ニーシャの罪

 事の発端は昨年の十二月、ニーシャが十五の歳だった。プナイネンが仕分けした俺宛の羊皮紙を確認すると、一枚の黒い紙に目が止まった。


 金色の文字で書かれた名前に、絶句した。


「ニーシャ?」


 罪名、自らの死を渇望した事。


 俺が罰を与える罪は、重いものばかりだ。盗難、詐欺、傷害、そして殺人。自らの死を望んだだけで罰を与えるというのは、今までにないことだ。

 審議員に問いただせば、返ってきた答えに唖然とする。


「あの子は赤い瞳の忌子だ、自らの死と共に他の者に危害を加えるかもしれん」


 ただ赤い瞳で生まれただけではないか。彼女が何をしたというのだ。

 あれほどまでに生きたいと願っていたのに。自らの死を望むとは一体どうしてしまったのか。

 

 そのことを話せば、プナイネンはふわりとした雰囲気はそのままに俺の肩を叩いた。


「審議員の決議なんて知ったこっちゃない。ニーシャちゃんを救うチャンスだよ、兄貴の魔法でね」


 今までは見ていることしかできなかったが、これで俺も彼女に魔法を使うことができる。死を望んだ者への罰は、その逆を与えれば良い。

 生きること。それがこの年の彼女への罰。


 クリスマスイブの夜。孤児院から逃げ出したニーシャを探して、町を彷徨い歩いてようやく見つけ出した。露店のリンゴを、涎を垂らしながら見つめている。リンゴを盗ろうとする腕を間一髪で食い止めた。


 横向きに抱きかかえている間、彼女の双眸と目が合う。間近に見る瞳は、本当にそこに柘榴石が埋め込まれているのではないかと思うほどに綺麗だった。


 純粋無垢な光を放つその瞳に、瞬時に囚われてしまう。なんて美しい瞳なのだろう。俺を恐がるどころか親しい者を見るような、優しい眼差しを向けている。

 その瞳に絆されそうになり、慌てて目を離した。途端に彼女が体を委ねてきて、俺の胸は早く脈を打ち鳴らした。


 人影のない路地に彼女を降ろし、まずは食料から、とニーシャが欲しがっていたリンゴを魔法で生み出す。驚いて顎が外れるほど口を開けているニーシャに手渡して、二つ目の角を右に曲がるように指示した。


「お前の人生が変わる」


 捨て台詞を吐いて、その場から立ち去った。俺の仕事はここまでだ。あの絵描きの夫と民俗学の博士の妻は心の良い人達だ。赤い瞳を持っていたとしても、偏見などもたずにきっと彼女を救ってくれる。

 俺の言葉を信じて動くかは彼女次第。どうか信じてほしいと心の中で訴えた。



 ——今年。俺宛に届けられた羊皮紙の中に、ニーシャの名前があった。


 今年の彼女の罪名は、許されざる恋。相手は、ムスタ•ヨウルプッキ。


 人間と精霊の間に、恋愛などご法度だ。精霊の審議会は、満場一致で彼女に罰を与えるべきだと判断したらしい。


 プナイネンは今年は兎に角忙しそうに、次から次へと湧いてくる羊皮紙を仕分けして、器用にプレゼントの生成までしている。

 忙しいプナイネンは、この羊皮紙の内容など見ていないだろう。そそくさとその場を後にして、彼女をいかに罰するか逡巡した挙句、苦しみながらもひとつの答えにたどり着いた。


 彼女の記憶から、俺の存在を全て消し去る。痕跡も何もかも。

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