1/秘密の密会

 太陽は姿を消し、輝く月が街を照らし始める。

 この世界で初めて食事をしたが、不思議と懐かしい気がした。故郷の味?と言うのだろうか。あのメイド二人が作ったとはにわかには信じがたいけれど…私より料理が上手くて美味しかったのは正直、悔しい。

 自室は少し奥まった場所にあった。メイドが言うには置いてあるものは全て私の私物らしいのだが…見覚えは、ない、はず。

「お疲れでしょうから今日はもうお休み下さい」と言い残し二人は去って行った。


 ”ルーナ”と呼ばれるこの世界には私がいる”アギサト国”の他に6つ国が存在している。

 ”アギサト国”は各国の中心に位置する場所にあり、海には面してはいないが流通が栄えて、新鮮な食べ物、衣服、道具などの色んな物資が行き交う為か、資源には困ってはいなかったそう。

 けれど国を支えるはずの王が消えた為他国との交流が止まり、それと同様に流通も滞った。商人もそれを見越してか、”アギサト国”での商売を辞める人達が後を絶たないようだ。

 自給自足を余儀なくされた"アギサト国"は、今までしていなかった農業を始め、少しずつではあったが国に活気が戻ろうとした矢先、隣国”シラキ国”が攻めてきた。

 ”アギサト国”から東に位置する場所の鉱山に”シラキ国”がある。

 資源も豊富な国である”シラキ国”が何故”アギサト国”を攻め始めたのか、誰も知らないらしいのだ。

 話し合いの場すら設けられないのであれば無理もないが、理由も分からない戦争を続けるのは無意味な気がしてならない。

「はぁ……」思わずため息が出てしまう。

 男女の力逆転、王族の消失、隣国との戦い。どれも私が書いた覚えが無い内容。私の書いた小説が知らぬ間に大きな騒動へと発展していた。

 黙考しているとドアを叩く音が部屋に響いた。

「はい」

『私です、ルベルドです』

 そういえば、城に着いてから顔を見ていなかった。

「どうぞ」

『失礼いたします』

 ゆっくりドアが開くと鎧の姿では無く、カジュアルな服装をしたルベルドの姿がそこに立っていた。

 鎧姿も凛々しくてかっこよかったが、着崩した様な格好も決まっている。

「先ほどユタナに呼ばれ、私の今後の配属について言われました。王女様の、護衛、従者としてお仕えせよ、と」

「あ、その…。貴方がいない場でそう言う話になってしまって本当に…」

「光栄です!」

「へ?」

「ユタナから聞かされたと思いますが、私の力はこの国の女性よりも遥かに弱く、衰えています。ですが、この身を呈して王女様をお守りするくらいの事はできます。どうか、側にお仕えさせて頂けないでしょうか」

 私の前でひざまづき、綺麗な顔を上げ懇願してくる。

「え、ええと…貴方に不満が無いのであれば、その、こちらこそお願いします」と握手のつもりで私は手を差し出すとルベルドはその手を取り「王女に忠誠を、この国に繁栄を。私の全てを貴女に捧げます」と手の甲に口付けをした。


 !!?


 強く握っていた私の手をゆっくり離すとそのまま流れる様に頭を床に叩きつけた。

「もっ!申し訳ありません!気安く王女様に触れるなど!」

「だ、大丈夫!大丈夫だから!頭を叩きつけるのをやめて!」

「……」

「……」

 ルベルドは頭を低くしたまま「王女様は、本当に何も覚えていらっしゃらないのですか?」と申し訳なさそうに聞いてきた。

「うん……あ!で、でもね!時々懐かしい様な感じはするの。何かきっかけがあれば思い出せるかもしれないね」

 するとルベルドは床から体を起こし、首に付けていたネックレスを外すと私に手渡した。

「これは?」

「昔、王女様が私に下さった物です。それを見て何か思い出せたらと思いまして……」

「……ごめんなさい。思い出せない、かも…」

「…そうですか、それは残念です」と受け取ったネックレスを返し、再び付け直す。

「今は焦らずゆっくりなさって下さい。明日から、王女の護衛をさせて頂きます。不甲斐ない者ではありますが、精一杯務めさせて頂きます」

「こ、こちらこそ宜しくお願いします!」


 ルベルドが去り、ベッドに横になったものの眠れないまま数分が経った。

 心のどこかで”眠ってしまうとこの夢から覚めてしまう”ような気がして怖かった。

 でも、いつか夢は覚めてしまうもの。この世界は夢なのだ、現実では無い。

 それはそれで、かなしい……。


 ぬるま湯に浸かっている感覚の様な気持ちのいい眠りの中にいた私は、夢の中で目を覚ますと見知らぬ森で横になっていた。

「どこだろ、ここ……」

 夢には一人称視点と三人称視点のどちらかを見ることがある。今私が見ている夢は一人称視点、自分の目線で夢を見ている状態だ。

 現実では無いと分かっていても、夢の中の物に触れると勝手に脳が記憶している感覚を体に伝えてくる。

 質感、温度、その場の空気でさえリアルに思えてしまうほど、現実味の強い夢だった。

 体を起こし、辺りを見渡す。霧が濃いせいか遠くの方まで見る事はできそうにない。

 無闇に歩き回るのもどうかと考えたが、もし夢の中で危険な事が起きたとしても目が覚めるだけだと楽観的に解決した。

 木々があまり生えていない方へ歩いていると何かが下を通った様な気配がして思わず小さな悲鳴をあげてしまう。

「っきゃ!」虫かと思い急いで通り過ぎようと小走りで抜け、ふと後ろを振り向くとそこにいたのは真っ白な狐がこちらをじっと見ていたのだ。

 その美しさに思わず足を止め、見つめ返しているとゆっくりとこちらの方へ歩いてくる。

(狐って確か雑食だよね…?噛まれたりしないかな)

 そう思いながらもその場から動かずに狐の動きを見ていると、目の前で止まり何かを落とすとその場から煙の様に姿を消した。

「えっ!」

 まるで煙が風にさらわれた様に去って行った狐を見た後に、狐に化かされたのではと気づく。

 しかし化かされたと言っても何かされた訳でも無く、ただ私の目の前に現れただけ。

(確か、この辺に何かを落とした気が…)

 狐が落とした物を確認すると、それは少し薄汚れた年季の入った指輪だった。

 服でその指輪を拭くと少し綺麗に……

(ん?)

 ライトに照らされた様に光り出した指輪を思わず手放す。

 あまりの眩しさに目を瞑り、再び目を開けるとそこは見覚えのある部屋。

 夢から覚めたのだと少し安堵した後、再び深い眠りへと落ちていった。

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私はこの世界で わこね @wakone0

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