのよ! 勝ったら頼み事、なんて言い出したから、結婚の申し込みだと思って……。だから、こんな昔のテレビゲームにも付き合ってきたのに!」

「てっきり俺は、スミレが『ボコボコ大戦略』を気に入ったんだと思ってた……」

「そんなわけないでしょ! 私、もう小さな子供じゃないのよ? 女子大生なのよ?」

 どうやら、俺とスミレの間には、大きな誤解があったらしい。

「なあ、スミレ。俺たち、いつから付き合い始めたんだ……?」

「いつからも何も……」

 スミレが目を丸くする。

「もしかしてオサムは、ただの幼馴染のつもりだったの? 恋人じゃなくて?」

「いや、それは……」

「あなた、私のことを何だと思ってるの? 付き合ってもいない男の部屋に入り浸って二人きりで過ごすような、そんな貞操観念のない女だと思ってたの?」

「いやいや。スミレの方こそ、俺を男扱いしてなかっただろ? だから平気で俺のベッドに座ったり、スカートをヒラヒラさせたり……」

「違うわよ! 私の方からモーションかけてみたのよ! でもいくら誘っても手を出してこないから、きっとオサムは『結婚するまで清い関係でいよう』って考えに違いない、って……。それで余計に、早くプロポーズして欲しかったの!」

 と、思いの丈をぶちまけるスミレ。

 しかし。

 これでは、まるで「早く手を出して欲しかった」と訴えているようにも聞こえるのだが……?


「あ!」

 スミレの方でも、自分の失言に気づいたらしい。

 顔を真っ赤にして、両手で口を押さえている。

 そんなスミレが可愛らしくて、

「まだプロポーズは無理だけど……。とりあえず、大学生らしい男女交際から始めようか? 待たせてごめんな、スミレ」

 俺はギュッと、彼女を抱きしめた。

 頭の中では「負けられない戦いでも何でもなかったな」と思いながら。




(「勝利の先にあるものは……」完)

   

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勝利の先にあるものは…… 烏川 ハル @haru_karasugawa

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