気づかないうちに外堀を埋められていた女の子の話(現在進行形)

椛茶

気づかないうちに外堀を埋められていた女の子の話(現在進行形)

 私には二人の幼馴染がいる。我が家の隣に住む二人はイケメン兄弟で、幼馴染・兄は私の三つ上、幼馴染・弟は私と同い年だ。小さい頃、それこそ物心つく前から一緒におり、所謂家族ぐるみの付き合いというやつだった。


 そんな私は誰かというと、しがない女子中学生Aである。本名・小鳥遊たかなし奈央なお、中二だ。容姿は平々凡々、もしくは中の上、ちょっと良いかなくらいで、成績は勉強は学年一桁はいけるが運動はてんでだめという極端なもの。少し走ればへろへろになるか、ズベシャッと盛大に転けるかの二択だ。もちろんその他のスポーツも駄目だ。ボール競技は顔で受けるものだと思っている。


 そして私には過ぎたるイケメン幼馴染たちなわけだが、イケメンだからなのか、なんでも卒なくこなす。特に弟。こいつは勉強においても運動においても学年一位の天才だ。普段はなんてことない顔しておきながら、テストやいざというときにはサラッとやってのけるイヤミなやつ。

 その点兄は、勉強も出来るし運動も出来るが、これは努力あってのもの。もちろんそうなれるだけの素材はあったが、決して天才なわけじゃない。努力でその地位に上り詰めた秀才というわけだ。性格も明るく優しい。幼馴染・弟には是非とも見習ってもらいたいものだ。


 さて。突然だが、私には憧れの人がいる。まあ私も中二だし、別にいたっておかしくはないだろう。予想している人もいると思うが、私の憧れの人は幼馴染・兄だ。彼は努力家で、容姿はもちろん性格もよく、私をよく気にかけてくれる。こんなに格好良くて、憧れないわけがない。

 そんな彼だが、実は幼い頃から片思い中の従姉妹がいる。


 失恋?いやいや、まさか。私の好きな人は別にいる。もちろん異性としてだ。そう。幼馴染・弟だ。あんななんでもできるやつが小さい頃からそばにいて、惚れないわけがない。


 ちなみに幼馴染・兄の想い人、要するに幼馴染兄弟の従姉妹なのだが、私の女の人としての憧れの人である。あ、兄は人として憧れるってやつです。その従姉妹さんは綺麗で優しくて、実は甘えん坊なのに素直になれなくてしっかり者になってしまう。そんな可愛い人なのだ。私達三人の中でそれに気づいているのは私と弟の方のみなので、兄の方はマジで気付いていない。従姉妹さんを好きなのは兄なのに、それでいいのだろうか。そして絶対にそんな幼馴染・兄になんてやるもんか。あんな未だに告白しようとして出来ていないヘタレなんかに。さっさと振られて失恋してしまえ。そして従姉妹さんは素敵な恋人見つけてね。


 ――というように、幼馴染・兄が憧れと言っても、決して彼氏にとかそういうものじゃないし、優先順位と好感度、好意は圧倒的に従姉妹さんの方が上である。


「奈央?」

「へ、あ、え、何?」


 いきなり名を呼ばれて我に返ると、幼馴染・弟がこちらを見ていた。何を考えているのかよく分からない目をしている。少々こわi……くそっ、格好いい。


「前」

「前……?」


 前を向いて見てみると、目の前には電柱が!?


「ぃったぁ……」


 運動音痴の私に避けられるはずもなく、顔面からぶつかった。


 幼馴染・弟は無表情で私の隣に立っている。けれど私には分かる。これは完全に愉しんでいる顔だ。こいつは、私が顔面から電柱に激突したのが楽しく嬉しく、面白いのだ。

 さっきだってそうだ。直前に電柱の存在を教えてくれたのだって、あの距離からだと避けられないし、顔面からぶつかるとわかっていたからだ。あのまま声をかけられなかったら私は気づかずにそのまま突っ込んでいたが、その場合俯いていた私は、顔じゃなく頭や額をぶつけることになっていた。それだとあまり面白くないから、あの直前で声をかけたのだ。


「僕はちゃんと言った」


 ええ、ええ。言いましたとも。私に注意するためではなく、私に顔面衝突させるためにな!!

