CASE:06 SAMURAI HEARTS IN HIM.
刀に生き、そして死ぬ。
それが俺が憧れた『侍』の生き様だ。俺は侍になりたかった。
きっかけは多分、何かの漫画だったと思う。
とある人気漫画に憧れたのがきっかけだ。
幕末の時代を生きた古流の殺人剣術を身に付けたとある時代遅れの侍が主人公の冒険活劇。刀一本で悪党をバッサバッサと斬り捨て、ニヒルに笑う彼に俺は心奪われた。
ああ、俺も、あんなかっこいい侍になりたい。
それが俺の原点だった。
少しでも憧れの侍に近づきたい。
その一心で俺は両親に頼み込んで剣道の教室に通わせてもらった。
当然人一倍努力したし、誰よりも強くなったと自負がある。
県大会だって全国の大会だって俺は負け知らず。
しかし、どれほど強くなろうと賞を取ろうと俺の心は満たされない。その理由は自分の持つ刀にあるのだということはすぐにわかった。
刀・・・というのは正確ではない。
それは現代において、剣道というスポーツにおいて使われるのは当然、日本刀ではなく竹刀だからだ。
竹刀は軽い。
そして当然人を傷つけることはないし、斬ることはない。ということは殺すこともないし、自分が死ぬ心配もない。当然だ。スポーツなのだから。
命の奪い合いではないのだ。
しかし俺は刀を持ちたい。刀を振りたいのだ。
純粋に『侍』って生き様に憧れた。
侍になりたいのだ。
「
ある日、道場で剣道の師・佐々木先生が俺にそう訪ねてきた。
その目はとても真剣で、真っ直ぐな目。佐々木先生はいつも俺の剣には何か危ういものを感じると言っていた。
その危ういものとは何なのか。そう問われたのだ。
俺は家族にも誰にも言っていない、長年の思いを先生にぶつけることにした。
「・・・・侍に。俺は侍になりたいんです」
「・・・はぁ。お前は漫画の見過ぎだ。馬鹿か、お前は」
一蹴。
冷ややかな目を向けられた。
「侍になりたい?元号がこの令和の、21世紀の現代において・・・侍になりたいだと?お前は大馬鹿ものだ。剣で何ができる?人斬りの時代はとっくの昔に終わってるんだよ。日本は戦争のない、平和な国になったんだ。仮に平和じゃなかったとしてもだな、時代は拳銃なんだよ。侍?刀を腰に差したいのか?お前は一体いつの時代の人間だ。何をいうかと思えば・・・・そんなこと」
–––そんなこと。
別に理解して欲しいとは思わない。
侍として生きて死にたい。それが俺の夢ってだけだ。
いいじゃないか。
昔から憧れていたんだ。
自分の刀一つの腕でこの世界を渡り歩く。
そんな人間になりたかったのだ。
「しかし、まあ・・・・ないわけでもない、か」
そうポツリと佐々木先生は呟いた。
「え?」
「そんなに侍になりたいんだろう?うってつけの方法があるぞ?」
そう言って彼はニヤリと笑った。彼が提案したのは、要は見せ物になれ・・・・てことだった。
ショーとして今まで培ってきた剣技を見せろ。
そう先生は言ったのだ。
居合。納刀から瞬時に抜刀し、そして叩っ斬る。侍になりたくて磨いたこの剣技を俺はショーとして披露することになった。
「それでは参りましょう!侍 vs ドローン。勝つのはどっちだ!!!?」
瞬間時速180kmを超えるドローンを叩っ斬れば俺の勝ち。
斬れなかったら俺の負け。
そういうテレビ番組の一企画に参加した俺。
全国剣術大会一位の俺とドローンのプロプレイヤーがもし戦ったとしたらどちらが勝つのか、というそう言ったテレビ企画。相手はテレビCMなんかもうけるようなプロで、ドローンをまるで自分の体の一部のように動かすことができる。このプロプレイヤーが操るドローンは俺が叩き斬れる間合いに必ずくる。そしてそこから回避してすぐさま逃げることができればドローン川の勝利。対して、飛行するドローンを叩き切ることができれば俺の勝利。そういう単純な勝負だった。
これは俺の剣技を披露するまたとないチャンス。
俺は納刀された刀をいつでも抜ける準備を整え、そして意識を集中、構えた。
「はじめ!」
その掛け声とともにドローンが物凄い勢いで向かってくる。
ドローンはフェイントをかける仕草を一切することもなく、掛け声と同時に真っ先に俺の間合いまでやってきたのを見逃すことなく、俺は即座に抜刀する。
一瞬だ。
全ては一瞬の出来事。
納刀したと同時にドローンが二つに分かれて落下する。
