ーThe Ghost Legionsー EP:9 思考迷路を抜けて
検査入院という名目だったため、私の退院は思いのほか早かった。
まぁ、私自身が何より元気だし、病院の中でじっとしているのは癪だったので、正直ありがたい。
着替えと歯ブラシ、数点の小物をバックに無理やり詰め込み、病室を後にする。
ナースステーションで看護師さんたちにお礼を伝え、エントランスへと向かうと、凱さんとシズカさん、そしてクロムさんが待っていた。
一般病院ということもあって、シズカさんは今日は生体ボディだ。
そういえば、この三人の組み合わせはちょっと珍しく感じた。
凱さんはシズカさんとバディを組むことが多いけど、本当のバディはクロムさんだったと、シズカさんから聞いたことがある。
でも何処か、凱さんとクロムさんには確執のようなものがあるように感じた。
実際今二人は並んでソファーに座っているが、お互いにしかめっ面だ。
凱さんはいつものことだけど、不敵な笑みをいつも浮かべているクロムさんにしては珍しい。
「凛、退院おめでとう!」
私が口を開く前に、シズカさんは私を強く抱擁する。
作り物の生体ボディとはいえ、その豊かな肉付きに女性の私でもドキドキしてしまう。
「ありがとうございま。着替えとか色々ほんとにお世話になりました」
「気にしない気にしない。同じ仲間なんだから」
シズカさんは明るい笑顔で指を振る。
普段は戦闘ドローンの所為で窺い知れないが、普段はこんなに愛嬌がある人だ。
いつも生体ボディのままでいたら、殿方たちが放っておかないだろうに。
「おら野郎ども、さっさと荷物ぐらい持てや! 気がきかねぇな!」
ぜ、前言撤回……。
迂闊に近づいて手を出したら、まず間違いなく手痛いしっぺ返しを喰らうだろう。
「あ、楓は後で合流するから、私達は先に行ってもいいって」
「え、行くってどこへ?」
素っ頓狂な声を私が上げると、荷物を受け取った凱さんが口を開く。
「凛、もう一度ジェミニを作ろう」
不意打ちの言葉に私は目を丸くしてしまう。
「ある方法を使えば、『狐』に対抗することが出来る。お前でもジェミニを作ることが可能になる。だが、今回の方法はリスクが非常に高い。比喩なんかじゃなく、今度こそ命の危険もある。だからよく考えて……」
「わかりました」
短く応えた私を凱さんだけでなく、クロムさんですら驚いた表情で見つめる。
「とっくの昔に覚悟は出来てます。それに、もう迷いませんから」
しっかりと自分の確固たる意思を明らかにする。
もう迷わない。その言葉に一切の嘘はないから。
クロムさんはまるで呆れたような表情を浮かべると、いつもの不適な笑みではなく、とてもやさしい慈愛の笑顔を私に向けてきた。
「凛ちゃん、君の決意は確かに受け取った。君は僕が必ず守るよ」
クロムさんは私の肩にやさしく手を乗せる。
まるで子を守る親の慈愛のような優しさが伝わってくる。
「じゃ、行こうか」
まだ昼ご飯時を少し過ぎたぐらいだというのに、私、逢坂楓は全身に疲れを溜め込んでいた。
早朝に出勤してからというもの、合同演習から持ち帰った双脚戦車の受け入れ、整備課とのミーティング、大量の戦闘データのまとめなど仕事は山積みだった。
本当なら、新しいジェミニ用装備のチェックもしておきたかったんだけど、先ほどシズカから連絡があった。
――ひな鳥が巣立ちを始めた。
全く。
回りくどいショートメッセージなんて、昔の映画に影響されすぎだ。
とりあえず午後の予定を全てキャンセルし、私は研究センターへ向かっていた。
奥原さん、といったか。
ジェミニすら持ってないド素人が、鹿島室長の肝いりで入庁し、ようやくジェミニを作ろうと思ったら「狐」に出くわして検査入院とは。
正直、退職届を出したほうがいいと思ったけど、存外気丈なようで、また記憶抽出に赴こうとしているらしい。
