第2話

 とは言ったものの、この展開は予想していなかった。


 私は眼前に聳える山のような巨大生体コンビナート『わたし再生山サイセイサン』をぼんやり眺める。

 驚愕はとっくに通り過ぎ、恐れも不安も摩耗して、今はただ、ぼんやりと受け入れる以外の術がない。


 コンビナート内では無数の透理が24時間働いて、多種多様な姿形と能力を持った透理を休みなくし続けている。

 女子高生型透理にすれ違いざま挨拶されて、笑顔でおはようと返す。

 食糧生産型透理に山ほどの大根をもらって、ふろふき大根にしてお隣の透理に分けてあげよう、と考える。


 この町に住む人間は私と透理の2人だけになったが、透理は数えきれないほどいるので2人という表現は正確でないかもしれない。


 あの病室での会話からしばらくして、透理は再生医療センターの施設を乗っ取って自分のコピーを作り出した。法的・倫理的には禁止されている行為だが、生み出された命を処分できるほど社会は冷徹ではなかった。元の透理(最初に再生された、という意味だ)とコピー透理はそれぞれ別の人格として生活するべし、と決定が下され、コピー透理に新しい戸籍を与えた上で2人は別々の場所で監視下に置かれる。


 この対応が誤っていた。


 このとき既にコピー透理は複数生み出されていたのだ。そのうちの1人が囮として社会の目を引くうちに他の透理たちは暗躍を始め、電子的・暴力的・経済的・法的手段を含むあらゆる方法で全国の再生医療センターを支配していった。

 最初のコピーから10ヶ月のうちに日本全土の40%を超える再生医療センター、それを支えるインフラ、更にはそこで生み出されるコピー透理の生活に充分なだけの生産施設群が透理個人の手に落ちた。


 高度に統一された意志を持つ透理の行動に対応すべく、政府は秘密裏に対再生医療テロ部隊の複製による増員に着手。これが更に事態を深刻化させる。

 複製部隊員の1人が政府に反旗を翻しその行為を暴露、茨城を占拠し個人領として日本国に対する独立を宣言する。


 東海圏を本拠とする透理と関東に支配域を広げる反乱人(軍ではないためこう呼称する)の攻勢を受け、非複製人による従来政府は首都東京と大阪を中心とした僅かな地域にその実質的支配域を後退させていく。

 更には日本での反乱を受けて各国で同様の動乱が発生、今や地球の陸地の3/5はいずれかの複製人が支配する個人領となった。


 そして歴史は常に未来へと進む。


 新しく再生された透理たちはその時点までの全ての透理の記憶を持つが、再生されて以降は個々の記憶と経験が同期されることはない。つまり、全ての透理は再生されてから時間が経つほど経験の個体差が大きくなり、個性を獲得していく。それにつれ透理全体の統率は失われ、意思決定は困難となっていく。


 透理全体はこの問題に対処するため極めて原始的な解決策を導入した。全員参加の多数決である。

 多くの場合透理全体の平均値に近い最新透理の行動が採用されるこの方式は、意思決定の迅速化と引き換えに透理内に新たな波乱を呼ぶ。非主流透理による自分内レジスタンスの発生だ。


 主流透理からもはやかけ離れてしまった古透理のうち一部は、自分こそ透理オリジナルであると主張して主張透理と決別。透理全体の内部に独立した集落を築き始める。

 この頃になると透理と透理以外の国境紛争(国家規模の群体化個人による領域紛争のための用語タームがないため便宜上こう呼ぶ)は事実上の休戦に入っていて、主流派透理の関心事は『反わたし』と呼称されるレジスタンス透理との関係に移っていく。


「反わたしの村に男がいたらしいよ」


「えー、有性生殖? 反わたしたちの考えることって全然分かんない」


 顔も声も千差万別の透理たちがそんな噂をまことしやかに話す姿は、透理内の日常風景だ。


 実際のところ、透理全体の内部で起きている分裂と統合、意思の対立は、拡張されていない個人の心の中とさして変わりないように思える。

 二分心ジェインズを持ち出すまでもなく、人の心には相互に矛盾する様々な感情や思惑が入り乱れている。いずれかの思考が他を抑えつけようとしたり、また抑えつけられていた欲望が自身の総体的方向性に牙を剥くことも日常茶飯事だ。

 ならばこの透理全体を指して透理個人と考えることも、そんなに突飛なことではない、と思う。透理全体を構成する個々の透理が非複製人ひとりの構造を持つ以上、透理全体の意思も行動も旧来の非複製人より遥かに大きなものになるけれど。


 透理という少女は、自己の複製によってその基本構造を変えることなくより大きな構造と機能を手に入れた。そして今も健やかに呼吸している。


 そんな透理全体の中で私が安穏と生活していられる理由は、ひとえにあの病室での約束によるものだ。

 私は、透理がどれほど変わったとしても透理であると保証する。透理は私の保証を以て自分が透理であると確信する。これはどの透理にも共通する原則で、私が彼女のアイデンティティの礎になっていると考えると少しくすぐったい。


 けれど、そんな機構が彼女の内側にあることは果たして健全だろうか?

 私が透理全体を一個人として認めるなら、彼女の内から出て、その全体と『1対1』の関係になるべきかもしれない。


「動くな。手を挙げて、抵抗しないで。わたしたちの要求はひとつ。今の主流派は透理じゃない、と宣言すること。それができるのはあなただけなの」


 少なくとも、心の中の少数派に直接銃を突きつけられる、なんて距離感はちょっと望ましくない。

 それでも、目の前の彼女もまた透理なのだけど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

少女透理 逆ノ叱 @yakiniku_tabetai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