電脳探偵アリス

中谷キョウ

『消えた学籍簿』

 私立織戸木学園の生徒会はいつも多忙である。

 生徒数は1000人を超え、同好会を含めた部活動は100以上。それに対する生徒会の人数は10人にも満たない。頼みの綱である教師陣は生徒の自主性に任せるという放任主義を発揮し、仕事はほとんどノータッチ。必然的に生徒会はブラック企業と化した。

 そんな生徒会の社畜……もとい、庶務担当である和束大樹(わづか だいき)はホームルーム終了と同時に仕事をするために生徒会室へと赴いていた。

「文化祭……めんどくさいな……」

 大樹は大きなため息とともについつい愚痴をこぼしてしまう。それを隣にいた大樹の友人である赤城聡(あかぎ さとる)が耳ざとく拾った。

「いきなり何言ってんだ大樹。あれか? また、会長から仕事ふられたのか?」

「まぁ……そんなとこだよ」

 肩を落としながら中年サラリーマンのようにトボトボと歩く。大樹は苦労人だ。誰かに物事を頼まれれば断れないノーと言えない典型的な日本人である。そのため、生徒会長にたびたび仕事をふられてしまうのだ。

「ドンマイドンマイ。逆立ちしたって文化祭はなくならねぇよ」

「ああ、ありがとう」

 苦笑い。毎日のように聡からドンマイという言葉をもらっているため、もうあまり効果はない。

「っと、大樹。アレ見てみろよ。ガーデンに珍しい人がいるぜ」

 ふと、聡が廊下の窓から中庭を指す。中庭には生徒からガーデンと呼ばれるちょっとした花壇と生徒たち(主に女子生徒たち)がお茶を楽しむためのテーブルが設置されており、そこでは数名の女子生徒たちがお茶を楽しんでいた。

「珍しい人?」

「四条アリスだよ」

 その名前を聞いて大樹は「ああ」と思い出す。

 四条アリス。

ひとことで言えば超一流のお嬢様である。都内にある大手IT企業創設者の孫にして、母親は著名なピアニスト。おまけに本人は才色兼備。男性どころか女性までも振り向いてしまいそうなほどの美少女で学内ではトップクラスの成績を誇っている。

しかし、アリスに天は二物を与えなかった。アリスは事故によって足が不自由であり、余儀なく車いす生活を送っている。アリスが有名進学校ではなく織戸木学園に通っているのも完全バリアフリーで通いやすいからなのだ。