「おおおおおおおお!!!!!瞬殺だあああああああああ!!!!!」
アナウンサーの興奮して止まない声が会場内に響き渡る。
撮影スタッフたちが驚きざわめ出していた。
しかし–––
「ちょっと!困るよ!二人とも」
そう言ったのはテレビの番組ディレクター。
「君さー。そんなに一瞬で片付けられちゃこっちとしては困るんだよねー。もうちょい手を抜いてくれないと。番組的にはさー。尺ってのがあるの。ある程度時間稼がないと面白くないでしょー?見せ場さえ作ってくれればいいから。ドローンの人だってその辺わきまえてもらわないと。あなただって仕事欲しいんでしょ?これがいい宣伝になるって思ってやってるわけでしょ?まあ、今回は・・・・佐々木先生の顔もあるし?悪いんだけど今日は左京くんに勝ってもらなわないとだけどさ」
「ちょっと待ってください」
俺は我慢ならなかった。
いくら番組企画とはいえ、真剣勝負だと聞いていたから引き受けた。
見せ物になるのだとしても自分の今まで積み上げてきた技術を披露できるのだと思ったからこの仕事を引き受けたのだ。それをなんだ?このディレクターは。
「それじゃ、真剣勝負にならないでしょう?」
「・・・・・しんけん、しょうぶぅ?」
何言ってんだ?って顔をこちらに向けられた。
「そんなものどうだっていんだよ。こっちは数字が取れればいいの!真剣だとか勝負だとかそんなのどうでもいいんだよ。こっちは視聴者がハラハラしてくれればいいんだから。大体あんた、いい歳して侍になりたいって馬鹿じゃないの?もういい大人なんだから。そーゆー大人の社会、いい加減覚えなきゃ。ね?」
そんなもの。
俺の剣技に対して・・・・そんなもの?
人生の大半を捧げたこの技を!侍っていう生き方を!
そんなもの?
その一言で俺は今、全否定された?
これまでの努力を。これまでの時間を。これまでの執念を。
たった一言で片付けられたのだ。
その瞬間、俺の視界から・・・・世界から色が消えた。
この言いようもない感情を。自分の中に湧き上がるどす黒い感情を。俺は・・・・握っていた刀で表現してやろうと思った。
・・・・こいつ、殺してやる。
そう決心した時だった。
遠くから悲鳴が聞こえた。
無数の人の悲鳴。その異変が、俺を思い留まらせる.
「何々?どうしたっていうの?これじゃ撮影できないじゃん!」
ディレクターはイライラしだす。
状況を確認しようと一人のアシスタントが外に出る。
「うわあああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」
叫び声が聞こえた。アシスタントの声だった。
何事かと皆が声の方に意識を向けた。
アシスタントは肩から血を流し、怯えながら現れた。目から涙を流し明らかに何かに怯えていた。
「あ、あいつらおかしいですよ!!!!!」
アシスタントはここにいる全員にそう指を向けて訴えかけた。
指先には・・・・血塗れの男が一人、佇んでいた。
「・・・・な、なんなんだ?あんた」
誰かが彼に対してそう聞いた。
男は完全に意識がなかった。
目の焦点はどことも合わず、何かを見ている風でもない。
ただ、口元からだらりと垂れる赤い液体がすごく不気味だった。
「こいつ!こいつ!俺の肩を!!肩を!!!肩を噛みやがったんだ!!!!!!」
常軌を逸した行動。
にわかに信じがたいが、その雰囲気があまりに異様で、その言葉がすぐに真実なのだとこの場にいた全員が認識した。
突如、男は雄叫びをあげ、アシスタントの一人に襲い掛かった。
–––捕食
パッと頭の中に浮かんだ言葉。動物が獲物を捉え、食する行動。それをこの男は人間い相手に・・・異常だ。
悲鳴があがる。
逃げ出そうとするものがいる。
泣き叫び、喚き散らすものがいる。
ではそんな中で俺は何をしたか。
俺は思わず・・・・刀を握り直した。
思わずにやけるのが止められなかった。
なんだかよくわからんが、こいつは斬っていい。斬ったところで罪悪感を感じない。そう、内なる心がそう言っている。半生かけて培ってきた、磨いてきた全てを、こいつならぶつけてもいい。誰にも文句は言われない。
そう感じた。
両手で柄を握る。そして勢いよく、刀を振りかぶる。
袈裟斬り
グリップを効かせた殺傷力のある斬撃。
そしてもう一撃!