何でも、前回とは違うやり方をするらしいが、詳細は良く知らない。
だが、シズカ、クロム、凱と『人保』の実働部隊が全員揃うというのはよっぽどのことだ。
一応、私も『人保』の端くれだ。
彼女のジェミニ作りの顛末がどうなるか、ちゃんと見て置かなければ。
そう考えてるうちに、クアッドコプター式のタクシーはいつの間にか首都脳科学総合研究センターへ到着していた。
「あっ!」
大急ぎでここまで向かっていたから、エントランスで初めて、白衣のまま来てしまったことに気付く。
ああもう、自分のこういう変なとこでドジなのが嫌になる。
そそくさと白衣を脱いで折りたたみ、こっ恥ずかしい思いで受付を済ませる。
「えーと、シズカたちがいるのは……」
ジェミニのための記憶抽出だから、「記憶収集室」なはずだ。
白い廊下を早足で進み、大きな部屋の扉の前にたどり着く。
自動ドアが開くと、凱とシズカの姿が見える。シズカは生体ボディで来ていた。
「ゴメン、遅くなったわ」
後ろから声をかけると、大きなガラスの前で腕組みをしていた二人が、コチラに視線を向ける。
「お疲れ楓、早かったわね」
シズカは短く労いの言葉をくれたが、凱はすぐに視線を元に戻す。この唐変木め。
「大急ぎで仕事片付けてきたからね。って、あれ? クロムは?」
急いで来たけども、この部屋にいるはずのクロムがいないことに気付いた私は二人に問いただす。
すると、凱はガラス壁の奥を指差す。
ガラスの奥には、特殊な機器の上に横たわる奥原さんと、別の機器に横たわるクロムの姿だった。
「え、何でクロムまで抽出機のとこにいるの?」
「そっか、楓は知らなかったよね」
シズカが思い出したかのように口を開く。
「前回の失敗を踏まえて、今回の記憶抽出には特殊な方法を使うことになったの。それがクロムによる『ディープ・マイニング』よ」
「ディープ・マイニング?」
思わずオウム返ししてしまった私を見て、シズカは冷静に頷く。
「クロムは確かに卓越したドローン使いだし、双脚戦車(ソウシャ)のスキルも私ほどじゃないけど高レベルなモノを持ってる。でもそれだけが、アイツがここにいる理由じゃない」
シズカの説明を聞いていくうち、私の中での辻褄があってきた。
確かにクロム・アンダーソンは主人格を失ったジェミニ、所謂「ノーバディ」の中では高い戦闘スキルを持っているが、それでもシズカの下位互換と言っていいレベルだ。まぁ戦闘スキルの比較対象が凱やシズカなのは流石に可哀想かもしれない。
実際、つい先日起きたらしい双脚重機暴走事件も、クロムでは解決出来なかったのかもしれない。
「アイツには特A級の電脳ハック、つまり他人の電脳と過剰同調が可能な特性があるのよ」
「……は?」
シズカの説明に対して、私は素っ頓狂な声を上げた。
過剰同調、それはジェミニと主人格の同調率の安全ラインを超え、思考と思考を解け合わせる行為。人並外れた反応速度や処理能力を得ることが出来る一方、廃人化や生身へ異常をきたす危険性があるため、本来なら法律で厳しく禁止されている。
実際、凱の神経障害を起こしたのも、シズカの主人格が死んだのも、過剰同調が原因だ。
だが、クロムはそれを他人の電脳に対して行える。
普通に考えればありえない話だ。
過剰同調は主人格とジェミニの記憶が混ざり合う事で起こるが、赤の他人の記憶との同調など、理論的に不可能な筈だ。
だが、クロムにはそれが可能らしい。それは確かに特A級ハッキングスキルと言っても過言ではない。
「勿論、電脳へのダメージや精神負荷の可能性もないわけじゃないから、重要犯の尋問の時ぐらいしか許可が下りないんだけど、凱が室長とクロムに直談判したらしいの。凛の記憶抽出の為に、って」
「凱が?」
私は思わず凱の顔を覗きこむ。よく見ると奴の頬は軽く腫れていた。クロムか室長に直談判した時に殴られでもしたのだろうか。
