1 プラン1・フロム・モルゲン・リュケイオン

「すみません。私のせいで急がせてしまって......」

「いいよ、別に。どちらにせよ急いでたし、間に合ってよかったよ」


本来なら俺も「君が俺を引き留めなかったらここまで汗だくで来ることもなかったのだがな。」と嫌味の一つでも行ってやろうかと思っていたが、汐留の本当に申し訳なさそうな声音と頭を下げている動作をみて、そんな気は薄れた。


それに、

日本人、というか人間というのはこれほどの歴史を持っていると何もかも慣習にしてしまいがちである。謝罪というものでさえも例外ではなく、江戸時代の日本では士農工商制度といったように身分が明確に決められており心から相手に謝罪しなければ命のやりとりもあることもあるかもしれないということで謝罪=慣習的なもの、など下層の民衆には考えにもつかなかっただろうが、明治に四民平等の制度が確立して以降謝罪文化は次第にその重要性を失っていき、最近ではなにか事象に対して条件反射的に、義務的に謝罪を行っているような人間も増えてきたものだ。

だからこういう礼儀正しい現代の大和撫子は俺の好みでもある。

そういう理由もあった。


「このお礼はまた今度しますね!」

汐留は藍色のカバンからシューズを取り出しながら慌てた様子でそういった。

「別に気にしなくていい。それより転校生なら教師に呼ばれてるんじゃないのか、君の友達もそこにいるんだろう。心配しているかもしれないぞ、早く行け」

俺が突き放す様にそういうと汐留は更に慌てた様子で、本当にありがとうございました、失礼します、とぺこりと頭を下げてから振り返って職員室に向かった。


「おうミネ、随分とギリギリだな!遅れるんじゃねえかと思ってひやひやしたぜ」

「人助けしててな。流石の俺も焦ったぜ」


正直汐留がいなくとも到着はギリギリだったろうが、このおせっかいに寝坊した、なんていうとまた何を言われるか分かったもんじゃない。人助けしてたのは嘘じゃないしな。


人助けというワードに反応したのか盛岡は、はぁ!?人助け?お前が???と酷く驚いている様子だ。俺のクラスメイトでありながら唯一の友人である盛岡莞爾とは10年以上の付き合いで所謂幼馴染というやつだ。当然俺が人助けをするような立派なやつじゃないということは知っているから、そう驚くのも無理はない。

「俺もたまには良いことするんだよ。............それより今日は一段と賑やかだな。何かあったのか」

盛岡がうるさいのはいつものことだが今日は他のクラスメイトも随分とうるさい。特に男子が。

「ああ、転校生が来るって話、出てただろ?さっき職員室でそいつの顔見てたやつがいてさ、なんでも凄い美人なんだとよ......ってどうしたよ。そんな顔して」

転校生というワードを聞いてタレス像の如くしかめられた俺の顔をみて盛岡は首を傾げた様子でいった。


なんというありがちな展開だ、そしてなんという最悪な展開だ。


盛岡と仲が良く出来ているのはもちろん長年付き合っているから、とか一見ちゃらちゃらしているが根は真面目で良いやつだから、とかいった理由は勿論あるが、もし盛岡の目に4桁以下の数が写っていたら、そんな理由はすべて消し飛ぶだろう。

俺には他人の死までの日数が見える。これは生まれつきの力なのだが、何度この力を呪ったことか。4桁に満たない人間は直ぐに死ぬ、だから関わらない。子供のころからずっとそう誓ってきた。当たり前だ、誰があと数年で死ぬ、と自分だけが認識しているやつとまともな精神状態で人間関係が築けるだろうか。


転校生、というのは間違いなく朝会った汐留で間違いないだろう。汐留の数字は7、つまり一週間後に死ぬということだ。だからこそ俺は彼女を突き放すように職員室へ急がせたのに、もう二度とかかわるまいと礼も断ったのに。どういう偶然なのだと、またこの能力を呪いかけたとき、扉がガラッと開き教師が入ってきた。


「あっ、来たぜ。また後でな」

莞爾はそう言って自らの席に戻っていった。

「ホームルームはじめるぞ、席につけ~」


皆、教師の指示には従い席にはつくもののざわめきは静まる様子がない。

「あー、その様子だともう会った奴もいるかもしれないが、今日は以前言っていた転校生の紹介がある。」

教師はざわついた生徒たちに半ば呆れ気味でそういった。

そして次の瞬間、教師の入っていいぞ、という声とともに再びドアが開かれる。


失礼だが、俺は安心した。入ってきたのは汐留ではなく、絡めつくようなしつこい赤色の長髪の少女だったのだ。


「鳶先たつきです。県外の高校から転校してきました。よろしくお願いします」


転校生は心底どうでもいいといった様子で自己紹介をした。確かに普通に生きていてはまず中々見れないほどの美人であったため、教室は更にどっと騒がしくなった。

大和撫子で誰とでも仲良く出来そうな汐留とはかなり雰囲気が違うが、朝言っていた友人で間違いないだろう。


教師は、彼女に俺の隣の席を指定し座るように促していた。まあ、幸い鳶先はあまり積極的に人間関係を作るタイプには見えないし、一尾の不安はあるが面倒なことにはならないだろう。

いつの間にかホームルームは終わり、席に整然と座っていた鳶先になぜか横目で睨まれていた。罰の悪さを感じ、会釈だけしてすぐさまトイレに逃げこもうと立ち上がり、教室のドアを開けたその時、鳶先ちゃん~という声が聞こえ、その声主とドンと肩がぶつかった。


「あっ、すみません......ってあなた、朝の!!」

長い黒髪に小柄な体、汐留北南西だった。悪魔の罠を俺は呪った。


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