第59話 七海視点・いつもの教室。ふたりの秘密。
明くる月曜の朝。
いつもと異なるどきどきを胸に私たちは登校した。
いつもと同じ学校。同じ教室で。いつもと違うのは私たちだけ。
友達も、家族も知らない内緒のはなし――
まるでふたりだけの秘密基地を作ったあの頃みたいにわくわくしてしまう。
ヒロくんはいつもと同じように「おはよう」と挨拶してくれたけど、表情はどこかそわそわしていたように思う。なんだかそれが可愛くて嬉しい。
いつもと同じ授業風景。最近席替えをしたからヒロくんとは少し離れてしまった。
でもいいの。身体が離れても心が繋がっていればそれでいい。
そう思える程度には、私も少し大人になったのかもしれない。
大人といえば。ヒロくんも昔と比べると随分大人になった。
こうして横顔を眺めると、幼い頃にはあまり見なかった真剣な表情にどきりとする。ペンを持つ指も長くて、すらりとしてて。少し浮き出た喉仏が色っぽくて…………好き。
(ヒロくん……)
ずっと見ていたいなぁ、なんて言ったら気持ち悪いかな?
視線を逸らそうとすると、ふと目が合った。
気がついたヒロくんはしぃ、といたずらっぽい顔で人差し指を口に当てる。
『授業中だよ。よそ見はダーメ』って?
そう目で言って、ふわりと微笑む。
大人っぽい、穏やかに見守るような表情。それでいて口元の笑みに幼い頃の面影も重なる、変わらない笑顔。
でも、一昨日は、私の知らないヒロくんばっかりで。身体も大きくなって……
匂いや体温、声や表情を思い出し、身体がまたうずいてしまう。
月日が経って、私は随分とはしたない子になってしまったのかもしれない。
おかげで日曜日は何もできなくてベッドにずっとくるまっていたなんて……
……言えないよぉ。
(……また、したいな……)
目が合うだけで、伝わればいいのに。
転校してから一年が経とうとして、話ができる友達も少しだけどできた。
でも、「彼氏を誘うときどうしてる?」なんて聞ける友達いるわけない。
心も身体も繋がったけど、こればっかりは。テレパシーじゃないんだから。
今朝のこともある。ヒロくんはきっと私の身体を気遣って「またしよう」なんて言ってこないんだろうなぁ……
当分言ってこないだろうなぁ……次は何週間……いや、下手したら何か月か後かも? でも、そんなのこっちがもたないよ。
……どうしよう。
(――したい、な……)
苦手だから本来ちゃんと聞くべき国語の時間なのに。そんなことばかり考えていたらもう授業が終わりそう。
……うん、決めた。
今日もウチで勉強が終わったらいつもみたいにご褒美が欲しいって甘えちゃおう。
そうして、キスして、身体で。この想いを伝えるんだ。もうそれしかない。
私は国語が苦手なの。言葉で言うよりそっちの方が早いよね?
(――あ。)
また、目が合った。
ヒロくんは照れ臭そうに頬をかいて、今度は私がいたずらっぽく微笑む。
ヒロくん、気づいてくれるかな?
でも。テレパシーなんてないんだから。この微笑の意味にヒロくんが気づくのは放課後になってからのお楽しみだよ。
私たちはしばし視線を絡ませて遊び、いつもと同じ授業を終える。
「七海さん、次、体育だよ。教室移動」
数か月前に仲良くなった隣の席の加賀谷さんが、一緒に移動しようと声をかけてくれる。
「あ、うん。ちょっと待って。体操着……」
私はヒロくんと「あとでね」と視線で会話し、女子の着替え用の教室に移動した。
ふわり、と女の子の独特のシャンプーや香水などの匂いが漂う教室で、体操着に着替えようと制服を脱ぐ。
「……相変わらずね。七海さん……」
「七海ちゃん、まじデカぁ!」
近くにいた加賀谷さんと立石さんが堪らず、といった感じに声をかけてくる。
「そ、そんなことないよぉ……? 加賀谷さんだって背中、白くて綺麗だし……立石さんも脚長いの羨ましい……」
正直、見た目を褒められるとどんな反応をしたらいいのかわからない。
でも、日本だとこういうことはよくあることみたいで。ちょっとまだ慣れない。
だからなのかなぁ? 私、ヒロくん以外に友達少ないの……
(ヒロくんに褒められるときはただただ嬉しくて、こんなこと思わないのになぁ……)
一昨日だって、肌がすべすべで気持ちいいって褒められちゃった。もちもちして、手に吸い付くって。冬だからっていい匂いのするクリームで保湿していた甲斐があったなぁ。
……でも。
こんなとき、自分の身体を見下ろしてふと思う。
ヒロくんが喜んでくれるんだもん。
おっぱい、大きくてよかったな……
10年ぶりに再会した幼馴染は俺以外に友達がいない 南川 佐久 @saku-higashinimori
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