 全く。こいつのどこが大人っぽくてクールで無口で格好いいんだか。あ、これはクラスメイト女子の談ね。


「大丈夫?すごい音したけど」

「ん。幸いにも鼻血は出ていません」


 そのくせ、こいつは私が怪我をするのを徹底的に嫌がる。怪我をすると途端に過保護になるから不思議だ。

 そんなんだから私はこいつを諦められない。好きになってしまう。……まあ、諦めるつもりも毛頭ないし、諦める理由もないのだが。


 幼馴染・弟の名は、草見くさみゆう。名前の由来は“優しいいい子に育ってほしいから”と前に夕花さん(幼馴染たちの母)が言っていたが、残念なことにその優しさとやらは備わらず、幼馴染の私ですら拝めていない。怪我をして焦るのも、どうやら血が苦手だかららしいし。この前うちで私が魚捌いているときにやってきて、それを見てしまって顔を珍しく真っ青にしていたからね。そしてもうそろそろこくはくしてみようかなと考えている相手でもある。


「さて、もう大丈夫。帰ろ」

「うん」


 次こそは余所見しないようにしよう。


 そう心で誓ったが、これは一体何度目の誓いだったか。今はもう思い出せない。


「っ!?」


 ぐんっといきなり横に引っ張られた。


 ――チリンチリン


 自転車がベルを鳴らして、私がついさっきいたところを通り過ぎていく。


 ……どうやら私はまた余所見をしてしまったらしい。さっき誓ったばかりいうのに私は……。自分で自分に呆れてしまう。


 さっき私が引っ張られたのは幼馴染・弟が助けてくれたかららしい。


「気をつけてよ……奈央、さっき余所見しないって誓ったくせに」

「うん、ありがと……ゆーちゃん。ところで、なんでゆーちゃんがそれを知ってるの」

「安心して。口には出してなかったから」


 確かにそれも気にしてたけど、なればこそ、なんで君が知っているのかな?そして滅茶苦茶格好いいですね。今と同じようなことを他の女子にもしたら、きっと皆メロメロですよ。決して顔には出さないが。


「あらあらまぁまぁ、仲がいいわねぇ」


 突然、後ろから声をかけられた。近所のよくお世話になるおばさんだ。社会人のお子さんと大学生のお子さんがいらっしゃる、穏やかで優しい二児の母だ。


「こんにちは」

「こんにちは。相変わらずあなた達は仲がいいのね。なんだか安心したわ。小さい頃は仲が良かった幼馴染が、思春期になってから微妙になってしまったり会わなくなってしまったりとか、よくあることだから」

「そうですね」


 うふふと笑うニコニコのおばさんに答えるのは、いつも私の役目だ。隣の幼馴染は、基本無口ということもあってあまり社交的ではないし、私や家族以外には特に#無口無表情__それら__#に拍車がかかるから。


「あ、そういえばこの前駅で――っ!?」


 な、なんだ、この手!?


 おばさんと世間話をしていたら、私の右手に幼馴染の左手が絡んできたのだ。


「ゆ、ゆゆゆ、ゆーちゃん!?」


 動揺に震える声で叫ぶが、当の本人はん?と私を見てきょとり首をかしげている。おそらく私の今の顔は真っ赤だろうが、今はそれどころではない。


 遊んでいる。私の表情や反応を見て遊んでいるとわかっている。っけど!!何その顔、仕草!!可愛い!!そして格好いい!!好き!!!!

 私の反応を見て、地味に楽しそうにしているその姿すら素敵に見えるのは、きっと恋のフィルターという盲目のせいだ。


「あら、どうやら私はお邪魔のようね。それじゃあまだ話し中だったけど、お先に失礼させてもらうわね」

「あ、え、ちょっ、まっ……!!」


 私を一人にしないでぇ!!!!話中だと分かってるなら置いてかないでくださいー!!


「行こ」


 完全に動揺して使い物にならなくなっている私を、幼馴染・弟はグイッと手をつないだまま引っ張って歩いていく。私はその後をトコトコと追って歩いていくが、何故こういう日に限っていつもは会わないご近所さんたちと会うんでしょう。


 ねえ、気付いてる?これ、恋人繋ぎって言うんだよ?まあ、貴方なら気付いているんでしょうね。気付いているんでしょうね!!だからこうやってつないだままなんだろ!!皆からチラチラ見られてるんですよ!!奥さんたちから漏れ聞こえてくるささやき声や視線がいたたまれないんですよ!!別に私と彼は恋人なんかじゃありませんからね!?