「でも、なんでそこまで」
私には理解出来ない。
ジェミニが作れないなら配置替えなり何なりすれば良いだけの話だ。そんな危ない橋を渡る必要が何処にあると言うのか。
私の問いに対して、シズカは困ったように応える。
「まぁ、私にも分かるわけじゃないけど、今のあの子には執念じみたモノを感じるのよ。多分、私たちが力を貸さなくても、例え死にかけたとしても、やり遂げようとする強い執念がね」
「そんな……」
正直、私からしたら理解を超えていた。
一体何が、彼女をそこまで突き動かすのか。薄寒さを感じた私は言葉を失ってしまった。
「始まるみたいだぞ」
黙りを決め込んでいた凱が口を開くと、それに呼応する様に奥の部屋の機械たちが次々と起動していくのが分かった。
ここから先どうなるか、私には一切予想出来なかった。
――ちゃん。
――んちゃん
遠くで私を呼ぶ声がする。
一体何時から、この真っ暗な中を歩いているんだろう。
ここは何処なんだろう。
そもそも私は誰なんだろう。
見つからない答えを探して、ただ歩を進める。
(私、なんで生きてるんだっけ)
わからない。
なんのために生まれ、なんのために生きているのか。
誰も教えてくれないし、自分でも分からない。
(一体、いつまであるけばいいのかな)
もう疲れた。
休みたい。
もう、どうにでもなればいい。
――凛ちゃん!
一際大きな声が、暗闇の中に響く。
気の抜けていた私は、その大声で肩を跳ねさせる。
後ろを振り向くと、見知った男性の姿があった。
クロムウェル・アンダーソン。
つい先日、私の同僚になった人だ。
「よかった。ちゃんと同調できたみたいだ」
クロムさんは、珍しく安堵の表情を見せていた。
彼の顔を見て、ようやく思考が研ぎ澄まされていった。
一体何時間歩き続けていたのかわからない、もしかしたら数分の出来事だったのかもしれないが、気の遠くなるようなこの状況を、私はやっと理解した。
――そうだ、私は。
私の名前は奥原凛。
そして今私は、内閣情報庁公安部人格保管室の正式メンバーとなるために、自分のジェミニを作るためいにここにいる。
自分の過去の記憶と向き合うために。
「どうだい、気分は」
「ちょっと変な感じですけど、大丈夫です」
心配そうにしているクロムさんに対して、私は精一杯の強がりをして見せた。
正直に言うと、とても怖い。
またあの狐の少女が現れて、死にかけるようなことになるかも知れない。
でも、ここで立ち止まっていたら何も始まらないし、天国のみなるちゃんに申し訳がたたない。
そして何より、私はそんな自分を許せない。
だがそんな強がりも、彼にはお見通しだったのかもしれない。
私を見つめるクロムさんの表情は、まだ心配そうだった。
「今から僕と凛ちゃんの思考を過剰同調することで、一時的に僕は君の擬似的なジェミニになる。そして外部の量子演算装置によって、君の深層心理のさらに奥、根源の記憶まで一気にたどり着く」
クロムさんの説明を真剣に聞くが、ちゃんと理解できているかと言われれば、言葉に詰まる。
でもこれでどうにかなるなら、頑張ってみるしかない。
「覚悟はいいかい、凛ちゃん」
心配そうに伺ってくるクロムさんを、真正面から見つめる。
「はい、いつでもいけます」
はっきりと応えると、クロムさんも意を決したような表情を見せた。
「じゃあ、始めようか」
そういってクロムさんの手が伸びると、その手は私の鎖骨辺りに吸い込まれていく。
一瞬のうちに私の中にクロムさんが入り込むと、次の瞬間には視界がゆがむ。
頭の中がかき回され、色々な情景が混ざり合っては飛散する。
その情景の中には私の記憶だけでなく、知らない記憶もいくつかあった。
――もう、クロムも凱も子供みたいね~。
男性二人と女性一人が、楽しそうに話す光景。
――どうして、どうしてなんだ!! 応えろクロム!!
