スプートニクの箱庭

「なぁ、聡。探偵ってどんなもんだと思う?」


 昼休み。大樹は親友の聡と中庭の芝生でランチをとっていた。食事は購買で手に入れた焼きそばパン。男2人の慎ましい食事である。


「探偵ってアレだろ。シャーロックホームズとか、名探偵コ〇ンとか。難事件を解決してくれるヤツ」

「そんなイメージか」


 焼きそばパンをむさぼりながら呟く。

 大樹の脳裏にはアリスの姿が浮かんでいる。可憐な美少女がまさか、パソコンに強く電脳探偵を自称しているなんて。正直、少し幻滅していた。

 高嶺の花と思っていた少女が思った以上に身近な存在だったのだ無理もない。


「ところで聡はさっきから何をやっているんだ?」

「ん。『ワンワンGO』だよ。知らねーの?」

「聡からそんな可愛らしい名前が飛び出てくるとは思わなかった」

「まぁ、そうだな」


 と苦笑いを浮かべた後、聡は大樹にその「ワンワンGO」について教えた。

 今、学生の間で流行っているスマートホンでのゲームらしく、ゲーム中の犬を世話したり、散歩したりするゲームらしい。


「これが意外と面白くてな。実際の地図と連携させて散歩した場所をフレンドに教えあったり距離を競ったりできるんだ」

「なるほど……運動にもなりそうだし、いいんじゃないか」

「おう、じゃあ。やってみるか? フレンド枠まだ余ってるぜ」

「……遠慮しとく。俺はそんなにマメじゃないからな」


 焼きそばパンの袋をクシャとまとめると大樹はその場に寝転がった。

 中庭の芝生は柔らかい。おまけに天気も良いから昼寝日和だ。


「あ、いたいた。ちょっといいか和束」

「石蕗か? どうしたんだ」


 大樹たちと同じクラスに所属する石蕗翔祐(つわぶき しょうすけ)が大樹たちの下へとやってきた。


「なぁ、聞いてほしいことがあるんだけど。ちょっと時間いいか」

「なんだよ、聞いてほしいことって」


 そう大樹は訝しんだ。石蕗とは特別仲が悪いというわけではないが改まって何か話をするような仲でもない。だから、次に石蕗から飛び出た言葉に大樹は驚いた。


「実は彼女に浮気されているかもしれないんだ」

「色恋話なら余所をあたってくれよ」

「なぁ、いいだろ。生徒会だろ」

「生徒会だからってなんでも相談していいわけじゃないぞ」


 生徒会役員には生徒の悩みを聞くという役目もあるが、実際にお悩み相談されることなんてほとんどない。大樹も今回が初めてだ。


「頼むよぉ。明日の昼飯おごってやるから」

「よし、わかったやろう」

「さすが生徒会役員。頼りになる!」

「はは、現金だな大樹。石蕗、俺は席を外した方がいいか?」

「いや、いてくれても大丈夫だよ。ってか、お前もやってんだろ『ワンワンGO』」


 ちょうど話していたゲームの名前が飛び出て、大樹と聡は目を丸くした。



 ***



「俺と彼女の話なんだけどさ。『ワンワンGO』で付き合うことになったんだ」

「ほぉ、それはまた珍しいもんだ」

「俺もあいつも『ワンワンGO』やりこんでてさ。付き合ってからはデートしながら『ワンワンGO』みたいな感じでいい調子だったんだ」

「でもさ……この間、見ちまったんだ。ちょうど、俺が『ワンワンGO』やってるときにL〇NEであいつがどこにいるか聞いたんだ。そしたら、『ワンワンGO』であいつが散歩しているところとL〇NEで言っている場所が全然違うんだ」


 『ワンワンGO』ではフレンド登録すると相手の散歩している場所を見ることができる。

石蕗は彼女から教えられた場所と『ワンワンGO』上での散歩場所が食い違うことに気づき、もしかして浮気しているのではと疑っているのだ。


「そんなことが何度かあって……多分、浮気してるんじゃないかなって思ってるんだ」

「なるほど。浮気調査なら余所をあたってくれ。生徒会の仕事じゃないな」

「そんなこと言わずにさ。明日だけじゃなくて明後日も昼食おごってやるからさ」

「はぁ……わかったよ。といっても俺にできることなんて何もないぞ」

「ありがとう! さすがは生徒会。愛してる!」


 浮気調査なんて探偵まがいのことできるわけない。

 そう、大樹はため息をついたのち、あることに気づいた。


「(ん? 探偵? そういえば、四条は電脳探偵だったな……)」


 大樹はついこの間、アリスが自称電脳探偵であることを知ったばかりだ。そのため、大樹は『もしかしたら今回の件もアリスなら簡単に解決してしまうのではないか』と思った。


「石蕗。ちょっとその『ワンワンGO』を見せてくれないか」

「いいぜ」


 石蕗はそう快活に答えるとスマホを大樹へと渡した。かの有名なラズベリー社製のラズベリーホンだ。

 受け取った大樹は石蕗と聡から操作を教えてもらいながら『ワンワンGO』について知っていった。

 ゲームはひどく単純。たくさんいる種類の中から自分のパートナーとなる犬を決めて育てる。ただそれだけのゲームである。

 そして、ゲームの大部分は『散歩』で占められており、GPS……つまり、スマートホンの位置情報を利用して実際の地図と連携させて『散歩』の距離などを他のプレイヤーと競うことができる。


