CASE:02 HAPPY BIRTHDAY TO ME.
意識を取り戻したのは、頬の痛みを感じたのと体が揺さぶられる感じがあったから。
ここは・・・どこだ?
そう思いながら手を動かそうとして全く動かせないことに気づく。両脇にはしっかりと警官に固められるように配置されている。
そうか。ここは護送車の中。外の景色は見えないが、多分俺はこのまま留置所っていうんだっけ?そう言い方がわかんないんだけど、そう言った場所に向かっているわけだ。要は日の当たらない場所にで一生を過ごさなきゃいけない。
・・・確かに、いつまでもやれる生活だとは思っていなかったけど、何もそれが今日来なくたって。
「・・・俺、誕生日だったんだぜ?」
そう言ったつもりだったが、多分うまく言えてなかったと思う。口が切れてうまく喋れない。踏んだり蹴ったりだ。俺、そんなに悪いことしたつもりないのに。
いや、悪いんだけど。
(・・・なんとか脱出する方法ないかな)
どんな時でも俺は足掻く。今まで俺が殺してきた被害者のように。彼らを見習って俺もなんとかこの場を切り抜けなきゃ!
(・・・無理だな)
もう一瞬で諦めた。
だってこんなにガッチリ固められてるんだぜ?全然、これっぽっちも、自由が利かない。
嫌だなー。俺、監獄とか嫌だなー。ご飯まずいのかなー。女の子と○○○してーって時に出来ねぇんだろ?嫌だなー。一人でムラムラきて○○ニ○したいって思った時も出来ねえんだろ?
何よりも、もう・・・。
–––誰も殺せない。
絶望感が半端ない。
やばい。なんだか涙が出てきた。
思い起こせば後悔するような事ばっかだったよ。
不甲斐ない!
情けない自分が嫌になる!
あの女を殺し損ねたのもそう。
あの時だって!
あの時だって!
あと一息って時に殺せなかったやつ、実はいっぱいいるんだ!
もっと!もっと!もっとうまくやれていれば!!
くそっ!
涙が止まらないよ!!
神様、俺は後悔しています。
俺は自分を見つめ直します。
神様!!
どうか俺に!!どうかこの俺に!!!!
(–––贖罪のチャンスを下さい!!!!!!)
その祈りにも似た心の叫びが、今にして思えば・・・神様に届いたのかもしれない。
激しい衝突音と共に護送車が急停止した。
「・・・痛っ。ど、どうしたんだっ!?一体何があった?!」
あの偉そうなおっさんが運転手に尋ねる。しかし、運転手は何も答えない。
「おい!どうしたっていうんだ?何があった!?」
「・・・ました」
「なんだって?なんて言ったんだ?」
うまく聞き取れなかったのか、おっさんは聞き返す。そして運転手はおっさんの方を向いて静かにこう言った。
「・・・人を、轢きました」
え、何その面白そうな展開。
え?この警察車両・・・・人轢いたの?
え、ウケる。
「ねえ、見せて見せて!」
「黙れええええええええ!!!!!!」
思わず飛び出ていた俺の心の声に、おっさんは怒鳴る。
おっさん怖えぇぇぇ!!!!!・・・うん、黙っとこう。
「・・・本当に、本当に間違いないのか」
慎重におっさんは運転手に問いかける。
運転手は唾を飲み込んだ後、「・・・だと思います」と泣きそうな声でそう答えた。
え、やばーい!
テンションまじ上げなんだけど!
え、死体見たい。やばい!超見たい!
でも、そんなこと言ったらおっさん怒鳴るんだろうなー。おっさん怖いからなー。
運転手は自分のしでかしたことに震えていた。
ふと、バックミラー越しに目があった。何か・・・何かあの運転手にやってあげなければ。
(–––運転手さん、グッとだぜ!)
そう親指でジェスチャーする。
あれ?なんだか運転手さん、余計元気がなくなった気がする。
気のせいかな。
「・・・とにかく、まずは、確認だ」
「・・・はい」
その返事には覇気がない。
運転手さんはゆっくりと扉をあけ、外に出る。
運転手さんの姿がカーテンに隠れ、見えなくなった。ただ、ゆっくりと、とぼとぼと歩いているのだけは、なんとなく足音でわかる。
あ、膝から崩れ落ちた。
・・・死体、あったんだ。
うわ、楽し。
その時だった。
獣のような声が聞こえた。何かに噛み付く感じの嫌な音も。
え?何?
