5 第63話 夏至祭
わっ、と歓声が上がる。
視線を巡らせると、祭り衣装の華やかな娘たちが大きく舞い踊り、足を止めた人々が手を上げ拍手を送っていた。
鍋を逆さにしたような打楽器。複雑な模様を刻んだ管楽器。細長い、箱状の物に柄をつけ糸を張り、弓を走らせる楽器が高らかに鳴り響く。楽の
それぞれが何という名の物なのか、サナトは知らない。
「楽器」という道具があることは知っていても、実物を目にする機会はほとんど無く、それらを作り、もしくは持ち込み演奏しようという森の人もいなかった。
「あれほど複雑な音と巧みな速さで演ずる技は、凄いな」
「サナト様は楽隊を目にすることもありませんでしたか?」
「うん……森を訪れたクタナ村の者が、そのようなことをしていた記憶はあるが、これほど近くでしっかりと見たことは無い。あれはもう、ひとつの精霊魔法だ」
隣を行くレラが頷く。
言葉としての唄文や呪文ではないが、楽に合わせ舞い踊る精霊たちの姿を見るだけで、歌や踊りが大きな力を与える魔法になっているのだと知ることができる。
「祭りという形を取りながら、この都自体が、精霊たちに活力を与える魔法を施している」
サナトが呟きながら歩くのを見てか、手を繋ぐレラは肩を震わせた。
「サナト様は面白いですね」
「そうか?」
「ええ、ただこの雰囲気に身を任せ、感じ楽しむだけでもいいかと思いますのに。精霊の動きを観察したり、分析したり……面白いです」
「そういうレラも、どのように書物に記そうか観察しているだろう?」
からかわれたわけでは無い、と分かりながらも、図星を突かれると悔しい気がして言い返す。レラは自覚しているのか「仰る通りです」と素直に答えた。
「西方ダウディノーグ王国も、昔はこのように祭りをしていたと聞きます」
「今はないのか?」
「十年前の災厄で途絶えたと聞いています。私は、直接祭りを目にした記憶はありません」
「そうか……」
小規模であったとしても続けていたのなら、今現在のダウディノーグは噂に聞くほど酷くならなかったのではないだろうか……そんな思いが脳裏を過る。
この景色を忘れてはならない。
人々が作り上げた豊かな営みを途絶えさせてはならない。
そう心に刻みつつ歩く中、王都の北東に位置する礼拝堂に辿り着いた頃にはすっかり陽が落ち、西の地平線に残光の紅をひくばかりとなっていた。
◆
街を一望することのできる高い塔に、さほど多くの人は詰めかけていなかった。
王都に住む者なら誰でも上ることができるとのことだが、ファビオ
無論、姫の護衛役でもあるファビオたちが、平然としているアーニアの前で音を上げるわけにもいかない。僕の方が早かったですよ、等と地味な張り合いをしているのを眺めながら、塔の上の、思いのほか広さのある展望台から街を見渡した。
晴れ渡った夜空に溢れるほどの星が瞬き、地にも天に勝るとも劣らない灯火が連なる。
その一つ一つに人々の営みが寄り添っている。
「きれい……」
手を離し、手すりに駆け寄るレラが声を上げた。穏やかな風が首元をすり抜けながら流れていく。
「私も、ここからの眺めが好きだ」
レラを挟んでサナトの反対側に並ぶアーニアが、眩しそうに眼下の街並みを見つめる。レラは少し首を傾げてから、尋ねた。
「お城からも、街の眺めは素敵でしたよ」
「うむ、だが街の中央に位置する王城からでは、半分ずつしか見ることができない。ここならば、王都のほぼ全貌が見渡せる。先祖より父上が受け継ぎ、そして
レラが微笑む。
二人並ぶ姿は、仲のいい姉妹のようにも見える。
「本当に……ベスタリアは平和な国ですね。過去に多くの戦があったのだと伝え聞いておりますが、先人たちの願いが今、このような景色となって実を結んだのでしょう。だからこそ、私たちが守っていかなければ……」
レラの胸の内に、どんな思いが浮かんでいるのかは分からない。それでも呟く言葉は、深淵の森の、森の
「お二人とも、今は硬い話など置いておいて。もうすぐ城の鐘が鳴る頃ですよ」
