貧乏勇者 〜レベル1、装備は木剣だけど、騎士団最強の剣士に上り詰めちゃいます〜

アメカワ・リーチ@ラノベ作家

貧乏勇者 〜レベル1、装備は木剣だけど、騎士団最強の剣士に上り詰めちゃいます〜


「アトラス、これをお食べ」


 母親は、息子に小さなパンを差し出す。


 息子は心配そうに母親を見つめた。


「……お母さんは、何か食べたの?」

 

「私はいいのよ。鉱山で、ちゃんと食べてきたから」


 わずか10歳の息子にも、それが嘘だということはわかった。


 母親は、ご飯を食べて大きくなりなさいと言う。それなら毎日「鉱山で食べた」と言って帰ってくる母親が、日に日に痩せていくのはおかしい。


 だが、それでもアトラスは母親の言葉に従って、その小さなパンを食べ始める。


 ――早く大きくなって、剣士になる。そんでもって、騎士になって、母さんににたくさん贅沢をさせてあげるんだ。


「じゃぁ、私は先に寝るわね。アトラスも、食べたら寝るのよ」


 そう言って、母親は息子の返事も聞かずに、敷きっぱなしの布団に先に入った。

 横たわる母親に、息子は声をかけた。


「おやすみなさい」


 それからパンを食べ終えて、歯を磨いて、アトラスも布団に入ろうとした。

 

 だが、すぐに異変に気が付いた。

 寝息が聞こえなかった。


 横たわる母親。

 外から聞こえる虫の鳴き声以外、なんの音も聞こえないのだ。


「……お母さん?」


 アトラスは声をかけた。

 返事はなかった。

 怖くなって、その肩を揺すった。

 それでも返事はなかった。


 さらに強く、体を揺さぶった。

 でも、母親は動かなかった。


 アトラスは叫びながら、母親の腕をなんどもさすった。


 ――叫び声を聞きつけて、村の人がやってきた。


「お母さん、もう死んでるぞ」


 村人がその事実を突きつけた。


 母親は何日も食べずに、鉱山で働いていた。

 肺の病気も患っていたのに、薬一つ飲まずに働き続けた。

 今まで生きていたのが不思議なくらいだったのだ。


 別に珍しくもない。

 ありふれた光景だった。


 でも、10歳の子供であるアトラスには、それはあまりに過酷な現実だった。


 ――貧乏が人を殺す。そのことを思い知ったのだ。


 †


 ――10年後。 


 


 アトラスが教室に入ると、クラスメイトたちはその姿を見て驚いた。


 麻の服に、腰に挿しているのは木剣。

 駆け出し冒険者でさえ、そんな貧しい格好はしないだろう。


 ここがどこかのど田舎ならば、別にそれほど違和感はないかもしれない。

 だが、今アトラスが足を踏み入れたのは、王立騎士学校。

 大陸でも指折りの実力を持ち騎士試験に合格した者たちが、より実践的な力をつけるためのエリート学校だ。


 今日ここに集められた新入生たちは、いずれもレベル30を超えている、強い剣士や魔法使いたちばかりだった。

 それなのに、そんな場所に、木剣を携えた明らかに貧乏そうな少年が現れたのだ。

 周りの生徒たちは、あまりの異質さに驚きを隠せない。


「おいおい、なんだよお前!」


 金髪の少年が、教室に入ってきたアトラスに向かって野次を飛ばした。


 ブロンドのオールバック。最高級のドラゴンの毛皮から作られたローブを羽織っていて、いかにも貴族の子弟、といった風貌だった。

 だが事実は「貴族の子弟」ではなく、まさしく「貴族」だった。

 ローガン・ベントリー男爵。

 公爵家であるベントリー家の次期当主。すでに自身も男爵位を継承している正真正銘の貴族だ。


 貴族の子弟が多く通う学園にあっても、すでに爵位を持っている貴族ものはそうは多くはない。

 当主になる前に爵位を得ることができるのは、ベントリー家のように爵位を複数保持している名門中の名門に生まれたものだけ。

 それだけローガンは特別な存在なのだ。


「こいつ、木剣じゃん!」


 ローガンは、自分とは対照的なアトラスを見て、嘲笑を隠そうとはしなかった。


「なんで駆け出しがこんなところにいるんだよ」


「なんでって、試験に合格したからなんだけど」


 アトラスは平然と答える。


「お前が? 試験に? 冗談はよせ」


 ローガンがそう言うと、取り巻きの一人が「裏口入学じゃねぇか?」と野次を飛ばした。


「バカ言え、こんな貧乏人が裏口入学できるわけねぇだろ」


「裏口入学するために、全財産つぎ込んだんじゃねぇか?」


「なるほど、それなら納得だな」


 ローガンたちはガハハと下品に笑う。


 と、別の取り巻きが、呪文を唱える。

 相手のレベルを確認する“インスクペクション”の魔法だ。


「おいおい、しかもこいつレベル1だぜ! やばぇ、マジウケる!」


「いくら裏口入学でもレベル1? お前、ほんとは学生じゃないだろ? 騎士カードを見せてみろよ」


「いや、ちゃんと合格したんだけど……」


 アトラスはポケットから、先ほど受け取ったばかりのカードをを突きだす。


 アトラス・ウェルズリー

 騎士番号 5025

 騎士序列 -

 

