第100話 用務員さんの本気

 翌朝、倉庫に行くといつもと違う光景だった。


「あ、おにいさんちぃーっす」

「ちぃーっす。じゃないだろ。篠原」


 扉の前にいたのは昨日も来た篠原。スマホを片手にパタパタと手を振ってくる。

 昨日も思ったが、敬語の使えない奴だな。まだある程度話したりする関係性ならまだしも、ほとんど初対面なんだけどな。まったく。


「えー、べつにいいじゃん? ほら、密室で二人きりになった関係だし?」

「密室じゃない。それにそれを言ったらエレベーターに乗ってきた人とかみんなじゃねぇか」

「あ、たしかにぃ〜! 莉音、そんなふしだらな女じゃないからさっきの無しね」


 なんなんだコイツはほんと。


「で、朝からなんの用事なんだ? 用も無しにこんな所に来ないだろ?」

「ん〜まぁね。あのさ? 昨日言ったこと伝えてくれた?」


 さて、なんて答えるか。結には俺から言ったから、柚には言ってないんだよな。その事を言う訳にもいかないのは当然。ならどうするべきか。


「いや、まだ言ってないな。毎日連絡とってる訳でもないし、仕事内容が違うから学校で会うわけでもないし。つーかまだ昨日の今日だろ? 何か焦ってるのか?」


 まぁ、ここら辺が妥当だろうな。


「……別に焦ってないし」

「なら別にいいだろ? 近いうちには言っとくから」

「それじゃ遅いのっ! ……あ」


 ん? さっきまでの表情から一転したな。焦ってるってより、怖がってる?


「一体何が遅いんだ? 例えばだが、『久我が告白するから断って』なら、遅いって言うのはまだわかる。だけど篠原が言ったのは『やめた方がいい』っていう曖昧なものなんだよ」

「…………」

「ふぅ。この際はっきり聞くけど、もしかして篠原は久我の事が好きなのか?」

「違うっ! ありえないっ! あんな奴……」


 んん? 予想と逆だな。

 それに目の前の篠原は顔に恥ずかしさじゃなくて怒りの顔だ。どういう事だ?


「俺はてっきり篠原は久我の事が好きで、柚の妹にとられたくないから牽制の為かと思ってたんだけど……違うみたいだな?」

「はぁっ!? そんなわけないじゃん! 莉音はただ、結っちに少し助けられたことがあるから、そのお礼に忠告しようとしただけだし! あんな奴に告白しても良い事ないよって!」


 ……は? 結が久我に告白? 篠原はいったい何を言ってんだ? 全校生徒の前で振ったばかりだぞ? むしろ秋にも一回振られてるの見てるんだけど!?


「ちょっと待て。告白? どういう事だ? 久我が振られるところ、俺も体育館にいたから見てたぞ?」

「あれはワザと振るように頼んだんだって。あ〜やって注目を集めて同情を誘ってからの、後から大逆転カップル成立パターン。そして周りが自分から興味を無くすとまた新しい子に……っていう、とにかく自分に注目を集めたい久我らしいやり方なのっ! だから今度のバレンタインに結っちの方から告白するみたい。結っちは久我のそういうところ知らないから、莉音はそれを何とかしたくて……」

「待て待て待て!」

「なにさ?」


 待て待て待て。結が久我に告白? なんのこっちゃ。

 予想の斜め上すぎて、頭が追いつかない。


「えっと、バレンタインに告白? その情報は一体どこから?」

「どこからも何も、莉音のクラスはほとんど知ってるけど? 本人がそう言ってたって話が回ってきたんだから。その為に手作りチョコの練習もしてるって」


 んな馬鹿な。

 結は練習なんてしなくても作るの美味いし、なんならこの前、「バレンタインはずっと一緒にいてくれないと拗ねちゃいます!」って言われたばかりなんだが!?

 しかも作業の予定表を作ってる時には必ず言われる。その日に無茶な作業を入れるなって圧が凄い。「どんなチョコにしましょうかね……。あ、胸に塗って舐めてもらうのもアリですね……」とかって、わざと耳に入るような声で言ってくるくらいだぞ!?


 これはアレだな。この前の体育館の出来事で生まれた同情と、それで出来た人脈を使ってさらに大人数の意識を誘導させてるのか?

 ったく。久我の奴、あんな優男の癖に中々にやっかいだな……。


 まぁ、いいさ。俺の彼女にそんなセコい事をしてくるならこっちも考えがある。


 用務員さんはな? 学校の設備の色んなことを知ってるんだぜ?

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