 そんなアリスが有名人なのは言うまでもない。

 普通なら出会うことのない超お嬢様で容姿も生い立ちに引けを取らないほどの美少女。アリスに告白する男子生徒は後を絶たないほどだ。

「眼福。眼福。俺たちと違って特別クラスだからな。お目にかかれただけで超ラッキーじゃん」

「デバガメはほどほどにしろよ」

「ほら、大樹も見ろよ。お前はそんな草食だから彼女もいないんだぜ」

「だからって、こうやってコソコソみる気にはならん」

「じゃあ、あそこにまざってくるか?」

「冗談、言うなよ。それに俺はこれから生徒会」

「へいへい、仕事ね。さっきまで落ちこんでいた奴の言うことかね」

「仕方ないさ。あの会長には昔から逆らえないんだから」

「あいあい、わかったって。じゃあ、俺はこっちだから生徒会頑張れよ」

「聡も部活、頑張れよ」

「……ああ」

 そう言いあって2人は別々の方向へと歩き出した。

 大樹は生徒会室のある最上階へ聡は部室のあるグラウンドへそれぞれ向かった。

 織戸木学園では大手IT企業の出資を受け、学園内の設備は一部を除いてすべて電子化されている。

教室からロッカー、備品の入った棚まですべてに電子的なセキュリティが付与され、生徒手帳に埋め込まれたRFIDタグ(電子タグ)を用いて開錠を管理している。

原則、通常の教室は職員を含めたすべての生徒が開錠の権限を持ち、生徒会室や職員室などの特別教室は事前に登録した生徒、職員しか開錠することはできない。

大樹が学生手帳をかざすとピッという音と共に生徒会室の鍵が開く。

「お疲れ様です」

「あら、和束君ね。おはよう」

 生徒会室へと入ると女子生徒が大樹の出迎えをしてきた。

彼女の名前は杵柄沙織(きねづか さおり)。現職の生徒会長である。

「会長? 珍しいですね。こんなに早く……それに織戸先生?」

生徒会長である沙織は大樹に負けず劣らず多忙だ。

授業が終わると同時に職員室やらを駆け巡るため生徒会室にはだいたい大樹よりも30分以上遅れてくるはずなので大樹を出迎えることなんてほとんどない。

しかし、もっと珍しい人物が隣にいた。

生徒会の顧問である織戸先生だ。

教職員は基本的に生徒会の仕事にはノータッチでたまに承認印をポンッと押すだけである。そんな先生が生徒会室に来ることなんて生徒会長が大樹を出迎えるよりも珍しい。

「実はね和束君。困ったことが起きたのよ」

「困ったこと?」

 生徒会長の言葉に大樹は悪寒が走る。生徒会長がそんなことを言うのはたいていトンデモないことばかりなのだ。

「ええ、そうなのよ。いま、副会長に頼んで役員全員を呼んでいるの」

「全員を? そんなに重要なことなんですか」

「ええ……そうね、みんな集めてから言おうと思ったんだけどあなたには先に伝えておくわ。学籍簿が消えたのよ」



***



生徒会役員が全員そろったのは大樹が来てから数分後のことだった。

 生徒会長 杵柄沙織(きねづか さおり)。

 書記   馬渡祐飛(うまわたり ゆうと)。

 庶務   保井朱莉(やすい あかり)。

 庶務   和束大樹(わづか だいき)。

 生徒会役員計4名と顧問である織戸先生がテーブルを囲む。

「さて、みんなに集まってもらったのはある事件が発生したからよ」

「事件ですか? 文化祭の準備で多忙な時期にいきなり全員召集なんてよほど大事件なんでしょうか」

 メガネをかけたインテリ系書記、馬渡祐飛が愛用のノートパソコンを開きながら告げる。

彼は毎日図書室で仕事をしている。理由はいくつかあるのだが静かだというのが一番の理由だ。

「ええ、学籍簿が消えたの」

 生徒会長の言葉に室内がシーンと静まった。祐飛も開いていたノートパソコンをそっと閉じる。

 学籍簿。その名の示すとおり織戸木学園に所属する学生の氏名やら生年月日、身体情報など個人情報がたんまりとつまった帳簿のことである。

「生徒会のみんなは知っていると思うけど、学籍簿は教員用サーバの中でも制限フォルダに入っていたわ。アクセスできるのは生徒会顧問である織戸先生と教頭先生……そして、私たち生徒会役員よ」

