ムスタ

双子の弟

 俺がかけた魔法でくうくうと寝息を立てているニーシャを、横向きに抱きかかえた。一年前にかかえた時は、まるで羽でも持っているのかと思うほどに軽すぎて仰天した。

 だが、今はしっかりと食事をし、運動しているのだろう。健康的な重さになっていて安堵する。


 彼女をゆっくりとベッドに横たえれば、鎖骨辺りで綺麗に整えられた栗色の癖っ毛が、ふわりと枕に広がっていく。

 寒くないように布団をかけてやると、早速、証拠隠滅作業に取り掛かった。


 テーブルにあった皿やカトラリーに手をかざして、何度か宙を撫でるように動かせば、瞬く間にそれらは消滅した。


「あとは、書斎だな」


 独り言を呟くと、ニーシャの部屋を通り抜けて母親の書斎へと足を伸ばす。本棚から民俗資料集を取り出して、綺麗さっぱり消し去った。



 夕方から降っていた雪は未だに止む気配を見せない。降りしきる雪は、俺の体を避けるように地面へと落ちていく。

 屋敷から抜け出した俺は、ざくざくと足跡を立てながら、人っ子ひとり歩いていない路地をひたすら突き進んだ。


 T字路で左に曲がって細い路地裏に足を踏み入れると、見知った朱色のソリとトナカイの軍団が姿を現した。

 綺麗に二列に並ぶ軍団の先頭、赤い鼻を光らせたトナカイは俺に気づくと、鼻を鳴らして頭を擦り寄せてくる。


「ルドルフ、お勤めご苦労」


 それに応えるように下顎を指で掻いてやれば、気持ちよさそうに目を細めた。

 暫くルドルフを撫でていると、頭上から柔らかな声が降ってきた。


「やあ、兄貴。来てたのかい?」


 心の奥底にじんと染み渡るような甘く低い声に、それが誰なのか瞬時に理解する。


 見上げれば、ちょうど二階建ての家の屋根の上を、滑るように降りてくる垂れ目の人物と目が合う。

 細い体は赤い外套で包まれ、低い位置でひとつに結わえた絹糸のような銀色の長髪を、風になびかせている。

 雪のように白い肌と鼻筋の通った麗しい見た目は女盛りの三十代に見える。が、れっきとした男、似ても似つかないが俺の双子の弟だ。


 細長い指には、白いもじゃもじゃとした物体と赤い帽子が握られていた。


「プナイネン、何度言ったら分かる? 髭を蓄えないならせめて白いつけ髭を付けて仕事しろ。それに、何で太らない。昔からサンタクロースはふくよかな姿だと信じられている。それを覆してどうする?」


 綿毛のようにふんわりと体を浮かせ、屋根から降りたったプナイネン•ヨウルプッキ——世間ではサンタクロースと呼ばれている——は、俺の説教に辟易したのか盛大にため息をついた。手にしていた白いもじゃもじゃしたつけ髭を、忌々しそうに見ている。


「固定概念に縛られるのはごめんだねぇ。僕は僕のやり方で、子供達にご褒美をやるのさ」


「お前の姿を見て、子供達ががっかりしたらどうする」


「その心配はいらないよ。何たって、子供達は深い眠りの中。僕の姿を見ることはないんだからねぇ。まあ、いざと言う時はつけ髭をささっと顎につければ大丈夫だよ」


 奴の言葉は一理ある。ぐうの音も出ずに口をつぐんでいると、プナイネンは俺の顔を意地悪そうな笑顔を浮かべて覗き込んできた。


「兄貴も僕を見習って、固定概念を壊したらどう?」


「何のことだ」


「あの子の所に行っていたんだろう? ニーシャちゃん」


「違う」


「違わないね。じゃあ、そのパイ生地の食べかすはなんだい?」


 プナイネンが細い人差し指でさしてきたのは、外套の胸元についたパイ生地のカスだった。だから食べにくい菓子は苦手なのだ。振り払おうとする手をすんでの所で止め、一粒ぶつ取って口に含んだ。その様子を、プナイネンは面白そうに眺めている。


「捨てられないよねぇ。折角兄貴のために作ってくれたんだから。その生地の感じとシナモンの匂いからして……アップルパイ、だ」


「どうだっていい」


「良くないね。どうしてニーシャちゃんは、アップルパイなんて作ったんだろうねぇ?」


 食べかすを摘む手を止めてプナイネンを見る。我が弟ながら、この男の思考は読めない時があった。雰囲気がふんわりとしているからぼうっと生きているように見えるが、時に核心をつくような鋭い指摘をしてくるので、恐ろしい。


 柔和な微笑みの奥で、鋭い光が目に宿る。俺を問い詰めようとしている時に見せる光だ。それから目を背けて「知るか」とぼそっと言えば、くすくすと笑っている。

 この男は何か知っているのか。プナイネンの心の内を読み解こうと、再び視線を向けてみる。だが、掴みどころのない柔和な顔からは何も読み取ることができない。


「どこまで知っている?」


「さあ、どこまでだろうねぇ」


 本当に分からない男だ。プナイネンから視線を外していれば、わざと俺の視界に入り込んできた。口は怪しく笑みを浮かべ、目だけは逃げることなど許さないほどに鋭かった。


「ところでさ、彼女はどんな罪を犯したの? まさか日頃の可愛らしい悪戯だけで、兄貴が罰を与えるわけがないだろう?」


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