「どうしたの?」

「あ、ぅ、いや……何でもない、でしゅ」


 言いたいことはたくさんあるにも関わらず、口から漏れるのは言葉になれずに吐き出されたものだけだった。そしてやっと言葉にできた言葉だってカミカミ。誰か本気で助けてぇ~!!


 それから私がようやく落ち着いたのは、もう我が家が手の前という距離のことだった。


「今日ってゆーちゃんとクロくん、うちで食べるんだよね?」

「うん」


 クロくんとは、幼馴染・兄のこと。本名・草見くさみ玄夜げんや。読み方はげんやなんだけど、漢字を聞いたときに玄がくろと読むことを教えてもらって、そこからついたあだ名。


「着替えてくる」

「わかった。いってらっしゃい」

「いってきます」


 私も部屋に入って着替えを済ませ、ダイニングの椅子でスマホをいじっていると玄関から誰か入ってくる音が聞こえた。幼馴染・弟だ。幼馴染(弟の方がよく出入りするため弟のみ)は我が家の合鍵を持っているから。


「おかえりー」


 椅子から動かず視線だけやって声をかける。


「ん……ただいま」


 我が幼馴染(弟)は、普段はしゃべるのを面倒臭がるが、何故か挨拶だけはしっかりする。


「クロくんは?」

「勉強道具片してから来るって」

「勉強してたの?」

「何故か知らないけど、今日は授業が午前中だけだったらしいよ」

「そうなんだ」


 幼馴染・弟は我が家のソファに座り、スマホゲームをし始める。一度本人に聞いたことがあるが、どうやら意外にもファーム系が好きらしい。あとパズル系。こっちは意外ってほどでもないな。


 すっかり寛いでいる幼馴染・弟を尻目に、私もゲームを再開する。が、すぐにドタバタとうるさい足音で中断せざるを得なくなった。

 お母さんだ。


「あら、奈央に優くん、帰ってたのね」

「お邪魔してます」

「ゆっくりしていって。

 私、これから夜勤なのよ。ごめんなさいね、慌ただしくて。それじゃあ。いってきます」

「いってらっしゃい」


 ……慌ただしい。なんというか、我が母ながら嵐のようだった。


 私の親は共働きで、今日はお母さんが夜勤な上なんか約束があって早く行かないとかでもう行ったし、お父さんは飲みで遅くまで帰ってこない予定だ。

 だから私一人にするのは不安らしく、こうしてしょっちゅう三人で食べる。


「さっきなぎささん急いで出ていったけど、夜勤にしては早くない?」


 そう言って入ってきたのは、幼馴染・兄の玄夜だった。


「あ、いらっしゃーい」

「お邪魔します」

「今日はねぇ、友達と約束したとかで早めに出なきゃいけなかったの。なのに準備に手間取っちゃったみたいだよ?

 それよりちょっと早いけどもう食べちゃおっか。さっき作ったばかりみたいだから、あったかいうちに食べちゃお」

「そうだね。手伝うよ」


 今日の晩御飯はカツカレー。流石に少し冷めちゃったけど、まだカツは温かい。うちのカツカレーは、チキンカツかトンカツか選べる。そして余った分は明日のお弁当に回されるのだ。


