高田郁「みをつくし料理帖」

涼宮紗門

高田郁「みをつくし料理帖」(全10巻)ハルキ文庫


 コロナで参ったことは数あれど、私が最も頭を抱えたことの一つ。


 それは外食ができないことだった。


 仕事終わりにふらっと居酒屋。 

 疲れ切った金曜日にふらっとファミレス。


 気軽にできていたこれらのことが、突然できなくなったのだ。

 

 毎日3食それなりの料理を作り続けることの、何と面倒なことよ!


 そして、世の中にあふれている、何と美味しいカップラーメンたちよ!

 

 冷凍パスタも最近すごいのよ……もう皿すら要らないんだもの……。



 ――――そんな、不自由かつ便利な世の中だからこそ、お勧めしたい作品。

 


 この秋映画化もされるのでご存知の方もいるだろう。


 高田郁著、「みをつくし料理帖りょうりちょう」である。


 

 舞台は江戸時代。

 大阪出身の主人公「みお」が、味覚の違う江戸で試行錯誤しながら、料理人として、そして一人の女性として成長していく物語だ。

 

 澪が働くのは「つる家」という料理屋。

 つましく庶民的な献立を、澪は朝早くから丁寧に下拵したごしらえをし、作り上げていく。


「太った茄子なすを胡麻油でじわじわと焼いて、甘辛い味噌を塗る。いわしはあっさりと塩焼き。汁の代わりに枝豆の東煮あずまにを添えた。」


「一夜干しのあじは軽くあぶり、ふき青煮あおにを添えて。出回り始めた柔らかな筍は、若芽と合わせて若竹汁に。」


「柚子をぎゅっと絞り込んで、ぶりの柚庵焼き。白子の煮付けには、針生姜はりしょうがをたっぷり。蒸した百合根と山芋を裏漉うらごしし、卵白と塩を加えて練り合わせ、中に椎茸しいたけ銀杏ぎんなんとを包んで蒸しあげる。仕上げにくずあんをとろり。」 


 うーん、美味しそう。


 そしてめっちゃ手がかかってそう。

 

 

 料理の描写だけではなく、登場人物たちもまた味わい深い。

 


 あらゆる料理に精通し、悩む澪を導く。抱かれたい男ナンバーワン「小松原」。


 医師ならではの発想で、薬としての料理を説く。生粋の優男「源斉先生」。


 幻の花魁と呼ばれ、悲しい道を生きる。誰よりも孤高で美しい女「あさひ太夫」。


 その他、澪の料理が旨すぎて毎回死にかける店主「種市」、澪の料理の大ファンだが超口が悪い戯作者「清右衛門せいえもん」、太夫のボディガードで男気が止まらない吉原の料理番「又次またじ」、澪の恋敵でツンデレ美少女の「美緒みお」などなど…。


 とにかく出会ったら忘れないような登場人物が目白押しなのだ。


 主人公が女性ということもあり、どちらかといえば女性向けの作品かもしれないが、ふだん戦闘民族にしか興味のない旦那も無事読了したので、男性にも是非手にとって頂きたい。

 


 この作品は、人情味にあふれている。


 きっと誰もがこの予想外の事態に疲れていると思う。


 感染者が増えても電車に乗って出社して、リモートやらオンラインやら新しい気疲れをして、公園くらいならとささやかな外出を楽しんで。

 

 そんなとき、疲れた心にじんわりと染み入るのは、人情ではないだろうか。


 読んでいて、「ああ、いい話だなあ……」と、上を向いて思わず呟いてしまうような物語ではないだろうか。


 リアルな人と人の繋がりが全てではない。


 本の中で誰かと繋がったっていいのだ。



 あるとき、澪は気がつく。


 「食は人の天なり」


 ―――― いつの時代も、食べることは人にとって天の如く重要なことなのだ。 



 もはやお湯を注ぐ元気くらいしかないそこの貴方。

 

 この物語を読んで台所に立ってみてほしい。


 今日の晩御飯。レトルトの麻婆豆腐。

 

 豆腐の下茹でくらいしてみようかな、と思うはずである。


 


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高田郁「みをつくし料理帖」 涼宮紗門 @szmy

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