第94話 勢いに任せた行動。その結果

 そうか。そうだったのか。

 これで久我のあの台詞と表情に納得がいった。

 あれは哀れみの表情だったのか……。


「晃太? 怒ってる?」


 柚が俺の顔を下から覗き混むようにして見てきた。その顔は不安そうな顔になっているけど、こんなのでいちいち怒ってたら、ここまで長い付き合いにはならないっての。


「あー……、まぁ言ってしまったもんはしょうがないわな……。それにそのおかげで、俺とお前が付き合ってるって噂はなくなりそうだし」

「でしょ!? これで私と晃太は何でもないって分かってもらえたでしょ?」

「まぁな。ただ……」


 そう。確かに付き合ってるって噂は消えるだろう。だけどなぁ……。


「ただ?」


 柚はホントに何も分かってないような顔で首を傾げながら聞き返してくる。頭の上に【……?】とでも浮かんでいるみたいだ。


「いやな? それを言っちゃうと、確かに今は何でもないってのはわかってくれるだろうけど、それ、昔はだったって言ってるようなもんだよな?」

「……へっ?」


 俺がそう言ったことで、何を想像したのか知らないけど柚の顔がボッ、と顔が赤くなる。

 ようやくわかったか。


「お姉ちゃん……また考え無しに言うから……」

「ボクの耳にも新しい噂聞こえてきた。噂っていうか、怨念と嫉妬の声?」


 そこで入口から結と秋沢の声。

 二人とも少し呆れた顔をしている。


「聞くのが怖いけど教えてくれ。秋沢」

「こうたんは聖女様を抱いた事がある男」

「…………」


 想像してたのより酷かった。

 てっきり、「ずるい!」とか、「羨ましい!」とかそういうのだと思ってたんだけど、ストレートすぎるだろ。


「それはあくまで昔の事ですよね? 今は私が抱かれていますっ!」

「結!? なんで言っちゃうのかなぁソレ!」

「なんとなく対抗意識です。あとは二人に対しての牽制も兼ねて? それに晃太さん。別に今更隠したってしょうがないですよ? 二人とも最初から気付いていましたし」


 そう言われて柚と秋沢を見る。


「いや、まぁ……ね? 同じ女同士だしなんとなく?」


 そう言いながらそっぽ向いて人差し指で髪をクルクルする柚。女同士ってそういうものなのか?


「ボクが読んでる本だと、付き合ったらその場で勢いで──っていうのが多いから。はっ! つまりボクも全部脱いで勢いで迫ればっ!?」


 秋沢はスマホの電子書籍の本棚を俺に見せながらそんなことを言う。いや、だからお前は何を読んでんだ!? ってどれも成人向けじゃないな……。まじか。

 あと「はっ!」じゃないよ。んなわけあるか。

 これはどっちにも変に口を出さない方がいいな。俺、ボロ出しそうだし。うん。


「まぁ、とりあえずそれは置いといて……。これ、なおさら結との事がバレる訳にはいかないな……。バレたら聖女二人に手を出したって事で男子生徒に睨まれそうだ」

「こうたん、夜道には気を付けて」

「おい! 怖い事言うなよ!?」


 言われるとホントにありそうじゃないか!


「あ、私そろそろ次の授業の準備あるから戻るわね〜。お弁当置いてきちゃったし。じゃっ!」


 あ、逃げた。


「ボクもそろそろ。お腹空いた」

「あ、私も戻らないとお昼食べる時間無くなっちゃう」


 そう言って秋沢は出ていく。その後を追うように結も出口に向かって歩いていき、外に出ていく直前に俺の方を振り向いて小さく手を振ろうとした時、俺はその手を掴んで引き寄せた。


「きゃっ! ……晃太さん?」

「大丈夫。俺はちゃんと結だけだからそんな不安そうな顔するな」

「……わかります?」

「わかるさ」


 俺だって同じ立場ならそうなるだろうしな。いくら周りに言えない状況とはいえ、自分の恋人の近くに元カノがいて、その事を周囲で騒がれれば嫌な気持ちになるだろうし。


「晃太さん。私、晃太さんのこと信じてますし、大好きなんですけど、それでもやっぱりモヤモヤしちゃうんです。これで周りが騒ぎ立てて、二人をもう一度くっつけようとしたりする人達が出たりなんかしたらって思うと……」


 結の手を掴んだ俺の手の上に、そっともう片方の手を乗せながらそう言う。だんだん声を小さくさせながら。

 そんな結の姿を見た俺は、自分でも予想していなかった行動を取ってしまった。今までの俺ならば絶対にやらない事だ。


「え? 晃太さん? 何を?」


 俺はポケットからスマホを出して通話履歴からとある人物のところをタップして電話をかける。この時間は家にいるはずだ。結にも聞こえるようにスピーカーにするのも忘れない。

 呼び出し音が途切れ、声が聞こえた。


『はい、真峠です』

「あ、母さん? 俺、結と結婚するつもりだから。それだけ」

『おっけー』

「じゃ」


 電話を切って結の事を見ると、今までの見たことも無いくらいに目を開いて俺の事を見ていた。


「つーわけだから」

「な、な、な……」


 口をパクパクさせながら顔を真っ赤にする結。

 俺がもう一言声をかけようとすると、掴んでいた俺の手を振りほどき、そのまま両手で顔を覆うと指の間から目だけ出して小さく叫んだ。


「な、なんてことをいうんですかぁー! しかもまだお昼なんですよっ!? わ、私まだ午後の授業あるのに……一体どんな顔して帰りまで過ごせばいいと思ってるんですか!? ふぁぁぁっ! 顔が! 顔がふにゃふにゃして戻らないんですけどぉー! んにゃぁぁぁっ! 晃太さんのバカァァァァッ!!」


 そしてそのまま外に出て行ってしまった。俺も外に出て追おうとするけど……おい、やたらと走るの早いな。


「んにゃっ!」

「ボ、ボクの飲むミネストローネが……」


 あ、自販機でジュース買ってる秋沢にぶつかった。しかしそのまま走り去っていく。


「ふぁぁぁんっ!」


 そして姿が見えなくなった。


 えっと……あれ?

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