もう一撃!もう一撃!もう一撃!もう一撃!
そして止めの・・・・・・突きの一撃!
喉元にグイッと貫くように突き刺さり、男は声ひとつ出せずにピクピクと震えながら絶命した。
刀を引き抜く。
(・・・・殺した。人を、人を殺してしまった)
その事実に俺は手が震えていた。
長年夢だった侍のように人を斬って命を奪った。夢が叶ったというのになんだこの震えは?いや、その答えは明白だった。
武者震いだ。
歓喜の震え。
やっと、一人前になったと自分自身を認められる。
これは喜びの震えだ。
「な、お、お、お、お前!!!!!!!ひ、ひ、ひ、ひとを!!!!!?????」
ああ、そういえばこのディレクター、生きてたんだった。
ついでた。この男も殺しておこう。
俺は顔にかかった手の甲で血を拭い、刀にべっとりと付着した血液を一振りで吹き飛ばしたディレクターに近く。
「や、やめろ!血、近寄るな!お、俺は!俺はこの!このテレビ局の宝だぞ!!!!???」
無様に、腰を抜かしたのか、力が入らないのか、ガクガクと震えながらディレクターは後ずさる。
俺はゆっくりと近づき、にっこりと微笑んだ。
そして–––
「それがどうだっていんだよ。なあ?」
縦に一振り。
左右対象にまっすぐ赤い線が入った。ディレクターの切り込みから真っ赤な血が滲んでいく。勢いが抑えられず、血が噴き出すと同時にパックリと真っ二つに分かれた。
「ブラボおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」
そんな叫びと共に響き渡る拍手。
俺は拍手をしたやつの方を向いた。
若い男だ。まだ二十代ぐらいと言ったところか。キラキラと輝いた眼差しでこちらを見ている。まるで子どものように純粋無垢な眼差しだ。
「すっっっっっばっらしいいいいいいいいいいい!!!!!!」
「誰だお前は」
正直、気が立っていた。
よくわかんないやつに絡まれた。もうこの際、何人殺したって一緒だ。こいつも斬り殺してやろうかと刀を構える。
「待って待って待って!!!!俺は君の敵じゃない!!!!」
「そう判断するのは俺だ」
「わかるけど!ちょっと待って!話をきいて!」
両手で俺を静止しながら男は興奮した様子だった。
「・・・・すっごいね。普通こう真っ二つなる?うわー、パックリなってる♡」
「古流剣術なら当然だ」
「え♡それってお侍さんが使ってた剣術ってこと?」
「・・・・だからなんだ?」
「かっこいい♡♡♡そんな風になるまでどんだけ努力が必要か。君、頑張ったんだねー♡♡♡」
男にとっては何気ない一言だったのかもしれないが、俺にはずしんと刺さった。
ああ、そうだ。
俺はずっと認められたかったんだ。
侍として。この剣術を。誰かに。決して見せ物なんかじゃなくて人を斬る
「・・・・お前、名は?」
「え?俺?俺の名前は加賀美。加賀美 悠。職業、人殺しです」
「・・・・
「何それかっこいい♡」
それが俺と加賀美との初めての出会い。
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