 織戸木学園では資料も電子化されており、資料の重要度によってアクセスできる(資料を閲覧・修正する)人を制限している。

学籍簿の入力は生徒会が一部代行しており、生徒会役員には全員アクセスする権限が割り振りされている。

 静まり返る中、大樹と同じ庶務である朱莉がおずおずと手を挙げた。

「あの……消えたということは誰かが消したってことですか」

「そのとおりよ。故意なのか過失なのかはわからないけど、誰かが消したのよ」

「会長。消えたのでしたらバックアップより復元するのはどうでしょうか」

 祐飛の言うとおり学籍簿を含む重要なデータは定期的にバックアップを取っており、消えたとしてもバックアップから復元できるようにしているのだ。

「ええ、今日明日は手続き上無理だけど、いずれ復元はできるわ」

 その言葉に生徒会役員全員からホッと安堵の息は漏れる。

 しかし、それもつかの間、沙織がつづきの言葉を告げた。

「でもね、理事会が騒いでいるのよ。みんな。コレを見てちょうだい」

 沙織がプロジェクターで文書を映し出した。そこには理事会からの警告文やらが書かれていた。

「見てのとおりよ。個人情報に厳しいこのご時世だからね、原因がなんであれ調査せよってうるさいのよ」

 学籍簿には織戸木学園に所属する生徒1000人以上の個人情報が詰まっている。万が一これが外に漏れたら大問題だ。

マスコミへの対応から生徒家族への謝罪と慰謝料。

学園にとって社会的にも金銭的にもとんでもない損失である。

「わたしは生徒会のみんなを信じているわ。これからいろいろ聞くと思うけど、嘘偽りなく答えてほしいの」

 沙織の言葉に全員が再び静まり返る。ここで誰かが『間違って消しちゃいました』と手を挙げてくれるのを信じて沙織は全員を見回したが結局、それはなかった。

「じゃあ、1人ずつ話を聞くから呼ばれたら準備室へ来てちょうだい。あ、和束君は私と一緒に来てちょうだい」

「俺ですか?」

「ええ、あなたには今回の件を担当してもらうわ」

 有無を言わさぬほど強引に沙織は大樹を連れて行った。

 こうして沙織による調査が始まった。



 ***



「朱莉、ごめんね。わたしは一番信頼しているのだけど」

 沙織が最初に調査対象として選んだのは生徒会庶務の朱莉だった。

朱莉は真面目な人柄で何かある度に沙織へ報告するような人だ。

そんな人物が過失であれ学校の重要なファイルを削除してしまったら必ず報告するだろう。

だから、沙織は朱莉をまったく疑っていないのだが、朱莉は生徒会の中で一番、学籍簿に触れる機会が多い人物だ。

そのため、この事態を知っている教職員からはまっさきに疑われている。

「いえ、会長。わかっていますから」

 朱莉はそうにっこりとほほ笑んだ。

「じゃあ聞くけど、最近、学籍簿の中身を見たり、登録したりした?」

「いえ……特別な仕事でもない限り学籍簿の中身を覗いたり登録したりしません。それに最近は文化祭の準備でいろんな部活動からの申請書の受付をしていましたから、教員ネットワークに接続することもありませんでした」

 織戸木学園は近年まれにみるIT推進校である。

IT化された施設はもちろんのことパソコンのネットワークについても普通の学校よりも考えられている。

そして、そのうちのひとつに教員ネットワークと学生ネットワークを物理的に分離しているというものがある。

 生徒が私物のパソコンやスマートフォン、タブレットで学園内のWiFiやLANに接続すると学生ネットワークへとつながる。学生ネットワークには授業で使う資料やら申請書類の電子版があり、生徒は自由にそれらを使うことができる。

対して教員ネットワークでは教師が教員サーバを通じて教師同士でやりとりを行ったり生徒には見せられない重要な資料を格納するのに使われる。

その2つのネットワークが物理的に分かれていることにより、生徒が学生ネットワークから教員ネットワークに接続することを防いでいる。

さらに教員ネットワークは限られた場所から有線LANでしか接続することができないため一般生徒が勝手に教員ネットワークに接続することは限りなく不可能である。

唯一、生徒会役員のみが生徒会室の回線から教員ネットワークへ接続することができるが朱莉の言う通り仕事でもない限り生徒会役員たちはネットワークへは接続しない。

朱莉はここ最近、部活動で作られた申請書の受付をしていたため、教員ネットワークではなく学生ネットワークへ接続している。

もちろん、こっそりと教員ネットワークへ接続した可能性は否めないが少なくとも沙織は朱莉の言葉を疑っていない。

「わかったわ、ありがとう。ちなみに沙織は誰か疑ってる人はいるの?」

「疑うなんてそんな……生徒会のみんながこんなことするはずがないと思います。あったとしても気づかない間に消してしまったとかではないでしょうか」

「和束君は朱莉に何か質問はある?」

「では、保井は最後にいつ教員ネットワークへアクセスしたか覚えているか」

「あ、はい。多分、先週だったと思います」

「その時に学籍簿は触った?」

「触ってはいませんね……その日は教員サーバで資料を印刷していただけですから」

「資料を印刷か……わかった」



 ***



 朱莉の次に呼ばれた祐飛が部屋へとやってきた。

愛用のノートパソコンは生徒会室に置いてきたようでゆっくりとパイプ椅子に座る。

「馬渡君、キミはどうかな。最近、学籍簿のある教員ネットワークへアクセスしたりしたことはある?」

「会長もご存じだと思いますが、俺は会議へ出席するなど以外は図書室で仕事をしています。そのため、ネットワークにつなぐこともほとんどありません。たしか、最後に教員ネットワークへアクセスしたのは3月の新入生登録の時ですね」

 生徒会では学籍簿への登録を一部任されている。もちろん、生徒の個人情報なので生徒会では学籍番号と学年、クラス、氏名、生年月日までの入力でそれ以外の項目への入力は教頭先生たちが行っている。