何?
何が起きてるの?
警察官の一人が、車内から状況を確認しようとカーテンを開けた。
そこには・・・・
うん?なんか状況が掴めない。運転手さんは必死に抵抗するも血塗れの人は噛み付くのをやめない。
え?どういうこと?
あれ、何?
その血塗れの人は運転手さんの首筋の肉を明らかに噛みちぎり、真っ赤に染まった瞳を窓越しにこちらに向けた。たくさんの血が運転手さんの首から流れ落ちた。あれは間違いなく死んでいる。
(–––あ。あれは・・・人じゃない)
今まで何人も殺してきた殺人のプロとしての何かがそう告げている。やばい。あれは人じゃない。
「なあ、刑事さん!?あれ、殺せよ!早く!」
俺は思わず両隣の警察官にそう言った。
護送車に乗っていたおっさんは車を降り、あの血塗れの人に向かって銃口を向ける。
「おい!そこのお前!!!止まれえ!!止まらなきゃ撃つぞ!!!」
そんな悠長なことを言っていた。
「馬鹿言ってないで引き金引けよ!早く殺せって!」
「お前は黙れ!」
隣にいた警察官が溝打ちしてくる。
やばい、めちゃ痛い。
そんなやりとりをしている内にも刻一刻と血塗れの人はおっさんに近づいていく。
「止まれ!止まれ!止まれえええ!!!!」
おっさんの静止の声も虚しく、血塗れの人は雄叫びを上げる。
その時。
銃声が聞こえた。
引き金を引いたのは相対していたおっさんだった。
銃弾が、血塗れの人の頭を撃ち抜いた。ありゃ即死だな。
思わず引いてしまった。プルプルと身体を震わせながら、自分のしでかしたことに後悔している。そんな感じだった。
「・・・いや、おっさん、ナイスだよ!」
俺はおっさんの英断を褒めた。
笑顔でおっさんの英断を褒めたのに、おっさんは唇を噛みしめがら、魂の抜け切った顔で俺を見つめた。なんだよ。あの死んだ運転手といい、このおっさんといい。
釣れないなー。
そう思いながら無様に死んだ運転手の方に目を向ける。
そこには運転手の死体がなくなっていた。
(–––え、死体、ど、どこに)
次の瞬間だ。
おっさんは運転手に噛み付かれてた。
あの致死量の出血で絶対に死んでいたはずの運転手。死体となって二度と動き出すはずはないのに。なのにあの運転手は再び動き出して今度はおっさんの首に噛み付いた!!!
「おい!誰でもいい!あれ轢き殺せよ!」
そうだ!もうあのおっさんもやばい!運転手もやばい!
殺せ!
殺せ!
殺さなきゃ!殺される!
「出来るわけないだろ!!!?」
そう言い返してきたのはあの白木って警官だった。
「何寝ぼけたこと言ってんだ!あれが人間のやることかよ!おい!おっさん噛み付かれてるぞ!やべえぞ!おっさんもああなるぞ!あれはもう人間じゃねえよ!」
「どういうことだよ!?」
「お前も今見てるだろ?死んだ奴が動いてるんだよ!」
「何を馬鹿な!」
「じゃああれをどう説明するんだよ!」
「あれは・・・・」
言いかけてその次の言葉が浮かばないのだろう。
「なあ、早く殺せって!早く!」
「・・・出来るわけないだろ」
何言ってるんだ、こいつは。この緊急事態に。
死にたいのか?
