第96話 珍客現る
その日の仕事も終わり、帰ろうとした所でドアをノックする音がした。ここにはあの三人のうちの誰かか、校長くらいしか来ないからその中の誰かだろう。そう思っていつも通りに声をかける。
「開いてるぞ。なんだ?」
「あ、失礼しまーす」
「ん? おぉ? お?」
しかし、中に入ってきたのは知らない女生徒。この学校の生徒にしては珍しく明るい髪色に化粧。制服も着崩していて、ギャル……まではいかないにしても、少し垢抜けた感じの子だ。
珍しいとは言っても一定数の似たような子がいる為、見たことあるかもしれないし、無いかもしれない。とりあえず俺の記憶には無いな。その為、もちろん名前も知らない。
そんな子が控えめな胸の下で腕を組みながら、少しキツい感じのする目を俺に向けてくる。一体俺に何の用事なんだ? あ、俺にじゃなくて何かこの倉庫にある道具が必要とか?
「うわ、倉庫だから臭くて埃っぽいかと思ったのに普通に住めそうでイイ感じじゃん。やば」
良いのかヤバいのかどっちなんだよ。
「えっと……何か道具を借りにきたのかな? それなら言ってくれれば用意するから、そこの貸し出し名簿に名前とクラスを書いて待っててくれる? 俺はもう帰るから鍵しめるし、明日返しに来てくれればいいから」
とりあえず生徒が来た時のテンプレセリフを言いながら机の上の名簿を指さす。俺は早く帰りたいんだ。なのに……
「あ、違う違う。
「借りに来たわけじゃ無い?」
じゃあ何で来たんだ? つーか敬語使え。そして名前は莉音って言うのか。うん、やっぱり聞いたことない。三年生か? いや、三年は今ごろ受験や車の免許取りに行ってるはずだからこんな所に来るはずないしな。ってことは1年か二年って事になるんだが……ん? なんだ? なんで近づいてくる?
入口に立っていた莉音が倉庫内をキョロキョロ見渡しながらゆっくりと俺の前まで来ると、口元に指先を当てながら目尻を下げてこう言う。
「ねぇ用務員のおにいさん? ちょっと莉音の彼氏になってくれない?」
「断る」
「ことっ!? え、なんで? だって莉音可愛いじゃん? しかも女子高生だよ?」
「まず一つ。俺は君の名前を今初めて知った。しかも名前だけで苗字は知らない。二つ。ほぼ初対面でそんな事を言ってくる意味がわからない。三つ。俺は彼女がいるから無理」
ちなみに四つめもある。ぶっちゃけタイプじゃない。さすがにこれは言わないけど。
「な〜んだ。つまんないの〜。ちなみに彼女って柚ちゃん?」
「違う違う」
「ふ〜ん。あ、ちなみに莉音は二年で、苗字は
「……どんな?」
「いやぁ~ほら、聖女って呼ばれてる柚ちゃんの元カレって聞いたからさ? そんな人と付き合ったら自慢出来るかな? って思って?」
二年ってことは結と一緒か。てか、そんなの理由のうちに入るかよ。
あんま説教じみたことは言いたくないんだけど……。
「そんな理由で付き合う付き合わないを決めない方がいいぞ。きっと後で後悔することになる。ちゃんと相手の事をよく知って、ちゃんと覚悟を持って付き合わないと、何かを決める時に相手を悲しませる事になっちまうからな。俺も人のことは言えないんだけれども」
まぁ、そう思えたのは結のおかげなんだよな。ホント……昔の自分に見せたいくらいだ。この子のおかげでここまで変われたぞ、ってな。
「ふ、ふ〜ん……。そんなのホントはわかってるし……。つーか莉音、まだ彼氏出来たことないし。処女だし」
ん? 顔が赤い? あ、ストーブ消すの忘れてたや。暑いわけだ。
後、余計なカミングアウトはいらん。
「ほら、要件が済んだなら帰りなさい。もう鍵かけるから。気をつけて帰るんだぞ」
「はいは〜い……ってまだもう一個用事あるんだった!」
「もう一個?」
「用務員のおにいさんって柚ちゃんの元彼じゃん? お願いがあるんだけど、柚ちゃんにさ? 妹の結っちに、『久我だけはやめておいた方がいいよ』って言ってくれるように頼んでくれない?」
「それはいいけど……自分で言わないのか?」
「ん……まぁ、ちょっとね? ほいじゃ、ばいちーん♪ 」
莉音はそれだけ言うと、校門に向かって走っていってしまった。
あ〜、なるほどね。きっとあの莉音って子は久我が好きなのか。それで結に取られないように釘を刺しに来たんだな? 随分と回りくどいことを……。青春だなぁ。
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