また、必要に応じて学籍簿を参照する権限を生徒会は持つが住所や身体データなどの項目はパスワードが掛かっており、見れないようになっている。

「うん……わかってはいたけど、馬渡君も問題なさそうね」

「会長はやはり、誰か疑っているのですか?」

「さっきも言ったとおり、わたしは誰も疑ってないわ。わたしはみんなを信じているわ。馬渡君はどう?」

「ありうるとしたら庶務のどちらかと思います」

 そう言って祐飛は大樹へと視線を送った。

「もちろん、生徒会のメンバーが学籍簿を誤って消したりましてや持ち出したりすることはないとは思います」

「そう……どうして庶務のこと疑うの」

「そんなの決まっていますよ。もっとも、教員ネットワークへアクセスするのは庶務ですから。一番間違いやすいと思います」

「なるほど……ありがと」

 そういって沙織は祐飛の調査を終える。

しかし、終わった後に思い出したかのように声をあげた。

「あ。そういえば、図書室はWiFiが設置されてないけどどうしていつも図書室で仕事するの? USBメモリだと効率悪いでしょ」

 図書室は数少ないWiFiが設置されていない場所である。

 そのため、祐飛は図書館に持ち込んだノートパソコンにUSBメモリを接続して仕事をしている。

「インターネットに接続できるとついつい遊んでしまうので自制のためです」

「そ、じゃあ。最後に和束君から質問はある?」

「いえ、俺からはとくに……」

「じゃあ、これで馬渡君の聴取も終わりね」



***



「どうだった?」

 2人の聴取を終えた後、沙織がふいに口を開く。少し神妙な顔を浮かべている。

朱莉と祐飛の事情聴取を行っているかというよりもまるで大樹を観察しているようだった。

「どうも何も俺にこの件はできないですよ」

「そこをどうにかするためにあなたに頼んだのだけどね」

大樹はただの学生だ。

パソコンに詳しいわけでもなければ、探偵というわけでもない。まさにお手上げという状態だろう。

「じゃあ、和束君。あなたのノートパソコンを開いてもらってもいいかしら」

「え、あ……はい。わかりました」

「……」

 大樹が自身の持つノートパソコンを開いた。

 生徒会の仕事を行うために大樹もノートパソコンを貸し与えられている。学校からの許可は必要だが、仕事であれば自宅へ持ち帰ることも可能である。

「あの……記録なら後でまとめますが……」

「そこのフォルダを開いてちょうだい」

「(ん、こんなフォルダあったっけ?)」

 沙織からの指示のとおりとあるファイルを開く。するとトンデモないものが画面に表示された。

「これは……まさか、学籍簿」

「やっぱり、昨日見えたのは間違いじゃなかったのね」

「待ってください生徒会長! 俺……俺はやっていません!」

「知っているわ。いえ、わたしもそう思ったわ。確信したのはついさっき。もしも、あなたが犯人だったらもうとっくにボロを出しているはずだわ」

「俺を聴取に参加させたのはそれが理由……ですか?」

「ええ、昨日。あなたの画面にこのファイルが見えたからもしやと思っていたの。だから、今日はいろいろとカマをかけてみたけど、あなた一切反応しないから、知らないうちにやってしまったのではと思ったのよ」

「ですが、知らないうちに学籍簿が入るなんてことありうるんですか?」

「さぁ、あなたが知らないうちにあなたのパソコンへ入れた可能性もあるわ。でも、安心しなさい。わたしにスペシャリストの心当たりがあるわ」

「スペシャリスト……ですか」

「そう、パソコンやこういったことに詳しい人よ」



 ***



 沙織に言われるがまま大樹はとある場所へ向かっていた。

 特別教室が連なる特別棟。その一角にある小さな教室。プレートには「第3コンピューター準備室」と書かれている。

「ここに……会長の言うスペシャリストがいるのか」

 パソコンの専門家などと言われて納得のできる場所だ。

 特別棟の隅にある陽の当たらない場所。学園でも最も人気のない場所でもある。

「(どうせパソコンオタクとかムサイ奴なんだろ)」

 大樹は嘆息する。

パソコンの専門家なんて大体そんなものだろう。偏見ではあるがそう言う奴は扱いが難しい奴が多い。

そう、大樹はどうやって協力を取り付けるか考えたが辞めた。素直に生徒会として接すればいいんだと前を向く。

 深呼吸してコンコンコン、ドアをノックする。

「はい、開いていますよ」

 想像とは違う声に少し驚いてからドアを開く。


 花が咲いていた。


 小さくて無機質な部屋に綺麗な花が咲いていた。

 戸棚に置かれた古いパソコンらしき箱に乱雑に配線されたケーブル類。小汚い部屋なのになぜか、優雅。

 そんな目を疑うような光景に大樹は一瞬、時を止めた。

「四条アリス」

 その人物の名を大樹は知っていた。

 それもついさきほどガーデンで見かけたあの車いすの少女だった。

「なにか私に御用ですか、和束大樹君」

「え、あ……なんで俺の名を」

 学園一の有名人が名前を知っているということに少しばかり動揺する大樹。相手は自分よりもはるかに格上で触れることすらおこがましい高嶺の花の美少女だ。これで動揺しない男子学生などいないだろう。