二人の男性が言い争いをしている光景。
――クロム、お願い。凱を助けてあげて。
悲しそうな目をした女性が男性を慰めている光景。
これは多分クロムさんの記憶なのだろう。
彼の記憶だけじゃない。感情までもが流れ込んできて、頭が割れそうだった。
でもそれも長くは続かなかった。
少しするとその混沌は落ち着き、気がつけば私は、深いまどろみの中に沈んでいった。
随分と長い間、眠っていたような気がした。
ゆっくりと身を起こすと、何処かの小さな部屋で眠っていたことに気付く。
すごく見覚えのある部屋だ。
恐らく誰かから譲り受けた学習机、枕元にぬいぐるみが敷き詰められたベット。そして西日の差し込む出窓。
間違いない。
ここは私が小学生の頃に住んでいた家の、私の部屋だ。
『へぇ、かわいらしい部屋だね』
頭の中に声が響く。
声の主はクロムさんだが、部屋の中にその姿はない。
「な、なんか恥ずかしいですね。他の人に自分の記憶を見られるなんて」
『まぁ、あんまり悠長にはしてられないけどね』
姿の見えないクロムさんは、少し緊張をこめて応える。
今私が見てる光景は、私の中の記憶の一部だ。
ジェミニを作るために、再度深層心理の抽出を行っているのだが、またいつあの狐のお面の女の子が出てくるか分からない。だから今私は、クロムさんと同化しながら自分の過去の追体験をしている。
事前にクロムさんから説明されたが、過剰同調に近いことを行うわけだから長居は出来ないらしい。それについてはシズカさんや凱さんからも口すっぱく言われた。
『だけど、妙だね』
クロムさんは何かに疑問を抱いていた。
「どうかしました?」
私が部屋の中を見回しながらクロムさんに問いかける。
部屋は別段、変わったところはない。とても懐かしい小学生の頃の記憶だ。
『そこにランドセルがあるってことは、これは小学生の頃の記憶だよね。ジェミニに必要な深層記憶を抽出するときはその人の物心ついたときの記憶が必要なんだ。今回は一番古い記憶にたどり着くはずだったんだが……』
そこまで言われて流石に私も気付く。
クロムさんの言うことが確かなら、この小学生の頃の記憶が私の中の最古の記憶ってことになる。
前回、私が見た母の目線の記録情報に現れた私は、明らかに小学生の頃より幼かった。
そう考えると確かにおかしい。
「……本当に、こうするしかないの?」
「しかたないよ。諦めよう」
何処からか声が聞こえる。
どうやら下の階で誰かが話しているようだ。
どちらも聞き覚えのある声だ。恐らく父と母だろう。
私は腰掛けていたベットから立ち上がり、下へ向かおうとした時だった。
ドアが突然ノックされた。
思わず身体がビクンと跳ねるが、深呼吸して落ち着きを取り戻す。
「どうぞ」
幼い私の声が部屋に響く。その声はノックした相手にも届いたはずだが、うんともすんとも言わない。
不気味な気配を感じていたが、意を決しドアを開けようとノブに手をかける。
その時だった。
部屋の光景がぐにゃりとゆがみ、砂のように崩れ落ちていく。
「な、なに!?」
『凛ちゃん、気をつけて!』
この異変に、さすがのクロムさんも声を荒げる。
私の部屋はあっという間に崩れ去り、周囲には深い暗闇が広がっていた。
そして目の前のドアが崩れ去ると、目の前に現れたのは、狐のお面を被った少女だった。
「ふふ、またあったね」
お面の少女は嬉しそうに語りかけてくる。
今回はクロムさんがついているという心理的余裕があるからなのか、私はその少女のことをしっかり観察する。
身なりからして、この記憶の私と歳は変わらないぐらいだ。それに体格といい、着ている洋服といい、どことなく私に似ている。
これはもしかして、私の写し身なのか?
