CASE:07 I WANT A GOLD SHILD!!

俺、鳴海なるみ 大吉だいきちの存在は空気みたいな存在だ。

いようといなかろうと同じ。

生きていても、死んでいても同じ。


俺は・・・・なんのために生きている?


街に出れば車の音。

人が歩く足音。

他愛もない雑談。

エンドレスに続くコマーシャル。

路上ミュージシャンの下手な演奏。

観光客のシャッター音。


この街は・・・・人と音と光に溢れてる。

この街を感じるたびに、俺は自分の存在の必要性の無さを痛感する。

突然この世界から俺が消えたとしても、この街は回る。そう感じるたびになんだか虚しさを覚えるのだ。


「どーしたの?ひたっちゃって」


それは俺の彼女。

真っ黒い髪で、長髪で、胸が大きくて、服装なんか谷間の空いたやつで、肌が白くて綺麗な顔立ちで・・・・とにかくちょっと色気があるのがたまらなく俺好みの女。

「別に。ただこの世界で俺ってなんのためにいるのかなーって思っちゃってさ」

「何それ?w なんのメランコリック? 柄じゃないよw」

カラカラと笑う彼女。

・・・可愛い。

正直ちょっとムッとしたけど。

「うるせーなー」

「ごめんごめん。そんな顔しないでよー」

「別にいいけどさー」

そうとも。

変なメランコリックを抱える必要なんてない。そんな答えのでない悩みに時間を費やすよりも今目の前にいるこの可愛い彼女と一緒に過ごすのに時間を費やすほうがずっといい。それだけでいいじゃないか。

「で、なんだよ。急に呼び出してさ」

「ん?ん、うん––––––」

いつも歯に衣を着せずに話す彼女。今日に限ってなんだか歯切れが悪い。

「・・・あはは。なんかどう言っていいのかな」

「なんだよ。ズバッと言っちゃえよ」

「・・・うん。んじゃ、いうね」

「おうよ、なんだよ」

「––––––あのさ、別れよっか」

「–––––––––––––––ん?」

彼女の言葉が理解出来なかった。

言葉を脳みそが処理しきれない。

何を言っているのか、言葉を理解するのに時間がかかった。

「悪いなーとは思ってるんだけど。好きな人できちゃって。バイト先の店長さんなんだけどさ。・・ああ、そうそう。あの30歳の。おっさんじゃないよ?まだ全然若いって。じゃなくて。あの人と今いい雰囲気なんだよね。私。大吉くん、顔も身体の相性もそんなに悪くないけどさ・・・・。将来見えないし、今がいい別れ時かなって」

「・・・・はぁ?!」

「ごめん。勝手言ってるってわかってる。でも、悪いけど別れて欲しい」

「・・・い、いきなりはいそうですかってなるかよ!ちょ、ちょっと待っって。処理できない!え!?どゆこと?!意味わかんないですけど!」

「私さー、沈む船にいつまでも乗ってる趣味ないんだよねー」

「・・・?!」

「自覚あるかわかんないけど、大吉くん。動画作り壊滅的にセンスないよ。なんていうかつまんない。100万人登録、無理だって。金の盾なんて夢だってば夢。私、将来性ない人といつまでも付き合っているほど暇じゃないんだよね。ほら、女ってリミットあるじゃない?子どもが作れるリミット。今しかないと思うんだよね。だからさー、ごめん。別れて?」

その彼女の言葉が俺の心をズタズタに切り裂いて、再起不能にしたのは言うまでもない。

俺はそれから1週間ほど寝込むことになる。

何もする気がない。

何も出来ない。


「・・・・人生終わった。死にたい」


もう涙を流し過ぎて、そのうち涙も枯れてしまった。

いつまでも寝込んでいても仕方がなく、それに家に溜め込んでいた食材も底を尽いた。どんなに落ち込んでいても、腹は減るらしい。

体を起こし、外に出るために玄関へと向かう。途中、洗面台の鏡に映った自分を見た。

ひどい顔をしていた。

見れたもんじゃない。

不幸そうな顔。


『私さー、沈む船にいつまでも乗ってる趣味ないんだよねー』


彼女の言葉を思い出し、また陰鬱とした気分になった。

沈む船。

その表現は的確に俺を表している。

大学生の俺は敵なしだ。

少なくとも1年ほど前までは。

俺はみんなからイケてるやつだって認められていて、友達も多かった。異性との交流も多かったし、恋人に困ったことなんて一度もない 。

就活だってうまくいった。内定した企業は超一流企業。何も心配することはないし、今後の人生も安泰だった 。あの男、俺よりも劣っていたはずのあの男があんなことさえしなければ。