「そうであったな」
アーニアが頷く。事前にパウルが準備していたのか、手のひらにすっぽり収まる大きさの白い実を差し出してきた。
重さを感じない程に軽く、薄く、透ける紙のような外皮に包まれた実で、中は空洞になっているようだ。
「いつもでしたら、ニノ様に灯して頂くのですが……」
くるり、とパウルがサナトの方を向いた。ニノもうんうんと頷いている。
「今回は是非、サナトさんに」
事前に話を振っていたように、最初からそのつもりでいたのだろう。
他にも、展望台に居合わせた人たちが、魔法で灯せる人はいないかと声を掛けあっている。
ただ光を灯すだけならば、さほど難しく無く強い魔法でもない。だが、妖魔となったザビリスの一件以来、魔法の力が強まっている傾向にあると思うと、行き過ぎて妖魔を呼ぶきっかけになりはしないだろうかと不安が
「サナト様」
袖を握り、レラが囁き見上げる。
「大丈夫ですよ」
「だが俺は……」
精霊魔法を使っていても、妖魔を呼ぶことがある。
「争いのための魔法ではありません。澱など起きません」
サナトの心を見透かしたかのように微笑む。
大丈夫だと、レラが、言うのだ。
それは魔法の唄文のようにサナトの背を押す。
「レラが……言うのならば」
そう答え、差し出された小さな実に向かう。静かに唄文を唱える。
「――光の
声が響き渡ると同時に、砂粒ほどの小さな光がどこからともなく舞い集い、実の中に宿っていく。それもサナトやレラが手にした実ばかりではない。アーニアやパウルが持っていた物。更には、周囲の人たちが手にしていた実まで次々と光り始めた。
「わぁぁああ……!!」
居合わせた人々から歓声が上がる。
見れば、眼下の街にも、小さな点が放射状に広がっていくのが見えた。
「さすがだな」
アーニアが笑った瞬間、ゴォーン、と城の鐘が鳴り響いた。
ナギが驚いて飛び跳ねる。
周囲の人の「合図だ」と呟く声に皆が顔を上げた刹那、ヒュゥウウ、と空を切る音が鳴り響いた。
一拍の間の後、どぉおおん! と胸を打つ衝撃。
夜空に広がる大輪の、光の華。
歓声が上がる。
そしてまた、空を切る音に続いて、衝撃。同時に大きな光が一つ、二つと広がっていく。
呆然と夜空を見上げたサナトは、生まれて初めて見る光景に声を漏らす。
「……あれは、何の、魔法だ?」
「花火よ」
答えたのはアーニアだった。
衝撃と続く光に、展望台の人々が声を上げる。
「ハナビ?」
「まぁ、花火!」
尋ね返すサナトの前で、レラが目を丸くしてから声を上げた。
「遥か昔の技で、とても貴重な
「レラはよく知っているな」
「今はその技を伝える者もわずかで、既に失われているのでは……と耳にしたことがあります。この国には残っていたのですね。私も初めて見ました」
興奮気味にレラが言う。
「魔法ではないのか?」
「はい、魔法を使わずとも、あのように美しい光の花を、夜空に咲かせることができるのです」
こぼれるほどの笑顔になる。
どぉおおんと、響く音と共に瞳を細め、夜空に咲く大輪を見上げる。
アーニアが眩しいものを見るように微笑み、呟いた。
「あの技は、かつて
「あのように美しいものを戦争に……?」
「そうだ。まるで美しい精霊を強制的に使う魔法のようにな」
薬が時に毒にもなるように、問題は使い方なのだ。
風が舞い起こる。
手にした輝く風船草が一つ、また一つと夜空に浮かび上がっていく。眼下からも、小さな灯火が、星の煌めきのように立ち上っていく。
「……光の
精霊が、サナトの口を借りて唄文を
胸が詰まる程に美しい世界を見つめ、息をつく。
アーニアが囁く。
「人は簡単に過ちを犯すが、正すこともできるはずだ。誰かが行き過ぎれば、誰かが止めよう。そうであり続ける世界であってほしいと、私は願っている」
都を見つめるアーニアは、どこか泣きそうな顔のようにも見えた。
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