軽率に好きって言って!!

夏秋郁仁

「好きです付き合ってください……!」

「――ごめん。今なんて?」

「……聞き直すの? 思い返してよ、木月キヅキレイくん」


 えーっと。


 俺の聞き間違いじゃなければ、『好きです付き合ってください』って言われたんだけど。

 よく見ると告白してきた彼女の顔は赤い。


「怒ってくれてもいいから確認させて……いつもの“すき”じゃないんだよね?」


 へらっとごまかすように笑うと睨まれた……ごめんなさい。


 教室の開いた窓から聞こえてくるセミの声に、もう夏かーなんて現実逃避。


 ……それにしてもどうして俺に、今さら。


 告白してくれた彼女、好野ヨシノレンコは幼なじみである。しかしよく遊んでいた、ましてや結婚の約束をしていたなんてマンガみたいなことはなく、ただ家が近所で小中高と同じなだけ。小学生の時はまだ会話していたが、ここ数年は目があったら向こうが笑いかけてくれるくらい。そんなことをしてくれるのは嬉しいが、目立ってしまうので俺は彼女を避けている。


 なぜなら好野はモテるから。


 理由はいくつもある。いつもニコニコ微笑んでいて話すのが上手いとか、かわいいとか、たくさんの人に囲まれているとか。そして特に大きな要因が一つ、彼女には存在する。


 ――それは気軽に『すき』と言うところだ。気に入った食べ物やアクセサリー、愛らしい動物たちに加えて他人の行動なんかにも。さらに最近は挨拶のようにクラスメイトに言うので好野は男女関係なしにモテだした。

 楽しそうにプラスの発言をする人間はプラスのものに囲まれる、というのをよく体現している。


 そんな彼女だが一度だけ俺にも『すき』と言ったことがある。中学一年のころ、放課後に陸上部の自主練として走ってきた後に

『すきだなー……えっと、そ、その自分で練習できるところが!! 尊敬できるよ!!』

 と言ってくれたことを今でも覚えている。

筋肉をつけたいがために入部したのに身体が細いまんまで、辞めようかな、と考えていた時だった。あの言葉で今でも陸上を続けている……筋肉はつかないけど。




 ――なんて考えと記憶が俺の頭を駆け巡った。


「まさか、あの時の、実は告白だったとか、ないよな……」


 ひとりごとのつもりだったがどうやら好野に聞こえていたらしい。


「……そうだよ!! 告白だったよ! 照れて誉めただけになっちゃったけど本心だよ! 木月くん流したけどね!」

「流してない」


 思わずムッとして言い返す。


「めちゃくちゃ嬉しかったしあの言葉がなかったら陸上続けてないよ。俺の中ではすっげー大事な思い出。今でも思い出して頑張ってる。今さらだけど、何度目かだけど、ありがとう」


 そこは伝えておきたいと目を見て言い切ると好野はぶるぶると首を振り、小さな声で呟く。


「……ううう、照れるな、わたし!」


 何と言ったかわからなかったが、彼女は自分を落ち着けるように、ふーと息をついてこちらを向いた。


「あのね、さっき、木月くんは『いつもの“すき”じゃないの』って言ったでしょ? あれについてちょっと、恥ずかしいけど、言っておきたいの」


 夕日の差す窓を背にして言うものだから顔どころが半袖のセーラー服も含め全身が真っ赤に見える。うっかり見入ってしまったので、あわてて頷くと

「あのね」

 と彼女は語り始めた。


「そんなに長い話じゃないんだけど……あの日わたしは軽く流されたと思ったの。で、『わたしに足りなかったのは“好き”って言う覚悟だ!』と思って」


 そういうものなのだろうか……


「とりあえず気安く“好き”って言えるようになるところから始めようってなって、でも“好き”って心込めて言うのは少し恥ずかしいから。イントネーション変えてさらっと明るく“すき”って言うようにしたの……まあそのせいでちょっと面倒も起きたんだけど……」


 ふと、好野はモテるが故に、気軽に“すき”と言うが故に、たくさん告白されているという噂を聞いたことを思い出した。オーケーしたことはないらしいが、まさか俺が告白される側だとは全く考えてなかった。


「それでね、わたしの中でレベルが上がったと思ったから! 再び告白しようと思って! 今しました! ――でも一切動揺してないみたいだから心折れそう!」


 いろいろ言いたいことはあるが……動揺してないだって? そんなことは、ない。


「なんか申し訳ないけど、俺めちゃくちゃ動揺してるよ。今日告白しようと思ってた人から告白されたんだから」

「……はい?」


 ポカーンと口と目をまるくして呆ける好野。


「わたしに、告白しようとしてた……? わたしのこと好きだったの? 最近好きになったの?」

「小学生高学年の時から好きだった……というか初恋だし……」


 さすがに恥ずかしい。しかし伝えねばと彼女を見ると、さらに驚いた顔をして

「わたしも小学生の時から初恋だけど……そんな昔から?」

 と無意識のようにぽつりと言う……今のは彼女のひとりごととして聞かなかったことにした方がいいやつだろうか……


「……もしかして伝わってなかったのか? いや、確かに『好きだ』って言えなかった俺は腰抜けで、せめて想いを伝えようとあの日『俺も好野のこと尊敬してる』って言ったんだけど」

「言ってたけど……あれ告白? ホントに?」


 何度も確認をとる彼女から目をそらし、顔が熱くなる感覚を手でおおってごまかす。


 正直に『惚れてる』と言うのは恥ずかしくて、言えなかった。だから振られたから諦めようと思って高校遠くのところ行って、それなのにまさかの同じ学校だったから、もう一度最後に告白しようと思っ、て……


「……わたしは直接的に伝えようとしすぎ。木月くんは遠回しすぎ……ヒドイね」


 なんともいえない表情で笑いかけられる。笑い返したたが果たして上手くいっただろうか。


 本当にバカな話だ。つまり俺らは四年近くすれ違ってたということになる。登下校もクラスも同じで家が近所という近さなのに、伝えたいことは遠回り。


「あのね、木月くん。一つだけ、幼なじみ兼クラスメイト兼、こ、恋人として、言わせて」


 おどけるように、しかし顔を真っ赤にしてどもりつつも好野は左手を腰にやり、右手の人差し指を立ててみせた。俺もきっと、似たような顔をしてるだろう。


 恋人という言葉に気恥ずかしさを覚えて

「なんでしょうか」

 と茶化す。


「もっと気軽に、気安く、近道通って――軽率に好きって言って!!」

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軽率に好きって言って!! 夏秋郁仁 @natuaki01

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