「はぁ?動画配信?」


俺が困惑したのも無理はない。

陰キャで根暗なこの男。見た目もパッとしないし、いつもオドオドしていて挙動不審な男。

優しい俺ぐらいしかこの大学内に話し相手いないんじゃないかっていうぐらいぼっちなやつ。

まあ、俺も周囲から「優しいよねー。鳴海くん」て言ってもらいたいがために関わっているだけで正直こいつのことなんかどうだっていい。全ては俺の人気のため。俺の好感度を上げるためだ。そんなこいつが、何を血迷ったのか動画配信やっていると言い出したのだ。

「ふーん、どんなのあげてるんだよ?」

「・・・こ、これなんだけど」

そう言って彼は鞄の中から取り出したタブレットで動画を再生して、見せてくれた。

動画の内容は陰キャなこいつがアニメレビューをするっていう内容。

いつもどもってしまうこいつも好きなことの話になると全くどもることなく、マシンガントークになる。必死に口早に喋る姿は滑稽でちょっと気持ち悪くて笑える。

正直そう思いながらも必死に作り上げた動画なのだ。褒めてあげるのがセオリーだと思い、俺は「へぇー、なかなか上手に動画作ってんね。応援してるよ」ってテンプレ通りの回答をする。彼はなんの疑いも持つことなく、大喜び。

まあ、きっと人気なんかでないだろうけど、まあ、それでも俺から受けた言葉には感銘を受けてもらって、どんどん俺の評価上げてやってくださいよ。

そう思ってた。


「え、割と面白いよね」


そんな声を聞くことが多くなった。

動画の再生数も驚くほど伸びていき、チャンネル登録者、高評価もどんどん押されていっている。

気がつけば3ヶ月で1万人を超えていた。

その頃には彼への大学内での評価は変わってきていて、「あ、こいつ!配信者のあいつじゃん!」って話題になるほど。

「・・・ほんと、ありがとね。あとから振り返ってみたらさ。鳴海くんに見せた動画非道い出来だったなーって思うんだけど。でも、あのとき否定せずにいてくれたから、僕、がんばれたよ」

感謝された。

まあ、それでいいんだけど。いいんだけど、なんか釈然としない。

「僕、この道で食ってこうと思うんだ。就職をせずに僕は動画配信だけで生きていく」

突然彼はそんなこと言い出した 。あまりに突拍子がなさ過ぎて俺は「はあ?マジで?」って素直に驚く。

彼は苦笑してみせた。そして、寂しげに、でもなにか決意めいた顔で彼はいう。

「僕にはきっと就職して普通に社会人をやっていく才能がないんだ。だから就活は諦めた。きっと人とは違った生き方じゃないと僕は幸せな人生を送れないと思うんだ。残念なことに人に馴染む才能がないからね。鳴海くんはどうするの?」

「・・・え?お、お、俺は・・・」

「普通に就職?」


当たり前じゃん。なんせ大手企業だよ?あの有名な巨大企業。お前みたいな隠キャが就職できるような会社じゃないんだ。就職しないわけないだろ。


そう思いながらもこの胸につっかえるモヤモヤはなんだ?


