第57話 もう我慢しない
◇
口数の少ない七海と共に電車で来た道を帰宅する。
耳の奥では先程の、七海の言葉がこだましていた。
『……今日、ね。ウチ、両親いないんだ』
だからなんだろうか。あんな過激な下着を履いていたのは。
そう思うと身体中が熱くなって、いてもたってもいられない。
「お茶だすね。先に部屋あがってて」
七海の家に着き、促されるまま見慣れたピンク調の部屋に入る。
ふわふわのぬいぐるみと愛らしい小物で飾られた七海らしい部屋。
少し前まではこの部屋に来るのが楽しみで楽しみでそれこそ前の日はうまく眠れなかったほどなのに、今はもう心臓がこわいくらいにうるさくて。
すでに冷めてしまったハンバーガーの袋をローテーブルに置いてラグに腰を下ろしていると、アイスティーの入ったグラスを持って部屋の主がやってきた。
「アイスティーでよかった?」
「うん。ありがと」
「「…………」」
あたたかな午後の陽ざしに、生温く甘い沈黙が訪れる。
先に口を開いたのは、隣に腰を下ろした七海の方だった。
「あのね、ヒロくん」
絞り出したような小さな声なのに。頭に、胸に、響いて響いてしょうがない。
呟いた七海は何を思ったかずりずりと傍に移動して、甘えるように俺の膝に跨る。
その体勢自体は珍しいことじゃない。「ご褒美が欲しい」とか言ってキスをねだるときもこういう風に首筋に両腕を回して甘えてくるわけだし……
でも、アレだよな? 今、俺の膝の上、紐T状態の七海の太腿がダイレクトに乗ってるわけなんだよね? そう考えるともう思考回路が色々とダメになる。
だが、七海の表情は予想外に真剣そのもので……
「この際だから、正直に話しちゃおうと思うんだ」
(……う、うん? 何を……?)
と。聞き返すことができる雰囲気じゃあない。
「その前に……キスしてもいい?」
「え。あ……うん……」
流されるまま頷くと、七海は愛おしそうに唇を食んだ。
数度繰り返される甘いやり取り。
だが、七海の心はどこかここにあらずといったようで。
何をどう尋ねたものかと黙りこくっていると、七海はおもむろにニットセーターを脱ぎだし――
(……え? ……え??)
目の前に、キャミソールからこぼれそうな柔らかな物体がさし出される。
七海は何も言わずに俺の頭を抱え込むと、滑らかなソレを押し付けるようにして耳元で囁いた。
「あのね……ヒロくん。わたしね……やっぱり無理だよぉ……」
絞り出した声は切なそうで、苦しそうで。
「ヒロくんが私のこと大事に想ってくれてて、大切にしてくれてるのはわかってるの。そのために我慢してくれてることも。頭ではわかってるし納得してるつもりなの。でもね、わたしは。ヒロくんと違って悪い子だから……ダメな子だから……」
今にも泣き出しそうなほど、潤んだ瞳が俺を見下ろし、
熱く、息を吐いていた。
「……わたし……がまん、できない……」
「……っ!」
俺は、今までの自分の行いを一瞬で振り返る。
大事だから。ずっと手を出さないできた。「触って」とせがまれてもなんとか我慢して、最後まではしなかった。
だが、それは単に傷つけてしまいそうで怖かっただけなんじゃないのか?
七海の言葉に真剣に向き合うことを避けて、我慢して、俺はエライと聖騎士気取りで自己満足に浸っていただけなのでは?
その結果が、これか。
「ヒロくん……お願い……」
目の前にいる七海がこんなに苦しそうな顔してるのに。
何が彼氏だ。幼馴染だ。
「七海ちゃん……ごめん」
俺は膝に跨る七海を抱え、ベッドの上に押し倒した。
驚いたように目を見開き、きょとんと見上げる彼女に向かって言葉を絞り出す。
「……今まで、我慢して……我慢させてて……ごめん」
そして、決意と共に七海に顔を近づける。
「もう……我慢、しないから」
「……! ヒロ、くん――」
その言葉の先に、七海は何を言おうとしたのか。
熱い息と一緒に飲み込んでしまったから、もう聞こえない。聞かなくていい。
だってこの日。俺たちはひとつになって。今までのすれ違いを何もかも忘れてしまうほど、深く深く愛し合って――幼馴染以上に。分かり合えたのだから。
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