第58話 一昨日はお楽しみでしたね

 明くる月曜の朝。七海といつものように玄関前で待ち合わせる。

 夜には両親が帰ってくるというので土曜は夕方に自宅へ戻ったのだが、それ以降なんとなく気まずい……では、ないな。得も言われぬ充足感? のようなものに満たされて日曜はお互い連絡を取っていなかった。


 この感情はおそらくアレだ。言葉で繋がらなくても心が繋がっている気がするという僅かなうぬぼれ(じゃないといいけど)と、休みの日に会ってしまったら絶対またしたくなってしまう……という確信への線引き。そんなところだろうか。

 だから、一線を越えてから会うのはこれが初めてで……


「おはよう」


 隣家から出てきた七海にできるだけ平静を装って挨拶をする。なんとなくだが、いつもより洗面台で念入りに身支度を整えてしまったのは俺だけだろうか。

 伺うように覗き込むと、七海も胸の前で手をあげて「おはよう、ヒロくん」と返す。


 いつも通りのやり取り……うん。これならスムーズにまた一週間を始められそうだ。と、歩き始めたのも束の間。違和感を感じて七海の顔を見つめると、大きな瞳がはた、とこちらを見つめ返していた。


「あ……えと……ヒロくん? 私の顔、なにか付いてる?」


「いや、その……七海ちゃん、今日ちょっと化粧変えた? なんかいつもと違う気がする」


「そ、そうかな? 特に変えてはいないんだけど……」


 具体的には肌のツヤがめっちゃいい。いつも滑らかでキメが細かいが、なんというか今日は加えて血色もいいし、温泉あがりの卵肌のようで。

 しかし、その健康美に反するように目の下に僅かなくまがある。それが違和感の正体だった。


「肌ツヤはいいんだけど、くまがあるよ。ひょっとして寝不足?」


 尋ねると、七海はなぜか顔を赤くして俯く。

 まさかと予感がよぎって、俺は小声で謝った。


「ごめん。ひょっとして、まだ痛かったりする……? 夜眠れないくらい……」


 なにせ一昨日はお互いハジメテだったのだ。女の子は最初はやっぱり痛いと聞くし、「大丈夫だから最後までして?」とお願いされてしてしまったが、本当は痛かったのかも。


 かくいう俺はもう温かいやらきゅうっとなる反応が可愛いやらで気持ちよすぎて未だに夢だったんじゃなかろうかという幸せ心地なのに。なんか申し訳ない。細心の注意は払ったつもりだっけど、やっぱり一方的だったのかな?


 謝ると、七海は「そういうわけじゃないの!」と慌てて手を振った。


「そうじゃなくて……その……ベッドにヒロくんの匂いが残ってて、なんだか落ち着かなくて、それで……」


 もじもじと口元をおさえ、膝を擦り合わせる姿が一昨日の出来事を彷彿とさせて内心でざわついてしまう。だって一昨日はそういう風に恥じらう脚を広げてしまったわけでして……

 気を紛らそうと違う話題を振ってみることに。


「でも、前俺の部屋に泊まったときはヒロくんの匂いがして安心するって言ってなかった……?」


 もしかして、俺、男くさい?

 ちょっと不安になりながら問いかけると、七海は顔を一層赤くし。


「ヒロくんのベッドからヒロくんの匂いがするのと、私のベッドからするのじゃあ全然違うよぉ……! ついつい思い出しちゃって、わたし、うまく寝れなくて……」


 また想像しているのだろうか、心なしか瞳が潤み、息が熱くなっている姿が朝から下半身によくない。


 というか、昔どこかの記事で読んだけどセックスすると女性は肌ツヤが良くなるってアレ、都市伝説じゃなかったんだ……

 実際に目の当たりにすると、満足そうにツヤツヤしている七海の肌を見るだけでもう全部思い出してしまう。

 あの蕩けるような表情とか柔らかさとか、ついつい溢れちゃう甘い声とか、抱きつきながら耳元で「ヒロくん……」って、切なそうに……


(あああ! これ以上思い出したら学校行けなくなるっ!)


 それに、改めて考えると事後な男女がしれっと机に座って授業受けるってなんかエロいな……

 そもそもさっきから手を繋ごうとして繋げないを繰り返してる七海ちゃんはどうしたんだろう? いつもなら会ってすぐ繋いでくるのに……


「七海ちゃん、大丈夫? やっぱり具合悪……」


 言いかけて、手を繋いだ瞬間。

 びくっ! と七海の肩が大きく跳ねた。


「えっ。ど、どうしたの……」


 顔を覗き込むと、遠慮がちに握り返された手がさわさわと俺の掌の中で行き場なさそうにもぞついている。


「手、握られると感触が……また思い出しちゃう。この手が触ってくれたんだなって、つい意識しちゃって……うう、恥ずかしい。でも……できれば、またして欲しいなって……」


 そう言って耳まで真っ赤になる七海。

 そんな姿がたまらなくえっちだ。

 

 何気ないはずの登校風景がいつもとちょっと違う朝。俺たちは恥ずかしいやらもどかしいやらな気持ちを抱えつつ、その『幼馴染以上』な距離感に胸をどきどきさせたのだった。

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