ーーー普通に就職。


その言葉通りにすることが、なんだか惨めなような気がしてきた。

あいつは一人、自分の力で生きていくっていうのに俺はなんだ?俺はあいつに劣っているっていうのか?そんな黒い気持ちが少しずつ膨らんでいく。

俺は目の前にいるこの男を見る。

見た目もパッとしない、友達も少ない、女性経験もきっとない。だけど、こいつは成功しそうだ。俺はどうだ?全てにおいて上回ってるじゃないか。

そうだ。こいつにだってできるんだ。俺に出来ないはずがない。

「・・・俺も、俺もやってみようかな。動画配信」

「え、ほんと!」

よくわからないことにこの男は喜んでいた。

「そっか。鳴海くんなら絶対人気者になるよ。うん、絶対!」

「おう、当たり前じゃん。俺ならあっという間に登録者100万人超えて、金の盾よ」

絶対にお前なんか抜かしてやる。

そんな対抗心があったのは最初だけだった。

動画投稿を初めて1週間。

どの動画も2桁どまり。全然再生されず、チャンネル登録者もお願いして登録してもらった友人たち20人ばかしから全然上がる気配がない。

「・・・なんでだよ。何が伸びない原因なんだ」

自問自答する。

全然再生されず、投げ出しそうになる。

だが、あいつは成功した。俺なんかよりも絶対的に劣っているあいつが。俺にできないはずがない。その気持ちが俺を諦めずに踏みとどまらせた。


3ヶ月。


動画の再生回数はやはり伸びない。

「ってかさー。ここだけの話、鳴海くんの動画ってつまらないよね」

「あー、それ私も思った。サムネが全然興味そそられないっていうか」

「才能ないんだよ。きっと」

「考えてみたら鳴海くんってさ、薄っぺらいよね」

「それはひどすぎw でも、ちょっとわかるw」

「だよねー」

「ってか知ってる?彼、配信一本でやりたいからって内定蹴ったんだって」

「え、嘘でしょ?」

「そんぐらい覚悟がないとって、背水の陣でって気持ちで頑張ってたみたいだけど、結果はご覧の通り」

「え、じゃあ来年彼どうするの?!」

「え・・・・・ニート、でしょw」

「笑うとこじゃないでしょw でも、やばw」

「それはやばいねw」

そんなことを大学の友人たちが俺のいないところで言っているのを知ってる。

惨めだ。惨めすぎる。これじゃ負け犬じゃないか。

安泰だったはずの俺の人生。あんな俺より劣ったやつになんで俺は負けてこんな感じになってるんだ。

嫌になる。


何が悪い?


見られる回数が少ないと自分が投稿した動画よりも俺自身が・・・・俺自身がつまらない人間だといわれているようで嫌になる。

怖い。

自分が薄っぺらな人間だとそう思いたくない。

ちがう。今までのはネタが悪かったんだ。俺のせいじゃない。

何か・・・何か誰もが食いつきそうなネタを!

誰もが興味を持って、見たくなるようなネタを。


俺は、俺は探し当てねば!!!!


そんなときだった。

気の向くまま足の向くまま歩いた結果たどり着いたのは見知らぬ土地。獣道とまでは言わないけれども木々が生い茂るそんな道で、それを見た。


太い樹木の一本の枝にぶら下がる黒い影。


それの正体を理解するのにすごく時間がかかった。飛び回る複数の蝿と明らかに人の形をしているそのフォルムからようやくそれが人の死体なのだと理解する。


自殺した死体。


始めて見た。

年齢は三十代半ばといったところだろうか。中年太りの肉付きのいい肥満体型。死体の下には色々な液体が垂れ流れている。まだ首を吊ってそう長くないのかもしれない。まだ死体自体は綺麗だった。

初めて見る死体に俺は興奮していた。

ドラマとか映画とか、そんなので見てきた偽物レプリカなんかじゃない。本物の死体だ。養殖魚ばかり食べていた人間が、ある日はじめて自然で生まれ育った魚を食べたとき、その違いに驚き感動するように。

俺はその刺激的な光景に胸が高まるのを抑えられなかった。

始めてみた。

こんな刺激的な光景を。

俺は思った。日本は戦争がない平和な国だ。俺だけじゃなく、みんなが刺激に飢えている。こんな光景、そう滅多に見られるもんじゃない。

思わず舌なめずりする。

スマホを構える。

カメラのアプリを起動させる。


ーーーピコン


舐め回すように撮影した。

その動画はどうだったか。

爆発的に伸びた。今までの苦労が何だったんだっていうぐらい爆発的に。

やっぱり。みんな、刺激に飢えている。


けれど、そのすぐ後にアカウントは停止になった。


再びやる気を無くした。

そうだよ。そりゃそうだよ。

あんな映像が今のインターネットの世界で検閲にひっかからず、垂れ流しできるわけがない。


・・・でも、方向性は間違ってない。


それは確信した。

みんな、刺激がほしい。刺激的な映像を撮る。

それで俺は登録者を伸ばして必ずアイツを・・・・っと思っていたものの、俺がその後快進撃とならなかったのには理由があった。

死体がそうゴロゴロ落ちているわけじゃない。

平たく言えばネタが見つからなかったのだ。

発想は悪くなかったのに。


そう嘆いていたある日。


俺のもとにあるメールが届く。相手は匿名でそして俺のファンだと名乗った。

あの首吊り自殺の死体を見て、感銘を受けたと。一般的な普通な日常の中で、あんな綺麗な死体を拝むことができるだなんて思っても見なかった。おかげで世界の見え方が変わった、とそう言ってきた。