「「「いただきます」」」

「ん~、おいしい!!」


 私はチキンカツ、幼馴染ズはトンカツだ。席順は私の正面に弟、右斜め前に兄が座っている。


 他愛もない話を三人(主に二人)で交わしながら、食事を進めていく。


 一人黙ってはいるが、普段は表情を動かさない幼馴染・弟も、カツカレーのときのみは表情が緩んでいた。なんというか、とても……。


「おいしそう……」


 トンカツでも良かったかなぁ……。でも、トンカツってチキンカツよりカロリー高いよね?それに脂っこいし……うぅ~……。


「……いる?」

「え!?」


 いいの!?あ、いや、でも、別に欲しくなんか……。


「……」

「いらないの?」


 コテンと幼馴染・弟は首を傾げた。


 うぅ……。


「…………いただきます」


 カロリーなんか、あとで運動すればどうとでもなる!!きっとなる!!それにひとくちくらいなら、きっと大丈夫だし……。


「はい、あーん」

「あーん……ん~!!おいひぃ!!」


 幼馴染・弟が差し出してきたスプーンをパクリとくわえる。


 やっぱりトンカツもおいしい!!チキンカツよりも肉!!って感じがして、私は好き。


「……あのさ、もしかしてだけど」


 私達のやり取りをじっとこちらを見ていた幼馴染・兄が、ふと口を開いた。


「お前らまさか、学校でもそういうことしてないよな?」

「そういうことって?」

「“あーん”だよ」

「それはもちろん……ねえ?」

「してるけど?」


 それがどうしたんだろう?何か悪いことだっただろうか。


「奈央はともかく、優は確信犯だろ……」


 何を言っているかよく聞こえないが、幼馴染・兄は何故か愕然とした顔をしている。


「駄目だった?」

「あー、いや…その、さ……っ!!!!」


 ん?あれ、何か俯いちゃった。何故かぷるぷる震えている。


「どうしたの?」

「い、いや。何でもない。それじゃっ、ごちそうさま!!俺、勉強があるから帰るな!!」


 そう言うなり、幼馴染・兄はどこか慌てた様子で帰っていった。気のせいか、右足を軽く引こずっていたような?


「どうしたんだろうね?」

「さあ?」


 私も食事が終わり、二人で後片付けをしていく。一人よりも早く終わって、大変楽だった。


「ん……?」


 あれ、そういえば幼馴染・弟は、もう初恋は済ませているのだろうか。というか、今好きな人いる?


「ねえ、ゆーちゃん」

「ん?」

「ゆーちゃんってそういえば好きな人っているの?」

「うん、いるよ」

「え?あ、そうなんだ」


 あ、どうしよう。早くも失恋したかもしんない。


 ここで終わらせるのは不自然だとチクリと痛む胸に気付かないふりをして、幼馴染・弟に問いかける。


「私、知らなかったんだけど」

「言ってないからね。それに今は囲い込んでいる最中だから」

「囲い込む?」


 囲い込むってあれですよね?周りに恋人だと思わせたりだとかする。具体的にいえば、友達に“こいつらはくっつく”だとか、周りに“セット”のように思わせたりだとか、それに相手方の家族にも言い方悪いけど取り入ったりとか?


 まだ胸がジクジク痛む気がするけど、考えているうちに何故だか楽しくなってきた。


 えーと、あと他には……あ、相手が異性に近づかないように牽制したりとかもしないと!!


「って、あれ?」


 友達に“こいつらはくっつく”と思わせたり(日常的な“あーん”とか、いつも一緒の登下校とか)、周りに“セット”のように思わせたり(さっき恋人繋ぎでめっちゃ見られた)、相手方の家族に取り入ったり(幼馴染だからよく会うけど、うちの両親はよく“うちの婿に来てくれないかしら”とか言ってる)、そして異性の牽制(この前告白されたとき、もちろんそれは断ったけど、何故かその後幼馴染・弟が迎えに来た。その時、告白してきた男子もその場にいた)……全部心当たりがある、だと……!?


「ねえ、あのさ」

「何?」

「そのゆーちゃんが囲い込んでいる好きな人って、私かな?」

「そうだよ?」


 何を当たり前のことを。


 幼馴染・弟はそういった顔でゲームを中断して顔を上げた。


 いや、そんな顔されても……。


「あぁ、今更気付いたんだ?」

「はい……」


 私ってもしかして、鈍感なんだろうか。


「とりあえず」

「?」

「私も好きです」

「え」


 何だ、その反応は。普段通りに見えるように気をつけたけど、これでも勇気出したんだからな。ああ、もう、好き……。その顔も好き……。


「奈央、顔赤い」

「……ゆーちゃんもね」


 私囲い込んでいるくせに。


「どうかこれからも、囲い込みは続行でお願いします……」

「うん、それはもちろん。というか、彼氏としても行動していい?」

「……はい」


 案外鈍かったらしい私はふと幼馴染・弟に自分が囲いこまれていることに気付き、それに気づいてからも囲い込みの続行をお願いしたが、まさかそれが一生続くことになるとは夢にも思わなかった。幼馴染・弟は囲い込んでいた私を離すことなどせず、また離れないようにするのも完璧だった。おかげで私は幼馴染・弟にメロメロで、同じ高校に行き、流石に大学は頭のレベルが違ったため一緒じゃなかったけど、それから結婚して、子供生んで、そうして年を取ってからもなかなか話してくれなかったんだけど、それはまた別のお話。そんな幼馴染・弟を大好きな私も、大概だけどね。

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気づかないうちに外堀を埋められていた女の子の話(現在進行形) 椛茶 @momiji-cha

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