第3話 ―死因は餓死だった―
秋人は
ツノの発祥は、20年前だと言われていた。地球に流星の欠片が降り注いだ時、その内のひとつがこの■■町の地面をささやかに穿った。その当時の現場写真といくつかの報道記事、恐らく秋人がピックした情報の数々が
それから2年後、その落下地点――つまり地面から、にょきりとツノが生起している様子を捉えた画像が展開される。これも、美冬たちが教科書で何度も見てきた写真だった。一見奇妙なタケノコのような――しかし熱と光を放つそれは、この星の常識からは明らかに意味不明の物体だった。
そして次に展開されたのは、このツノを“特定熱源体”と呼称することが決定された官邸資料。その高熱のツノは、国内数カ所の隕石落下点から生え、しかもタケノコばりに急激に生育することが各地で観測された。周辺の安全確保と原因究明の取組が打ち出されたが、遅々として解明が進まないことを伝える報道データが、秋人によって展開されていく。
奇妙な地球外生命体の飛来と定着――当初はそんな夢と驚きのニュースで賑わっていた世間だが、能天気なムードが長く続くことはなかった。
「――そして、今から15年前、“四国北西部熱災”が起きた」と秋人の肉声が響いた。
先ほど秋人が美冬に見せた、瓦礫の山と化した都市と、奇妙に蠢く影の映像が再び呼び出される。
”四国北西部熱災”。隕石落下から5年後、つまり15年前の夏に起きた、特定熱源体による世界初にして世界最悪の大災害の記録。
「愛媛に生えていたツノだった。こいつが急激に熱上昇して活性化したかと思えば、3日後に地面を叩き割って化物の本体が現れたんだ」
ツノの正体は、その時初めて判明した。今まで地表に出ていたツノは化物の背中にそそり立つ突起物であり、根だと思われていたものが本体そのものだった。体長10メートルもの巨体に、岩盤のように頑強な甲殻を持つ醜悪な化物。コミュニケーションの術はなく、捕獲・収容はおろか、最終的には駆除すらも断念されることになる。
地面から這い出た化物は、自衛隊の“駆除”活動をものともせず、蜘蛛のように新居浜平野から今治平野にかけて縦横無尽にのた打ち回った。
死傷者の数、家屋・建設物への被災状況、経済損失――諸々の被害を示す巨大な数値が、
この四国の悲劇において、化物の沈黙に要した時間は5日間だった。
「――この時だって、火器使用に踏み切った自衛隊がぶっ殺したわけじゃない。死因は餓死だったって話だ」
そこで秋人は
「――でも、『
美冬は鋭く、叫ぶように言った。「『氷棺』がツノを閉じ込めて奪熱してくれている。だから10年以上もこの町は平和だった。それが壊れでもしない限り――」
「……あぁ、落ち着いて聞いてくれ、その『氷棺』が原因なんだ」
秋人の声はますます重くなった。「電力供給が一時的に逼迫して、『氷棺』がツノの冷却をほんの少し緩めたらしい。と言っても、マイナス何十度で維持されていた棺内温度が10度かそこら一時的にあがっただけ、安全率の範囲内だったらしいが――それでも、奴の導火線に火が着いちまったようだ」
「そ、そんなことって……」
「酷なことを言うようだが、『氷棺』で10年以上も封じ込めてきたのが裏目に出たのかも知れない。これは俺の思いこみだが、」
秋人は慎重に言葉を選びながら、考えを述べた。「ツノが生えてきて18年間目覚めなかったってことは、18年もじっくり育ててしまったとも言える。四国じゃツノが生えて3年で“孵化”したわけだからな。恐らく、ほんのちょっとの刺激で目覚めてしまうぐらい、奴は育ち過ぎていたんだろう」
『氷棺』がある限り安全だと思っていたのに、それが今、崩れ去った。美冬の頭は絶望と失望に染められて、つま先から這い上がった虚脱のため、その場にぺたんとへたり込んだ。