「和束君。あなたはあなたが思っている以上に有名なんですよ」

「そ、そうなのか?」

「ええ、なんたってあなたはこの織戸木学園の生徒会役員なんですから」

 にこりとそうほほ笑む。

 織戸木学園は総勢1000人を超えるマンモス校。その頂点に位置する生徒会はもちろん優秀な生徒しか入れない。

 その生徒会役員である大樹が有名なのは無理もない。

「で、どのようなご用件ですか」

「それは……」

 気を取り直して大樹は起きたことを説明した。

 アリスがパソコンの専門家だということにはまだ違和感を持っていたが会長に言われたのだから間違いないだろう。

 それを裏付けるがごとく、全てを聞き終えたアリスは呟いた。

「そうですか……やはり、沙織さんから来たんですね……生徒会入りの話を断った手前、無下にこの依頼を断りたくもありませんし」

「依頼?」

 生徒会入りを断った話は大樹も聞いたことがあった。なんでも、沙織が今は空いている副会長のポストに推薦して断られたらしい。

 その話よりも大樹は『依頼』という言葉に反応した。

「はい、実は私。電脳探偵をやっているんです」

「電脳探偵?」

「それはわたくしから説明いたしましょう」

 横から別の女生徒が現れる。名前は花菱由佳里(はなびし ゆかり)。アリスの付き人である。この学園に通いながら足が不自由なアリスのサポートをしている少女だ。

「アリスお嬢様は世界的ITメーカー四条グループ総裁の一人娘でございます。そのため、幼少の折よりコンピューター等の電子機器に触れており、いわゆる電子機器の専門家っでございます。そんなお嬢様は以前より、コンピューターに関連したトラブルを解決することにご執心なのです」

「ありがとう、由佳里。和束君これでわかりましたか?」

「ああ、説明ありがとう。確かにそれなら今回の件にはピッタリだな」

「お判りいただけてうれしいです。では、さっそく質問させてもらってもいいですか」

「わ、わかった……」

 大樹の返答を聞くや否やアリスは手持ちのノートパソコンを開いた。背面にかじりかけのラズベリーが描かれたスマートなパソコンである。ベリーブック。大樹も知っているほどの世界的なパソコンメーカー『ラズベリー社』が手掛けた高級パソコンである。

 アリスは専用にカスタマイズされたベリーブックを保有しているのである。

「まず、聞きますが、和束君。最後に教員ネットワークにアクセスしたのはいつですか」

「えと、昨日……だけど、学籍簿が入っている場所には行ってない。文化祭の資料を少しみただけだ」

「……そのときですね」

「そのとき?」

「はい、和束君のノートパソコンが教員ネットワークに接続したとき、和束君のパソコンが自動的に学籍簿の入っているフォルダへアクセスし、学籍簿を和束君のパソコンに移したのでしょう」

「ちょ、ちょっと待て。犯人とか、移したとかどうしてそんなことわかるんだ。俺が少し話しただけじゃないか」

「和束君。ファイルを移動したりする手段はいろいろありますが、特定のパソコンに特定のファイルだけを移動させるということは少なくとも学園のネットワーク事情を知っている人物が犯人となります。もちろん、和束君が犯人でしたら、手動で移したという話になりますが」