 

「マジだな…… つっても番号、最下位じゃねえか」


 番号は、入学試験の成績順に発番される。下2桁が25番と言うことは、アトラスが入学試験で最下位だったことを意味する。


「つうか、カードを偽装したんじゃねぇのか お前見てぇな雑魚が騎士学校に入れるわけねぇからな」


「一応、ちゃんと試験に受かったんだって。なんで信じてくれないかなぁ……」


 アトラスは頭をぽりぽりとかいた。


「じゃぁ、今ここで証明してみろよ。お前の強さをよぉ!」


 と、ローガンが腰から剣を抜いた。

 ――教室の誰もが息を飲む。


 ローガンは、身分が高いだけのボンボンではない。入学試験は2位通過、ドラゴンを倒したこともあるという折り紙つきの実力者だった。

 そんな彼にかかれば、木剣しか持っていないレベル1の少年など、一瞬で殺されてしまう。


「……今、僕は決闘を申し込まれているってことでいい?」


 アトラスは自分に向けられた剣越しにローガンを見て言った。その表情は極めて平然としている。


「他に何があるってんだよ。テメェ、なめてんのか?」


「……仕方ないな」


 アトラスはそう言って、チラッと時計を見る。


「なんだテメェ、時計なんて見て」


「いや、あと六分で授業が始まるけど、五分で行って帰ってこれるかな、と思って」


 ローガンにはその言葉の意味が最初はわからなかった。

 そして気がつく。


 あと六分しか時間がなくて、五分が移動時間なのだとしたら、つまり俺と戦う時間は――差し引き一分。

 つまり、アトラスは「勝負は一分で終わる」と思っているのだ。


「テメェ……なめやがって!」


 と激昂するローガン。それを見てアトラスは、貴族ってのは怒りっぽいんだなぁと思った。


「殺してやる……」


 ローガンは、そう言って教室のドアから庭へと出て行く。アトラスはそれに黙ってついていく。

 周りのクラスメイトたちも少し遅れて見物のため外に出た。


 決闘には都合よく、庭にはかなりのスペースがあって、戦うには十分な広さだった。

 これなら、魔法をぶっ放しても、困らない。


「俺を怒らせた代償は大きいぜ……」


 ローガンは、杖を抜き去り、アトラスを睨みつける。

 教室の誰もが、アトラスの学園生活は終了したと思った。


 命があれば僥倖。

 怪我は避けられないだろう。


 だが、アトラス本人は、どういうわけか平然としていた。

 自分の置かれている状況さえもわからない、本物バカなのかと周囲は蔑みの視線さえ送った。


「さぁ、いくぜ!」


 ローガンが、腰から短杖を引き抜いて、アトラスへと向けた。

 それに対して、アトラスも木剣を構える。


「ファイアーランス・レイン!!」


 いきなりローガンが上級魔法を放った。

 炎が空中に現れ、それが無数の槍となる。

 この広範囲攻撃の前に、避けるなどという選択肢はない。


 ――瞬殺だ。

 アトラスは木剣もろとも消し炭となる。

 誰もがそう思った。


 微動だにしないアトラスに、炎の槍が降り注ぐ。

 ――爆発音。勢いよく煙が巻き起こり、生徒たちの視界を奪う。


 瞬殺だったな。ローガンは笑みを浮かべる。


 ――だが、煙が晴れると、そこにはありえない光景が広がっていた。


「バ、バカな!?」


 何が起きたのか、理解できなかった。


 煙の中から、木剣を構えたアトラスが現れたのだ。決闘が始まった時と全く同じ位置で、一歩も動かず、その場に立っている。

 その周囲を取り囲むように土がえぐれていた。


 なぜ生きている。

 俺のファイアーランス・レインは、レベル20の冒険者でもまず防げない破壊力を持っている。

 それなのに、レベル1の奴が、なぜ生きているんだ!?