「俺は死にたくねえ。なあ、あんたもだろ?」
「・・・・」
「じゃあその銃を貸せ」
「・・・はあ?!」
「俺がやってやる」
「・・・ふ、ふざけるな!!」
「俺があんたたちには出来ないことをやってやる。あんたたちの命を、守ってやるよ」
その言葉はどうして出たのか。
この異常事態に多分俺はいろいろ対応しきれていなかったんだ。
それは多分この目の前にいる白木っていう警官も同じだ。
だから・・・俺は拳銃を手にできた。
「よお、運転手さん。さっきとは打って変わっていい顔してるじゃねぇかよ」
車を降りながら、俺は引き金を引く。
銃弾が運転手の頭を貫いた。運転手は事切れたように倒れる。
その時の俺はちょっとだけ後悔していた。
(・・・痛い。きっと左手の骨折れた)
拳銃なんて慣れないもん使うんじゃなかった。撃ち方だってまともに知らないのに片手撃ちしようとした俺は間抜けだ。普通に使い慣れたナイフで殺せばよかった。
なんで、なんで、そこに頭が回らなかったんだろう。
きっと・・・カッコつけたかったんだ。
で、おっさんは・・・・。
まだ死んでいる。でもきっと、このおっさんもこいつらみたいに再び動き出すに違いない。
「こういうのゾンビっていうんだろ?死体が動き出すの。俺、ゾンビ映画なんて見ないからさ。バイオハザードしか知らないからさ。しかも4だけ。・・・あれ?あれって確かゾンビじゃなくて寄生虫だっけ?まあ、いいや。きっとおっさんも動き出すんだろう?」
おっさんは答えない。
「悪いけど。俺死にたくないからさ。そもそも俺、おっさんに情も何もないからさ。遠慮なんてしないよ」
撃鉄が動いたその時、おっさんは動き出した。
「じゃあな。おっさん」
銃声と共におっさんの頭を銃弾がブチ抜いた。
「・・・ってええええええ!!!もう絶対拳銃なんてつかわねぇええええ!!!!」
いや、使い方覚えよう。そのほうがきっと生きやすい。
兎にも角にも、だ。
冷静に考えよう。
俺は今、警官をぶっ殺した。
まあ、それ事態はいいとして。問題は生きている警官じゃなく、死んでいる警官を殺したってことだ。
つまりはゾンビがこの世に実在したことが問題だ。
「おいおい、なんだよなんだよ。まるで漫画見たいじゃん。あれか?俺たちの物語はここからだ的なやつか」
きっとゾンビはここだけに終わらない。
まあ、終わって欲しくないっていう希望的観測ってのもあるけど。
第一の・・・そう、この運転手を殺したこのゾンビが、一体どこからやってきたか。まずはそれを突き止めなきゃ・・・なんて面倒なことはしない。
「おい、加賀美!!!」
護送車の窓越しにそう呼んだのは俺に拳銃を渡した白木刑事だった。
俺は彼に微笑む。
「・・・白木さん。悪いけど俺、逃げるわ。これからこんなのが世の中にウヨウヨするかもしれないんだろう?実はさー、俺、もう人を殺すの飽き飽きしてたんだよ」
彼は俺の言葉を黙って聞いてくれていた。
「何人殺したところでさ。なんていうのかな。イージーモードっていうの?でも他に殺すものもないしさ。たくさん殺せば気が済むかもって思ってたんだけど、どうやらそうじゃなかったんだな。俺、今気がついたよ」
俺はゾンビとなったおっさんたちを指差しながらこう言った。
「
「・・・いい誕生日だって?ふざけるな。こんな、こんな地獄絵図が!いい誕生日だって!?お前は!お前は狂ってる!!」
「理解してもらおうとは思ってないよ。それじゃあ、俺、いくね」
「待てよ。待てよ!おい、加賀美!!」
そんな白木刑事の声が聞こえなくなるところまで俺は逃げていった。
やっと一息つけるところまで逃げ切って、俺は空を見上げる。
ああ、今日はなんていい天気だ。
今日はなんていい日だ。
今日は最高の誕生日。
「ハッピバースデー・トゥ・ミー♪ ハッピバースデー・トゥ・ミー♪ ハッピバースデー・・・・・」
ああ、これはきっと神様からのプレゼントなんだ。この世界の変化を楽しみなさいって。今まで苦労して、人目を避けてたくさんの人を殺してきた俺の努力を神様が認めてくださったんだ。
ああ、ありがとう。神様。
「ディア・俺♡ ハッピバースデー・トゥ・ミー♪ さあ、楽しい世の中になってきた」
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