窮屈

「まあつまり、牧瀬ちゃんかわいいってことね」


 俺が話し終えると、平井はちゃんと聞いていたのかよく分からない言葉を返してきた。

こういう反応はいつも通りのことではあるのだが……やはりこいつが相手のことを聞いてこないのはおかしい。


「平井、お前知ってたな」


 平井はばつの悪そうな顔をして、肩を竦めた。


「うん、まあね。といっても、当時は知らなかったよ。別に隠すようなことじゃないとは思うんだけどさ、なんというかこんなに当事者の気持ちの想像がつかないことがはじめてだったから言い出せなくて」

「気にしないけどさ、意外だな。何もそこまで特別なことでもないし、そりゃ勝ち目ないなって話になっただけだろう」


 話を続けるほどに、平井は肩を縮こまらせていく。果たして何がそんなにこいつを恐縮させるのだろうか。

 平井はしばらく、いや、まあね……そうなんだけどね……と呟いていたが、やがて観念したように口を開いた。


「別に変なことじゃないのは分かってるさ。でも伝えにくいなと思ってしまった。その理由がなんなのかはっきり分からなかったのも怖いと思ったんだろうな。それでますます伝えられなくなった」


 そういうと平井は気まずくなったのか、また少し視線を逸らした。笑っているような、困っているようなどちらともとれない表情からすると、まだ答えは出ていないのかもしれない。

 正直あまりその感覚は分からなかったが、 理由が分からなくて怖いということは理解できる気がした。


「まず昔のことだしな。別にいいよ。それに俺としては本当にどうでもいいことだったよ」


 平井の表情は変わらない。当然といえば当然か。本人も自覚しているように罪悪感の問題なのだから、俺が何を言ったところで本質とは関係ないのだろう。

 なんで俺がそんなのに付き合わされるんだよとは、酷いと思うが、まったく思っていないとは言えなかった。まあでも、俺も今自分語りに巻き込んでいたし、こういうのはお互い様だろう。


「馬鹿、恋愛で大事なのは結果じゃない、時間だ。高校生なんて時期に好きな人がいたってだけで幸せなことだった」


 そう言って飲みかけだったスポーツドリンクを飲み干す。ぬるくなったスポーツドリンクは喉を爽やかには流れていかない。懐かしい味だと思った。

 

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