でも昔の私は、こんな狐のお面なんて持っていなかったはずだ。
色々困惑していたが、私は意を決して問いかける。
「あなた、誰なの?」
私の問いかけに対し、お面の少女は首を傾げる。
「わかんない、あなたこそだあれ?」
質問に質問で返されてしまい、若干の苛立ちを覚える。
「私は凛、奥原凛よ」
私が答えると少女は軽快に笑う。
「そうだったね~、りんだったね~」
間延びした声を聞くと、あちらのペースに飲まれてしまいそうだ。
というか、これは記憶の追体験のはずなのに、この子との会話は現実空間での会話のようだ。
まさに狐につままれた気分だ。
「きょうはおともだちもいっしょなの?」
そう言われて、私はまた動揺する。
同化してるクロムさんも、さすがにこれには動揺を隠せていなかった。
「おともだちは、なんてなまえなの?」
そう問われると、私の体の中から幻影のようにクロムさんの姿が現れる。
「始めまして。僕はクロムウェル・アンダーソン。周りからはクロムって呼ばれてるよ。で、君はいったい何者なんだい?」
クロムさんに問われた少女は、また不思議そうに首を傾げた。
「う~ん、わかんない。おにいさんしってる?」
また質問に質問で返される。
子供だから許されるが、どうにも狙ってやっているような感じが否めない。
しかしクロムさんは飄々とした雰囲気を崩していなかった。
「残念ながら知らないな。それに、君と悠長にお話をしている時間もない」
クロムさんの言うとおりだ。
この少女が凱さんたちが言っていた、所謂『狐』であれば長時間の接触は危険だ。
それにクロムさんとの長時間同調も、私の電脳への負荷が大きい。
一刻もはやく、私の深層心理の中に眠る中核記憶(コア・メモリー)を探し出さなければならない。
中核記憶とは、私の一番古い記憶の中でのターニングポイントとなりうる出来事や、深層心理に根付いている記憶のことだ。それさえ抽出できれば、このような綱渡りを繰り返す必要はなくなる。
「今は彼女の記憶に用があるんだ。だから……」
「おにいさん、ちょっとうるさいよ」
少女の口調が、唐突に変わった。
刹那、広大な暗闇が朱に染まる。
――まただ……!
前回と同じように私達を爆炎が包む。
だがその炎は、私ではなくクロムさんを吹き飛ばした。
「クロムさん!!」
私は思わずクロムさんに手を伸ばす。間一髪でその手を掴むことに成功したが、絶え間ない熱風は彼の身をもてあそび、私の皮膚を焦がす。仮想の空間の筈なのに、ものすごく熱い。
「そのおにいさん、そんなにだいじ?このままだとあなたもしんじゃうよ」
必死にクロムさんの手を握るが、全身が痛みで失神しそうになる。
意識もかすみ、力が緩まる。
「ほら、おにいさんなんかほっといて、わたしとおはなししよ」
皮膚が爛れ、肉が焼かれ、骨を焦がす。限界がどんどん近くなってくる。
「……嫌だ」
朦朧とする意識の中で、私はクロムさんを握る手に全力を込める。
「クロムさんも、凱さんも、シズカさんも、無力な私に力を貸してくれた……! 私も、誰かを救える力が欲しい……! もう誰かを救えないなんて嫌なの!!」
声を出すたび、肺が焼けていくのが分かる。仮想空間の自分が、どんどん死に近づいていくのが分かる。
「私は凛! 奥原凛! 悪い人たちから弱い人たちを守るために、私は行き続ける! それが私が私である理由よ!!」
意識が途切れそうなほど絶叫した瞬間、爆炎はすっと消えていった。
そして広がるのは先ほどまでいた私の部屋だ。
「あなた、やっぱりおもしろいね」
狐のお面の少女は軽やかに笑うと、学習机を指差す。
「たぶん、あなたがほしいものは、そのなかにあるよ」
そう言うと、狐の少女の姿が霞のように薄れていく。
「またあはなししようね、りん」
狐の少女は小さく手を振りながら、完全に霧散した。
結局彼女が何者だったのか、何一つ分からなかったが、彼女が言っていたことが本当なら、当初の目標は達成できそうだ。
「クロムさん、大丈夫でしたか?」
その場にうずくまっていたクロムさんに声をかける。