 ローガンには状況が理解できなかった。

 見るに、奴は炎の槍を撃ち落としたようだ。だが木剣でそんなことできるわけない。魔法もあえりない。レベル1の魔力では、ファイアーランス一本だって防げないはずだ。


 ローガンの額に汗が浮かんだ。


「ファイアー・ランス・トルネード!!」


 ローガンは、別の上級魔法を放つ。

 今度は前方に向けた集中魔法。範囲は狭いが、威力と速度は最高級の大技だ。

 その炎の渦は、秒速でアトラスに向かって行く。


 ――と、アトラスは――地面を蹴って、ローガンの魔法へと突っ込んでいった。


 そして、次の瞬間、ふりかぶられたアトラスの木剣が炎の魔法を、真っ二つに斬り裂いた。


 突然ひらけたローガンの視界。

 そこから木剣が飛んでくる。


「な――」


 勢いよく振り下ろされる木剣。ローガンは反射的に目をつぶった。

 ――だが、衝撃はなかった。


 恐る恐る目を開けると、木剣は自分の鼻の前で止まっていた。


 寸止め。

 だが、確実にローガンを殺すことができたそのヤイバの勢いに、彼は腰を抜かして、地面にへたり込んだ。


 勝負を見ていた周囲の者たちは、絶句していた。

 静寂があたりを包み込む。


「僕の勝ちってことで、いいかな?」


 誰も口を開かないので、アトラスは自らそう宣言した。


 ――完勝。

 まさにそういうにふさわしい。


 レベル1の少年が、レベル30の貴族の魔法使いに圧勝したのだ。


 現実離れした出来事に、しばらく周囲は驚きすぎて言葉を紡ぐことができなかった。


 そんななか悠々とギャラリーたちの方へと戻ってきたアトラス。


 と、先ほどまでアトラスをバカにしていたローガンの取り巻きの一人が、ようやく口を開いた。


「れ、レベル1なのに、なんで上級魔法を剣で跳ね返せるんだよ!?」


 必ずしもレベルの上下が勝敗を分けるわけではない。

 だが、ステータスはレベルに比例するのは間違いない。


 レベル1の能力ちで上級魔法を打ち破るなど、不可能だ――


「ああ、レベルか。僕、認定所に行ったことないんだよね」


 アトラスは平然とそう答えた。


「認定所に行ったことが……ないだと!?」


 つまり――この少年は、上級魔法を木刀で跳ね返すほどの実力がありながら、一度もレベルアップをしなかったがゆえに、レベル1というわけか。


 認定所は、経験値が溜まった時にレベルアップを認めて、刻んでくれる場所だ。専門の魔法使いに経験値を確認してもらうことで、レベルアップが可能になる。


 戦いを生業にするものなら足しげく通って、その都度レベルアップを認めてもらうのが普通だ。


「な、なぜレベルアップしてもらわないんだ!?」


 誰かが尋ねる。

 

 レベルは冒険者にとってとって何よりの勲章。

 冒険者たるもの「まだレベルアップしないかな?」と、たして経験値を積んでいなくても認定所に足を運んでしまうのが普通だ。


 自分が強いという証明を、欲っしないものがいるはずがない。


 だが、アトラスは違った。


「だって、認定所って、手数料取られるんでしょ? もったいないじゃん」


 その言葉に、周りはあっけにとられた。

 確かに、認定所ではレベルアップの際に手数料をとられる。

 だが、それはパン一つの値段にも及ばないほど――せいぜい銅貨1枚の値段だ。

 それを惜しんで、これまで一度もレベルアップをしなかったというは、普通の感覚では信じられないことだった。


「たった銅貨1枚をケチってきたのか?」


 誰かがそうたずねると、アトラスは真剣な声で答える。


「銅貨1枚は“たった”じゃないよ! 別にレベルアップしないと、強くなれないわけじゃないし、見栄だけのために払う銅貨は1枚も持ってないよ」

 

 アトラスのいう通り、レベルアップは、あくまで強くなったことの証明であって、ステータスなどはレベルアップによらず上がっていく。

 だから、強くなるという目的においては、レベルアップは必須ではない。確かに、見栄と言えば見栄でもある。


 だが、だからと言って、たった銅貨1枚さえケチる人間がこの世の中にいることが、誰も信じられなかった。


「それに……そんなに強いのに、なんで武器が木剣なんだよ。鉄の剣と言わず、竜の剣でも、エクスカリバーでも、なんでも買えるだろ!?」


 そう、クラスメイトたちがアトラスを“雑魚”だと誤認したのは、その装備が木剣だったからだ。

 強いものが、木剣など持っているはずがないと。


「いやぁ、鉄の剣なんて高くて、もったいないよ」


 だが、レベルアップの銅貨一枚をケチった少年である。剣を買うお金もケチるのは当然だった。

 

「それに、岩だって魔法だって木剣で斬れるんだから、わざわざ鉄の剣なんて買う必要ないかな」


 ――その発言は、あまりに現実離れした話だった。だが、先ほど現にローガンの魔法を剣で斬り裂く様子を目の当たりにした生徒たちは、その言葉を認めるしかなかった。


「そ、それに、なんでそんな強いのに、成績最下位なんだよ? 絶対お前より弱いやついっぱいいるだろ!?」


 そして、その質問に対する答えもやはり、貧乏性が所以だった。


「いやぁ、試験って、鉛筆がもったいないから、途中で答えるのやめたんだのよね。だいたい70点くらいで受かるかな〜みたいな」



 ――とんでもない貧乏性。


 あまりにも度が過ぎている。

 きっと、世界中の貧民を集めたって、こんな貧乏性なものはいないだろう。


「――貧乏勇者ってわけ」


 と、あるクラスメイトが言った。

 それほど、アトラスを評する言葉としてふさわしいものはなかった。

 


 


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