第55話 エイプリルフール

 4月1日、遂にこの日が訪れた。

 ソメイヨシノのオープニングアクトとしてだけど、メジャーデビューは決まっていないけど、プロとして迎える初ライブの日だ。


 身支度を整えるだけでも、いつもより緊張してしまう。

 

「鳴、もう用意はできた?」

「うん」

「いよいよ……今日だよね?」


 だよね?

 疑問形?


「変な言い方だね、いよいよ今日だよ?」


 衣織もしかして緊張してるのかな。


「なんか私さ、まだ実感がないんだけど……」


 うん、いつもよか表情がずいぶん固い。それに若干目元にクマが……もしかして寝不足なのかな?


「僕もあんまりないかな。でも、そのおかげで、昨日の夜とか、ぐっすり眠れたよ」

「え……いいわね……私はちょっと寝不足よ」


 やっぱり寝不足か。

 ボーカルだし、寝不足は不安だろうな。

 ……なんとか和らげてあげないと!


「そうなんだ。でも、ちょっと安心したよ」

「え、なんで?」

「衣織も人の子なんだなって」


 頬をぷーっと膨らませ眉を八の字にする衣織。


「えーっ、ちょっと酷くない!」

「だってさ、いつもさ、あまりにも完璧な彼女というか、あんまり弱いところ見せなかったじゃん」

「そんなことないもん!」

「そんなことあるよ……」


 衣織はいつも僕を支えてくれた。

 僕が欲しい時にいつも欲しい言葉を掛けてくれた。


「まあ、僕はいつもそんな衣織に頼ってばかりで、いつも支えられてたけど」


 だから今日は。


「だから、今日は僕が全力で支えるから……頼ってね!」


 僕が全力で衣織を支える。


「鳴……」


 よし、衣織の表情が少し和らいだ気がする。


「ありがとう、例え今日がエイプリルフールだとしても嬉しいよ」

「え————っ、それ酷くない?」

「さっきのお返しよ!」


 さすが衣織。転んでもタダでは起きない。

 でも、この感じだと大丈夫そうだよね。


「おはよう、兄貴、衣織さん」

「おはよう凛」

「凛ちゃんおはよう」

「いよいよ、プロとしての初ライブだな」

「うん」

「兄貴は、ライブは大丈夫だろうけど……ややこしいことになって衣織さんに迷惑かけないように気を付けろよ」

「ややこしいことって、何だよ凛」

「……その、自覚のなさだよ」

「え……」


 凛の言葉に衣織も苦笑いだ。

 ってことは、そうなんだ。


「凛ちゃんも来てくれるんだよね」

「もちろん! まあ、2人には悪いけど愛夏と行くけどな」

「私は気にしてないわよ」

「僕も気にしてないよ!」

「兄貴は気にしろ! このばかちん!」

「えぇ……」


 僕にとって大切な日でも、普段と変わらず辛辣な凛。

 まあ、こんな日は案外こういう普段と変わらない態度に救われる。


「そろそろ行くよ凛」

「おう、まあ、ほどほどに頑張ってな」

「なんでほどほどなんだよ」

「皆んなのためだ」

「大丈夫よ凛ちゃん、私がついてるから」

「衣織さん、バカ兄貴のことお願いします。本当に衣織さんがいないと不安しかないから」


 ……今日は僕が支えようと思っていたのに……酷い言われようだ。


 有耶無耶のうちに衣織も緊張がほぐれて、いい表情で家を出ることができた。


「鳴が手ぶらって、本当にライブって感じがしないわよね」

「うん、僕もそう思ってた。手ぶらで会場に向かうとか、違和感しかないよ」


 機材は前日に搬入しているから手ぶらでの会場入りだ。

 まずこれが、アマチュア時代と大きく変わったところだ。


「穂奈美とか、普段から荷物多いからもっとだろうね」

「うん、そう思うとドラムは大変よね」

「そだね」


 なんて話している間に、待ち合わせ場所に到着した。ちなみに詩織さんは学さんと一緒に会場入りしているから、待ち合わせたのは時枝と穂奈美だけだ。


「おはよっす! 師匠、衣織さん!」

「おはよう音無くん、衣織さん」

「おはよう、時枝、穂奈美」

「おはよう、2人とも」


 2人と合流すると。


「いや〜手ぶらって落ち着かないっすね!」


 時枝も同じようなことを言っていた。


「まあ、私はいつも大きな荷物を余分に抱えてるから、手ぶらじゃないけどね」

「えっ? どこ? どこ?」


 穂奈美が言いたいのは、きっと時枝のことだろうけど。


「あっ! 分かった! このけしからん胸のことか!」


 時枝はお約束のようにそれに気付かない。

 そして時枝は背後から、穂奈美の胸を揉みしだいた。


「てめーだよ」


 そして当然のように鉄拳制裁をくらっていた。


「いててて、なんでよ!」

「そういうところよ」

「どういうところだよ!」


 僕と衣織に時枝をフォローすることはできなかった。


「2人はなんか、全然緊張してないっぽいね」

「当然」

「まぁ、今更ジタバタしてもはじまらないしょ!」

「2人らしいね、今日は珍しく衣織も緊張してたのに」

「音無くんエイプリルフールだからって、そういう嘘はよくない」

「そうっすよ! 師匠!」


 ライブ当日もお約束のように信頼のない僕だった。ある意味全幅の信頼だ。



 ————————


 【あとがき】


 2人は相変わらずの緊張感のなさでした笑


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幼馴染にフラれた僕が学園のアイドルと付き合ってメジャーデビューを目指す 逢坂こひる @minaiosaka

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