爆炎に焼かれ消し炭になりかけていたはずなのに、私もクロムさんも綺麗な格好のままだ。
あれは彼女が幻影を見せていただけなのかもしれない。だが確かにあの感覚が続いていれば、発狂していた可能性もあった。
「驚いた、まさか『狐』に対抗できる人間がいるなんて」
私の手を握り身を起こしたクロムさんは、私の顔をまじまじと見つめる。彼は信じられないと言った表情をしていた。
「もしかしたら、僕の力なんて要らなかったかもしれないね」
「そんなことないです。クロムさんがいたから、なんとかなりました」
そういうとお互い何かこっぱずかしくなり、目をそらしてしまった。
「で、あの中には何が入ってるのかな」
そうだ。
あの少女が言っていた、私が求めていたもの。
意を決した私は、学習机の引き出しを調べる。
そこにあったのは、写真付きの日記帳だった。
ページを捲くっていくと、そこには幼い頃の私と、みなるちゃんの写真が貼られていた。
遊園地、プール、キャンプなど、いろんなところに行って二人で遊んだときの記憶が、鮮明によみがえってくる。
たどたどしい文字で書かれた内容を読み進めるうち、私は思わず号泣していた。
日記を握り締めながら、玉のような涙を流し、その場にうずくまる。
そんな私の肩に、クロムさんが優しく手を置く。
「凛ちゃん、もう大丈夫だ。帰ろう」
「はい」
日記帳を脇に抱えながら、目の涙を拭う。
しばらくして部屋の景色が、まばゆい光に包まれていった。
再度目が覚めると、私の周りにはみんながいた。
「凛!!」
まず真っ先に、シズカさんが私に抱きついた。
生体ボディのシズカさんは、普段の姉御肌の感じはなく、ただただ号泣していた。
「よかった……、ほんとよかった……」
力強く抱擁されちょっと苦しかったけど、心配してくれていたと思い胸が一杯になった。
気付けばクロムさんも覚醒していたようで、凱さんと並んでコチラを眺めていた。
「アンタ、ホントに凄いよ! 正直私は、アンタが今回で諦めると思ってるぐらいだった。でも凛はやり遂げた。ホントに、ホントに凄いよ!」
再度わんわん泣きながら、また力強く抱きつかれる。
「し、シズカさん、ちょっと痛いです……」
「ああ、ごめん!!」
跳ねるように私を放すと、かわいらしく縮こまるシズカさんの姿がとっても可愛かった。
気がつけば、いつのまにか逢坂さんの姿もあった。
逢坂さんとはこの間の飲み会以降会っていなかった。忙しそうだったし、仕方ないけど。
「あ、逢坂さん、来てくれてたんですね。ありがとうございます」
私がお礼を言うと、この間の感じとは打って変わって、逢坂さんは何故か申し訳なさそうにしていた。
「奥原さん、私はあなたを誤解してました。ジェミニも使えず大した覚悟もない小娘が来たって、正直思ってました」
そこまでいうと、彼女は深々と頭を下げる。
「そう思ってたことを謝罪します。奥原さんは、私なんかより強い意志を持っているって、今日分かりました」
震えた声で言ってくる逢坂さんに、どう応えればいいかわからなかったけど。
ただ一言、伝えたいことがあった。
「凜でいいですよ。逢坂さん」
そういわれると逢坂さんは、顔を上げて僅かにはにかんだ。
「ありがとう、凜。歳も近いし、私も楓って呼んで」
恥ずかしそうに言う逢坂さん、じゃなくて楓を見て、クロムさんはニヤニヤしていた。
「こんな逢坂嬢の姿が見れるなんて、明日は槍でも振るか……ぎゃあ!?」
「てめぇは黙ってねぇとサーバーのバックアップごと削除すっぞ!」
楓の鋭い回し蹴りが、クロムさんの横腹に刺さる。
その光景を見て、その場にどっと笑いが起きた。
少しして凱さんが口を開く。
「よくがんばったな、凜」
その言葉にどんな意味が込められていたのかは分からない。
でも私には、一人前の戦士である凱さんが、ようやく私を認めてくれたような、そんな気がしていた
「はい」
私は短く、ただ力強く応えた。
アブノーマル・ジェミニ ー内閣情報庁公安部人格保管室ー タイキマン @taikiman
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