秋人は、美冬が『氷棺』にこだわる理由を充分にわかっていた。
『氷棺』――それは、安定的な封じ込めに一応成功したかに見えたこの町の、誇るべきモデルであった。美冬の父が携わった功績であり、同時にその墓標でもあった。
「――じゃあ、『氷棺』は、無駄だったって言うの?」
美冬は震える眼差しで、秋人に問うた。
四国北西部熱災の衝撃は、同じツノの生えている美冬たちの町のあり方を大きく変えた。
熱災特措法の制定、そして特別指定封域に指定されたのを皮切りに、道東を管轄する陸上自衛隊 北部方面隊 第5旅団は大幅な増強を受けて師団に格上げされ、周辺住民の疎開が促進された。当然、これは観光業で成り立っていた地域経済を奈落に突き落とし、商業は崩壊していく。
毎月のように気が遠くなるほどの回数の地元説明会が開催され、頑として応じない住民グループに痺れを切らせた担当課長が『どうしても疎開を拒絶し封域内に残るというのなら、行政として生命・財産の保障はしかねる。勝手に死ね!』とやけくその放言をして“地元恫喝会”なんて批判が沸き起こったりもした。
そうして官邸から基礎自治体までの各レイヤーでの対策が連携的に集中実行されるに至り、古き良き静かな観光街は、産官学防が輻輳する緊迫の最前線へと生まれ変わったのだった。
そのような激動の中で、まもなく打ち出された対策が『氷棺』だった。
「ああ、……いや、『氷棺』が無意味だったとか、『氷棺』のせいだとは思ってない。そうじゃないんだ」
秋人は言葉を選んで答える。そのことは、実は彼と美冬にとっては最もセンシティブな話題だった。「確かに、『氷棺』のことを“その場凌ぎ”なんて言う奴らはいる。その意見も一理ある。実際、警戒本部がやっていることなんて、ツノを常時モニタリングしてとりあえず冷やす、ってだけのことだ。……けど、あのツノに関して“その場凌ぎじゃない対策”なんか、誰も知りやしないんだ」
秋人は鬱憤を吐き出すように言って、ふと我に返ったようにひと呼吸を置いた。
「四国のことがあった時、この町でも『氷棺』より抜本的な対策も考えられていた。――例えば、見てくれ」
再び、秋人はくるくると指先を回して、
美冬の眼前に、恐らく警戒本部で過去に検討されたであろう調査報告書の一部が表示された。情報過多でポイントがよく呑み込めない美冬に、秋人は早口で説明していく。
「あのツノを根元から掘り起こして、海溝に棄てようって案もあった。実際に静岡だかの沿岸部に生えたツノで、それを無理やりやった例もある。だが、海に棄てた後にどうなるのかは全くわからない。それで奴が死ぬのか、太平洋に逃がしたせいで余計大変なことになるのか……そもそも、うちの町から海岸まで50km以上は離れてる。現実的に、あれだけの巨大な高熱源体を運ぶ手段と財源がなかった、だから断念せざるを得なかった。そこで並行してプランBとして持ち上がったのが――」
海溝投棄案を断念した警戒本部が採ったプランB。それが、継続的奪熱の機能を備えた『氷棺』をツノに被せるように設置し、非活性状態のままで中長期的に封じ込めることだった。
「……こんなもんは、どう考えたって抜本的な解決策じゃない。問題の先送りだ」
そう吐き捨てるように述べてから、秋人は「でも、」と挟んだ。
「それでも親父は言っていた。先延ばしであっても時間を稼ぐこと自体があの時は重要だった、ってな。猶予さえあれば、いつかきっと解決策が見つかる、と」
町の存続を賭けた『氷棺』の建設。それにあたったのは、美冬の父だった。
そして、当時それを決定した警戒本部の本部長が、秋人の父だった。
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