再会
風は後方から吹きつけていた。男達の足が止まり、私を通り越した先を見つめて恐怖で引き攣った顔をしている。
その視線を追って振り向き、息を飲んだ。
木々の間を、長い足を面倒くさそうに動かしてこちらに歩み寄ってくる人物がいた。
白い雪は男を避けるように降っている。いや、避けるようにというよりかは、その人を取り巻く冷たい風に煽られて吹き飛ばされているのだ。
月明かりに照らされて、その容貌が露わになる。
黒い外套に身を包んだ背の高い男。
精悍な顔立ちなのに、手櫛でかき分けただけの無造作な短い黒髪と顎を覆う無精髭のせいで気怠さを感じる。三白眼は、不良の男達を険しく睨みつけていた。
「何の用だっ!! 俺達の邪魔をするな!!」
リーダー格の男が、寒さで歯をカタカタ言わせながらも声を張り上げて威嚇していた。
だが、虚勢を張った男の言葉は、黒い外套の男には響かないようだ。その表情は変わることはなく、ため息をついている。
「俺がここに来た理由は分かってるはずだが、ドルジェノ?」
リーダー格の男——ドルジェノ——は苦虫を潰したような顔をした。
「去年も罰を与えたのに、今年も悪事に手を染めるとは」
黒い外套の男は呆れたように声を発する。
(罰を、与えた……? この人まさか……)
「お前に分かるか!? 盗みをはたらかなきゃ生きていけないドブネズミみたいな俺達の気持ちなんてな!」
ドルジェノが近くにあった太い木の枝を投げ飛ばした。黒い外套の男目掛けて投げたようだが、軌道が大幅にずれて私の方に回転しながら飛んでくる。
「きゃっ!」
突然のことに足が動かず、その場に伏せて頭を抱えた。ぶつかる、と身構えたが、冷たい風が私を包むように吹き荒れて、止んだ。
何事かと恐る恐る目を向ければ、いつの間にか男達と私の合間に黒い外套の男が立ち塞がって、太い木の枝を片手で鷲掴みしていた。
枝を地面に落とすと、黒い外套の男はちらりと後ろにいた私に目配せしてくる。
「立て、ニーシャ。早く逃げろ」
「何で……私の名前を……」
だが、今はそれに答えている暇は黒い外套の男にはなかった。
舌打ちをしたドルジェノは、取り巻きの男達に唾を撒き散らしながら指示を飛ばしていた。
「お前ら、やっちまえ!」
取り巻きの男達が襲いかかろうと駆けてくる。
「行け! ニーシャ!」
今、私がここにいては足手まといになる。立ち上がろうとしたが、私の動きよりも男達の方が早かった。
足の速い取り巻きの男のひとりが、既に距離を詰めていて、拳を振り上げ攻撃態勢に入っていた。黒い外套の男はその攻撃を受け止め、そのまま手首をあらぬ方向に捻り上げた。
悲痛な悲鳴をあげた取り巻きの男の胴体を、長い足で蹴り飛ばして怯ませる。
呆気に取られて逃げ遅れた私に、別の男が襲いかかってくる。その拳が到達する直前、温かいものに包まれて体がくるりと回転した。
「うぐはっ!!」
殴打音と苦痛に満ちた声と共に、地面に重いものが落ちる音がした。でも、私の視界には黒しか入ってこない。
この黒が、黒い外套の男の腕の中だと知るや鼓動が早く打ち鳴らされた。どうやら、動けない私を庇って抱き寄せたらしい。
視線を上に向ければ、息ひとつ切れていない精悍な顔がある。三白眼が睨む視線を追えば地面に苦しげに横たわる男がいて、先程黒い外套の男に殴られたのだろうと推測した。
黒い外套の男は、手のひらを口元に持っていくと、ふっ、と一息吹いた。冷たい風が吹き荒れ、舞い上がった雪が氷の
腹をおさえて呻き声をあげながら地面に横たわっている手下を、ドルジェノは不愉快そうに顔をしかめていた。だが、妙案でも思いついたのか、素早い身のこなしで気絶している少年に駆け寄って首根っこをつかんで持ち上げた。
「おい! 大人しくその女をよこしな! さもないとこいつが痛い目に遭うぞ!」
「汚いことをしやがる」
舌打ちが頭上から降り注いだ、その直後。
何頭もの動物が猛然と走ってくるような轟音と、嵐の真っ最中にいるような暴風が広間を襲撃した。私をその衝撃から守るように、黒い外套の男は再度、両手で抱きしめてくる。
(あったかい……夢の中に出てきたのは、この人で間違いないわ)
耳元で、ドクドクという心音が聞こえてくる。
悪魔にも、心臓がちゃんとあるんだ。
「ムスタ……なのね?」
轟音にかき消されるほどの呟きを拾ったらしい彼から、はっと息を飲んだ音がした。
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