「あ、これが彼女のアカウントです」


 登録したフレンドは『散歩』の情報を事細かく確認することができる。

 例えば、今どこを『散歩』しているのか。過去どこを『散歩』したのかを見ることができるのだ。


「なるほどな……ん、彼女って結構、このゲームやりこんでいるのか」

「すげぇな。上位ランカーじゃねぇか」

「うん、あいつけっこうやりこんでるみたいなんだよ」


 彼女のアカウントには散歩距離のランキングが表示されている。順位は3位。石蕗のいうとおり、相当このゲームをやりこんでいるようである。

 そこまで確認すると大樹はラズベリーホンを石蕗へと返却した。


「……大体わかった。ありがとう」

「それでどうすればいいかな。彼女に直接問いただしたほうがいいのかな」

「それは待った方がいいな。少し確認したいことができた。ちょっと返答は待ってくれないか」

「え? あ……うん。わかったよ」

「それと石蕗。お前の意思を確認したいんだが。お前は彼女と別れたいのか?」

「と、とんでもない。だって、俺はあいつのことが好きなんだよ」

「そうか。じゃあ、俺はちょっと確認してくる」


 そう言って大樹は聡と石蕗を置いてその場から立ち去った。

 ただの恋愛相談としてなら答えようはいくらでもある。


 今回の件も適当に当人同士で話し合ってもらえればおそらく、解決するはずだ。

 それでも大樹が答えを保留したのはアリスを試したいからだった。

 自称電脳探偵であるアリス。まがいなりにでも探偵であるならこうした相談くらい答えてくれるだろう。そう思ったのだ。



***



 昼休み中、アリスは姿を見せることはめったにない。

 ウワサでそのことを知っていた大樹は「第3コンピューター準備室」へと足を運んでいた。おそらく、アリスはここにいるのだろう。

 ノックをすると「開いてますよ」という大樹が聞いたことのある声での返答。間髪入れずに大樹は部屋へと進入する。


「和束君ですね。こんにちは」


 アリスはティータイムを楽しんでいたようだ。

システマティックな机の上には高級なティーセットが置かれている。お嬢様のティーブレイク。アリスの傍には由佳里も控えていた。


「電脳探偵であるお前に相談したいことがあるんだ」

「相談したいことですか……いいですよ」

 アリスの承諾を得られたところでさっそく大樹は石蕗の話をアリスへとする。

「……」


 話を聞き終えたアリスはしばらく考え込むとふいに言葉を漏らした。


「おそらく、浮気ではありませんね」

「浮気じゃない? なんで言い切れるんだ?」


 大樹の心中では浮気である確率は非常に高かった。なにせ、報告している場所と実際にいる場所が異なるのだ。なにかやましい事があるに違いない。それも何度もそんなことが起きているならなおさらだ。


「和束君。お聞きしたいのですが。彼女さんは石蕗君に『自宅にいる』と言ったのではないのでしょうか」

「!?」


 アリスの言うとおり、石蕗が彼女にL〇NEで問い合わせたとき、自宅にいると返答したらしい。それなのに『ワンワンGO』上では別の場所を散歩中だったのだ。


「彼女はおそらく、チーターですね」

「チーター?」


 大樹の頭の中に動物のチーターが思い浮かぶ。石蕗の彼女はチーターなのか……いや、そんなはずはないと頭をブンブンと振った。


「和束様。チーターとはゲームでチート行為を行っているプレイヤーのことを言います。おそらく、和束様の考えられている動物のチーターとは異なります」


 チート行為とは、ゲームを不正に改造などしたりしてアイテムやゲーム内のお金を入手したり、本来ならできない挙動をさせたりする行為である。

 そして、チーターとはそのチート行為を行う人のことを指す。

 チーターは知らなくともチートについては大樹も少しだけ知っていた。


「チート。聞いたことあるな。だけど、そのチートって簡単にできるもんなのか? もしかして、石蕗の彼女はハッカーってやつなのか」


 ハッカー。大樹はその定義を詳しく知らないようであるが、少なくとも石蕗の彼女はハッカーではない。


「チートはハッカーでなくてもできますよ。それこそ、和束君でも調べればできるようになります」

「そんなに簡単なのか?」

「はい。ちょうどいいので私のスマートホンで確かめてみましょうか」


 そう言ってアリスは最新機種のラズベリーホンを取り出して、アプリの一覧から『ワンワンGO』を開いた。


「四条も『ワンワンGO』やってんだな」

「はい。でも、私はチートしていませんよ」


 そういっている割にはアリスの『ワンワンGO』はそれなりに上位ランカーだった。


「あまりしたくはありませんが……ここでこのアプリを起動させます」

 『ワンワンGO』とは別のアプリを起動する。

「『散歩』してみますね……見てください」

「え? なんで富士山に」


 アリスのスマートホンには富士山の地図を散歩する犬の姿が映し出されている。


「これがチートです。和束君はGPSや位置情報という単語はご存じですか」

「え、ああ。人並みには知っているつもりだ」

「わたしがさきほど起動したアプリはその位置情報を変更するアプリなんです。『ワンワンGO』ではスマートホンの位置情報を使っていますので、このようにアプリ側で数字を変更すれば……」


 再びアリスがスマートホンを操作すると


「今度はハワイ!?」

「はい。簡単に『散歩』する場所を変更することができるんです」

「つまり、石蕗の彼女はこのアプリを使って位置情報を変更して遊んでいたんじゃないかってことか」

「ええ。ですから、石蕗君の彼女さんは浮気していないと思います」

 アリスはニッコリとほほ笑んだ。

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電脳探偵アリス 中谷キョウ @nakayakyo

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