4 第44話 豪華な寝所
最初に目に入ったのは白土で丁寧に塗り固められた壁だった。
柱にそって描かれる、花や樹木、鳥や蝶などの模様は派手になりすぎることも無く、細かな造形は部屋全体を一つの絵画のように見せている。
高い天井に、陽の落ちた夜空と都の灯火を望む、大きな窓が三か所。
窓枠の両端には天井から吊り下げられた白い
広い部屋である。
入って右手側に置かれた大きな
対して左手には
優に三人でも余りそうな広さで、敷かれた毛布や
更に部屋の奥にも扉が見える。
サナトには、何の為の扉なのか想像がつかない。
「足りないものはないか?」
ぽかんとした顔の二人に、アーニアは気に留める様子も無く声を掛けた。
一拍置いてから、レラはぎこちない笑顔で答える。
「……十分すぎる、おもてなしです」
「そうか。私は改めて姉上たちに旅の報告に行く故、今夜はこれで失礼とする。必要な物があればそこの
「はい」
「今夜はゆっくり過ごせ」
そう明るく言い放って、アーニアとパウルたちは部屋を後にした。
音を立てて扉が閉まる。
後に残されたのはサナトとレラ、そして「わふっ?」と首を傾げるナギのみ。改めてぐるりと部屋を見渡し、サナトは呟くような声で言った。
「国を統べる者たちは、このような場所で暮らすものなのか?」
「ええ……おそらく、そうです。たぶん、きっと、これが普通なのだと思います」
変な言葉になりながら、レラは答えた。
サナトが足を進めて部屋の中ほどまで行くと、
「サナト様……」
「封じをしておいたから、中の物に触れられてはいない。お前の鞄には書物が入っているから、余計に警戒されたのだろう」
「アーニア様がこのようなことを指示するとは……」
「思えないな。おそらく俺たちのことを快く思わない者たちの仕業だろう」
そう答えて、ふと、サナトは今入って来た扉の方に足を向けた。
軽く取っ手を握り回そうとするも動かない。当然、扉が開く気配は無い。
「何かありましたか?」
駆け寄り、サナトの手元を覗き込んだレラが、
「どうやら閉じ込められたようだ」
「えっ!?」
「大して強くも無い封じだ。この程度なら、扉を壊せば封じも外れる」
サナトの背を遥かにしのぐ扉だが、壊せない程ではない。
部屋の様子を見ても、この場を守護する精霊たちに緊迫した様子はない。ナギにも警戒する様子はないのだ。サナトらを閉じ込めた上で危害を加えようという状態でないことだけは確信が持てる。
そう思いながら、ふと、横を見ると、レラが困惑の表情で扉を見つめていた。
「不安か?」
「いいえ……でも、こんな」
「気にするほどのことではない。いくら王家の許しが出たとはいえ、やはり俺たちは得体の知れない者だ。禁書扱いにする魔法の知識も持つ。下手に城の中を歩き回られたくないのだろう」
「ですが……」
「それに必要な物があれば申し付ける様にも言っていた。外からは簡単に開けられるのではないか?」
レラが見上げる。
それを軽く笑いながらサナトは提案した。
「どうしても外に出たいのなら、今すぐにでも叩き割ろうか? 万が一の場合は多少城を壊しても構わんと、言われているだろう」
そう言って扉に手を当てる。
レラは慌ててサナトの手を止めた。
「いいえ、壊す必要はありません!」
「そうか」
「ただ……サナト様に対して、あまりに失礼で……私、怒っているんです。これでは軟禁も同じではないですか」
口を横に結ぶ。
おそらくアーニアの知らないところで行われたことだろう。それでも、レラには腹立たしいのだ。自分も同じ立場に置かれているのだということを忘れて、サナトの扱いに腹を立てている。
サナトはそんなレラの様子がおかしくてならなかった。
「まぁ、お前がそう言うのならば、しばらく様子を見よう。事を荒立てずに、内部に巣食った勢力をあぶり出せるならいい……」
呟きながら、一歩扉の前から離れる。
部屋には
改めてレラに向き直ったサナトは、腕を組みつつ訊いた。
「さて、ではどうしようか」
「はい?」
「お前は俺と同じ部屋で休むのが
現状、二人はこの部屋から出ることができない。
「……………………は」
レラの動きが止まる。
サナトとの間で、尾を振るナギが首を傾げる。
やっと自分の置かれた状況を理解したレラは、顔を真っ赤にして声を上げた。
「あぁぁっ! ど、どうしましょう!!」
夜は始まったばかりである。
◆
その同じ頃――。
王都アルダンの王城にほど近い屋敷の一室で、顔に深い皺を刻んだ壮年の男ケルバー伯爵は、額に汗をかきながら言葉を探していた。
目前の
乏しい明かりの中でもくっきりと浮かび上がる
「――そ、そのような訳でして……エルネスト殿下は、その得体の知れない若造が城に留まるばかりでなく、書庫に入ることもお許しになったものでして……」
「なるほど、伝記や物語か……確かに、全てを持ち出すわけにはいかないな。ならば、書庫に火を放てばよかろう」
「そ、そればかりは!!」
「冗談だ」
赤く艶やかな唇が、笑みの形で弧を描く。
ケルバーは益々額に汗を滲ませて、深く頭を垂れた。
この目の前の女騎士は、冗談に見せかけて本当にやりかねない。幾つかの本を持ち去られただけでも国王の怒りは大きかったというのに、火を放ったとなれば戦にも発展しかねない。いやむしろ、この目の前の女騎士はそれを策謀している節すらあった。
――しかし、今となっては女騎士の計画に手を貸した以上、ケルバーも同じ穴の
国王さえ国から離れれば、年若いエルネスト王子などいくらでも
女騎士は目の前の萎れた男に、
「……それにしても、ベスタリア王家には失望したな。ラ・クロードもいろいろ言われているが、お前の所の王子も内情をべらべらと話すなど、国を預かる者としての資質はいかがなものか」
「はぁ……それは、ごもっともで……」
「お前も、主と敬う者をよく見極めた方がいいぞ」
そう言葉を投げつけられたケルバーは、もう一度深く頭を垂れると、そそくさと部屋を後にした。
残された女騎士は鼻で嗤う。そしてケルバーに気づかれることも無く、背後の暗がりに控えていた者へと顔を向けずに呟いた。
「アレは、思ったほど使えないな……」
大きなことばかり言いながら、いざとなれば意地を通すこともできない。
策を
「まぁいい、我らの
「抜かりなく」
暗がりに控えていた者は、そう短く答えて女騎士の背後から消えた。
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