5m懺悔

長月瓦礫

5m懺悔


「八坂悠人、手を上げろ」


「え、何、何事?」


玄関開けたら5秒で脅迫された。

さつきはおもちゃの銃をこちらに向けている。


情報量が多すぎてツッコミが追いつかない。

とりあえず、彼女に言われた通りに両手をあげる。


「オメーが何事だよ、このちゃらんぽらんがよお!

靴を脱いで、そこに膝をつけ!」


文句を言う暇もないまま、俺は言われたとおりに行動する。

あれ、俺、何かやっちゃった? 知らない間に何かやらかしちゃった?

言葉にできない不安が心に広がる。


「よーし、八坂悠斗よ。オマエが今日犯した罪をここで告白してください。

さもなくば、今月のお小遣いは千円になります」


千円はだいぶきっついな……今ドキの小学生でももっともらってるんじゃねえの?

って、そういう問題じゃなくてですね。


「ねえ、何があったの? 何かそういうドラマでも見た? 

てか、また俺なんかやっちゃった?」


「いちいちるっせんだよ! 口答えしてねえでさっさと懺悔しろや!」


銃口が額にぐりぐりと押し付けられる。

待って、めっちゃ痛い。これ思ってる以上に痛い。


どうしよう、完全に現役時代に戻っちゃったよ。

一度スイッチ入ったら、止まらないんだよな。


まあ、何もなかったらこんなことやらないだろうし。

拳銃片手にブチ切れてるからには何か理由があるのだろう。

俺もちょっとくらいは考えてみるか。


「罪、罪でしょ……あ、駅前の信号無視した!」


「幼稚園からやり直せ! 次!」


「次ぃ⁉ えーっと……あ、卵焼き! おかず食べられちゃった!」


「んなもんいくらでも作ってんよ! 次!」


「そういう問題なの⁉

そうだな……あ、上司に書類を提出する寸前で誤字に気づいちゃった!」


「書類で噛んでんじゃねえ! ちゃんと修正したんだろうな⁉」


「無事まにあいました!」


「それならよし! 他には⁉」


「他⁉ 他には……」


買い物もメモ書きにあった物を買ってきたし、メーカーもまちがっていないはず。

昨日は風呂の元栓閉めたし、洗濯物も分けて出したし……やべえ、マジで分からん。

頭をぐるぐると必死に回転させる。


「あ、会社のロッカーにイヤホン置き忘れた……」


ようやく思い出したのがこれかよ。完全にどうでもいい奴だよ。

さつきは深いため息をついて、引き金に手をかけた。

とんでもなく嫌な予感しかしない。冷たい汗が背中を伝う。


「八坂悠斗。オマエには大変失望しました。

まさか、ここまでひどいとは……やってらんねーぜ」


「ちょっ、よく考えてみたら、俺何もしてなくない!?

慈悲をください! 俺にチャンスをください!」


「オメーにはこれがお似合いだ。じゃーな」


ぎゅっと目をつぶった。軽い音が玄関に響く。


「い……たくない? 紙?」


「ハッピーバースデイ、悠斗」


ゆっくりと目を開けた。

色とりどりの紙が舞う中、にやりと笑みを浮かべていた。

銃口を上に向け、何度も鳴らす。そのたびに紙が舞う。


何だろう、この角度と視線は悪くないな。笑顔がよく映えるというか。

まあ、だんだん渋い表情に変わって、口元を手で押さえちゃったんだけど。


「うっわ……マジで覚えてねえのかよ」


「ごめんなさい、何のことでしょうか」


「今日はお前の誕生日だろうが。

何でアタシがこんなこと言わなきゃならないんだか」


「たんじょうび……あ、そうじゃん。すっかり忘れてた」


思わず声が漏れた。

あれだけ考えてたのに、何で記念日系に結びつかなかったんだ。


見落としてるとか、そういうレベルじゃない。

一番大切な日なのに。何で忘れてたんだ、俺。


「ようやく思い出したか。

お前、他人のは絶対に忘れないのにな。

どういう神経してんだよ、ホント」


「あのねえ! 

人と自分のとじゃ話が違うんだって!」


「ほほーん? じゃあ、自分のはどうでもいいと思ってるんだな?

わざわざ体張ってここまでやったのになー。今日は超がんばったのになー。

八坂君マジサイテー」


「大体やりすぎなんだよ!

玄関前で銃向けて脅迫する奴がいるか!」


「残念ながら、ここにいるよ」


自分の誕生日を思い出させるために銃構えて待ってるとは誰も思わないよ。

けど、そういうことを普通にしてくるのがうちの嫁さんなんだな。


「ほれほれ、今日は呑もうぜ。いろいろ作ったんだしさ」


いろいろ準備してくれてるのは本当のことらしい。

彼女に背中を押され、廊下を突っ切った。


リビングに特に飾りとかあるわけじゃない。

ただ、テーブルの上にあるディナーを見て、俺は盛大な歓声を上げた。


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5m懺悔 長月瓦礫 @debrisbottle00

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