そして一行、リンクページを送ってくる。

マップサイトのリンクページ。


『新しい気づきをありがとう。これはほんのお礼です。新鮮なうちにみてあげてください』


そんなコメントが添えられていた。

言葉の意味がわからないが、お礼・・・が少し気になった。

興味本位で俺はそのリンクされた場所へと向かう。

そこは今は使われていない廃工場だった。その1階にある、その一室に置かれた発泡スチロールが一個。大きな何かが詰め込まれているようだ。恐る恐る近寄り、その発泡スチロールのフタ部分にはられた一枚の手紙を読む。


『来てくれてありがとう。ぜひ、動画のネタにしてください』


思わず息を呑む。

変な想像をしてしまったからだ。

箱の中身はみていない。けれど、もしかしたら、中にやばいものが入っているのかも。

そう思いながらも配信用にスマホのカメラアプリを起動する。

俺はゆっくりとその発泡スチロールの蓋を開けた。


第一印象は、きれい。


それだった。

容姿はもちろんのことながら、その飾り付けが見事だ。髪に指した黄色い花。花に詳しくないので名前はわからないが、とても彼女の愛らしさを表現されていた。彼女は手足を切り落とされ、そして心臓のあたりに深く刃物で突き刺され、亡くなっていた。


「・・・ああ、こいつは、バズるぞ」


思わずにやけるのが止まらない。

こんな芸術的な死体、他にはない。死体そのものをあまり見たことないけど、こんなの想像したことなかった。

なるほど、やばいことを考えるやつもいるもんだ。いや、実行するやつが、か。

俺は警察に通報するっていう市民としての義務よりも、どう撮影したらよりバズるのか。それしか頭になかった。

この感動を。

この興奮を。

このスマホ1台で世界に届ける。

これは俺の責務なんだ。

俺は頭の中で構図を決めると撮影を開始した。


のちに、そのメールの送り主が加賀美 悠という男なのだと警察から聞かされる。


彼との邂逅はそれから1年後。

世界が完全に一変し、この町が封鎖都市となってから、この世界はネタの宝庫だった。

死体が歩き出す。

そんなゲームや映画みたいなことが日常になった世界。

その日、俺はゾンビを釘付きバッドで滅多打ちにしている男を見つけた。

楽しそうに笑いながら何度も何度もバッドで殴りつける彼はまさに狂気に満ち溢れていた。


「・・・・なに?なんでカメラを回してるの?」


彼は隠れてカメラを回している俺の存在に気がついた。

怪訝そうに首を傾げながら近づいてくる。

やばい。

そう思いながら俺は逃げる準備をした。

「逃げるなよ」

しかし彼の手はすでに俺の腕を掴んでいて離せない。

「うあああああああ!!!?」

「撮られるの、好きじゃないんだよなー」

「ごめんなさい!!ごめんなさい!!ごめんなさい!!ごめんなさい!!ごめんなさい!!ごめんなさい!!ごめんなさい!!ごめんなさい!!」

「そんなに必死にならなくたって大丈夫だって」

そう笑顔で言う彼の顔は返り血を浴びてとっても猟奇的。

「ねえ、答えて。なんで回してるの?回答次第じゃ殺すけど♡」

そう言いながら彼はバッドを構える。

嘘偽りをいって通用する状況ではなさそうだ。俺は腹を決める。

なぜ、自分は撮影しているのか。その自分の中にある答えを俺は言葉にした。

「・・・・・需要があるからだよ」

「え?」

「伸びるんだよ。再生回数が。金が・・・・入ってくるんだ。これで飯が食えるんだ!!全部そのためだよ!!」

「・・・えーでも、他にもあるでしょ?伸びる動画なんて」

「・・・・好きなんだよ。死体が。殺人が。日本って平和だったじゃん。刺激に飢えてるんだよ。それでこの都市が封鎖されてさ。外の連中は欲しがってるんだよ。中の惨劇を!刺激的な映像を!俺はただ、需要に答えて供給しているだけだ。俺はそれに飛びつく才能があったんだ!!」

「・・・きみ、やばいねw」

あんな風に滅多打ちにしている彼にそんなことをいわれるのは癪だった。

「でも・・・・」

そう言って彼は手を差し出す。

「きみとは仲良くできそう!俺の名前は加賀美。加賀美 悠。仲良くしよう?よろしく!!」

その名前に聞き覚えがあった。

あのメールを送ってくれた相手。あの死体を送ってくれた相手。

23人の男女を殺害した猟奇殺人鬼。

その相手が、目の前にいる。

「俺は・・・・鳴海、鳴海大吉」

こいつは、こいつはいい動画のネタになる。

視聴者数が瀑上がりする空想をして俺は思わずにやけてしまった。

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