「たしかに俺はやってない……ウイルスって奴か。だけど、俺のノートパソコンはインターネットに接続してないはずだ。とくにここ数か月は触ってない」

 生徒会の仕事でインターネットを利用する業務はほとんどない。そのため、大樹のパソコンもここ最近、インターネットに接続していない。

「はい。ですから、外部犯ではなく内部犯です。この学園のネットワーク事情を知っており、なおかつ、学籍簿の閲覧方法を知っている人物ですね」

「それって……その、四条は生徒会メンバーが犯人だっていうのか」

「はい。私は生徒会メンバーが犯人だと思っています」

 そう、断言する。

アリスはもうすでに犯人の目星がついているのだろう。そんな瞳をしていた。

大樹はゴクリと生唾を飲み込むと頷いた。アリスの言っていることはつじつまが合っているのだ。

学籍簿は教職員ですら担当の人以外はどこに格納されているのか知らないほど、厳重に保管されている。

この学園を知らない人物がちょっとやそっとのことで学籍簿を大樹のパソコンに移すなんて技はできないはずだ。

「和束君。昨日、そのパソコンで何をしていましたか」

「昨日……昨日は教員ネットワークで資料を見て、後は文書作成とか……」

「それだけですか? 何かパソコンに接続したものはありませんか?」

 接続したもの。それを大樹は思い出す。昨日、パソコンに接続したものが何なのか。作業をするためにパソコンに接続したもの。

そして、あるものにたどり着いた。

「USBメモリか」

 大樹のつぶやきにアリスがほほ笑む。

「なるほど……これで犯人がわかりましたね」

「え?」

「アリスお嬢様。それだけの説明では和束様のようなトーシロではわかりません。それに犯人の断定は証拠の裏付けが取れてからでよいのでは」

「そうね、由佳里。でも、学籍簿を閲覧できる権限を持つのは一部の教職員を除いて生徒会役員だけなのよ。それに和束君がUSBメモリを使っていることを知っている人物も限られます」

「ああ、そうでした。それでしたら一番、濃厚なのはあの人ですね」

「四条。俺にもわかりやすく説明してくれ」

「そうですね。パソコン初心者にもわかりやすく説明しますと、USBメモリには自動再生機能と呼ばれる機能があります」

「パソコンに接続すると勝手にUSBメモリの中を開いてくれる奴だよな」

「はい。便利な一面、知らないうちに悪いソフトが起動することがあります」

「なるほど……俺が使ったUSBメモリの中に学籍簿を移動させるウイルスが仕込んであったってことか」

「おそらく生徒会役員のパソコンなら誰でもよかったんだと思います。唯一、犯人が失敗したのはコピーではなく切り取りしてしまったことですね。そのため、事件が露見してしまったようです」

 大樹は静かに頷いた。

「だけど四条。けっきょく犯人は誰なんだ?」

「わかりませんか?」

「私からお教えすることもできますが、犯人については沙織さんから教えてもらったほうがよいかと思います」

「会長から?」

「ええ、沙織さんでしたら今回のお話だけで犯人がわかると思います」

 アリスの言葉に首をかしげる大樹。仕方なく、アリスに「わかった」と感謝してから部屋から出ようとする。

「和束君。ひとつだけ、いいですか」

「え? ああ」

「毒と薬は表裏一体といいます。毒は必ずしも毒になるとはかぎりません」

「それはどういう意味だ?」

「そのままの意味です」

「……わかったよ。それも確かめてこいってことなんだな」



***



「そう、アリスはそんなこと言ったのね」

 生徒会室へ戻った大樹は沙織へとアリスの言葉を伝えた。

「さすがね、実はさっき真犯人から自白があったわ」

「真犯人から? いったい、犯人は誰だったんですか?」

「犯人……そうね。和束君は妖精って信じる?」

「会長。妖精なんているはずがないと思いますが」

「例えのようなものよ。今回は妖精さんが仕事をミスした。ただそれだけの話なのよ」

「妖精が仕事をミスした?」

「ええ、とある妖精さんは生徒会の仕事を減らそうとしたのよ。その結果、わたしたちが知らないところで気づかれないようにいろんな仕事をしていたのよ」

「それって……」

 そこまでの話を聞いて大樹は犯人が誰なのかようやく気付いた。

 大樹たちの知らない場所で気づかれないように仕事をしていた人物。それが犯人。

「わたしは今回の件についてこれ以上、とやかく言うつもりはないわ。先生たちにはわたしから事情を説明するわ」

 こうして、学籍簿紛失事件は幕を閉じることになる。

 大樹も沙織と同じく犯人への追及はこれ以上しないこととした。

「それよりもアリスはどうだった?」

「電脳探偵ですか。正直、俺はあまりわかりませんでした」

「ふふっ。そうでしょうね。でも、これからもしも同じようなことがあったならアリスに頼むといいわよ。あの子はなんだかんだいってこういうことには目がないからね」

「は、はぁ……」

 そう返答を濁す大樹。

 そんな大樹は近々、アリスの電脳探偵としての実力を垣間見ることになるのだが、それはまた別のお話。

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