第86話 ダメ男製造彼女
結は俺に荷物を預けて背中を向けると、ゆっくりと歩き出した……って、待て待て待て!
「おい、行ってくるってどこに行くつもりだよ!」
「晃太さん、止めないでください。ちょっと久我君の間違いを正してくるだけですから……ふふ」
「間違いを正すだけの雰囲気じゃないんだけどっ!?」
力を入れて押さえないとそのままどこかへ行ってしまいそうな結をなんとか引き止めて、アパートへと連れて帰る。「は〜な〜し〜て〜」とか言ってたけど知らん。離したら何するか分からないからな。
「ほら、落ち着けって」
「むぅ……。晃太さんはなんでそんな冷静なんですか? 勝手に私のか、か、彼氏になるとか言われたんですよ!? 私の最初で最後の彼氏は晃太さんなんですよ!?」
部屋に入ると俺のベッドに結を座らせ、俺もその隣に腰を下ろす。するとすぐに俺の膝の上に移動してきて、背中を俺に預けながら頬を膨らませて文句を言ってきた。
「そりゃ俺だって文句言いたかったけどな。それ言ったら俺達の関係がバレるだろ?」
「それはそうですけどぉ……」
「第一、なんであんなことを言ってきたのかが分からないんだよな。結は何か心当たりあるか?」
「あるわけないじゃないですかぁ。しかも一度お断りしてる人ですよ? 連絡先だって私のスマホには、男の人はお父さん以外だと晃太さんしか入ってないんですよ?」
「だよなぁ……」
こればっかりは、やっぱ学校が始まってからじゃないとわからないか。
……ん?
俺が少し考えていると、膝に座っていた結がくるっと回って俺と向き合う形になった。
「嫌な事を聞いたので晃太さん成分がもっと減ってしまいました。これ以上減ると色々大変な事になります。これはもうすぐに補充しないといけません」
「ちなみに色々大変な事とは?」
「胸が小さくなります」
「なんと!」
「なので早急に補充をお願いします」
「それはどうすればいいんだ?」
自分でもよくわからないやり取りをしているのは分かってる。だけどこれがだんだん普通になってきてる様な気がする。いいのかコレ。まぁ、深く考えるのはやめよう。今考えるのは、目の前でトロンとした目をして俺を見上げてくる結の事だ。
「い〜っぱい、ちゅう……してくださいな?」
「わかったよ」
「んっ……!」
俺は返事と一緒に結の頭に手を乗せて軽く撫でた後、その手を後頭部に回して引き寄せると、唇を触れさせた。
「ふふっ。久しぶりの晃太さんの感触です♪」
「そんな言うほど久しぶりか?」
「一日だけでも久しぶり、ですよ?」
「まじかよ」
「まじです。だから……まだまだ足りないんです」
その言葉と一緒に体を押され、俺はベッドに背中から沈んだ。
「なので、たくさんチュウしちゃいますっ!」
おわっ!?
──翌朝、いつもより早い時間に目を覚ますと、結は既に起きていた。
「おはよ〜」
「あ、おはようございます。朝食とお弁当もう出来てますからね。ちゃんと食べてからお仕事行ってくださいな」
着替えて結の部屋に行くと、テーブルには既に食事が並び、結の手にはハンカチで包まれた弁当箱。……ちょっと待て。
俺はもう一度時計を見る。
「ゆ、結? 一体いつから起きてたんだ?」
「一時間くらい前ですね。なんだか目が覚めちゃって。それに新年最初の晃太さんのご飯とお弁当ですからね! 気合い入れちゃいました! もちろん愛情もですけど♪」
「お、おぉう……凄いな」
「はいっ! だからもっと褒めてくれてもいいんですよ?」
「ありがとな」
俺はそう言って結の頭を撫でる。
撫でるというか、伸ばした俺の手に頭を押し付けてきたと言った方が近いかもしれないけど。
「んふっ♪ じゃあ、食べましょうか? 私も今日は部屋の掃除しないと! バダバタしててあまり大掃除出来ませんでしたし」
「せっかくの冬休みなんだからあんまり無理はするなよ?」
「大丈夫ですよ〜。楽しいですから♪」
「楽しい? 楽しいものなのか?」
俺はテーブルの上の焼き鮭に箸を伸ばしながら聞き返す。ちょうどいい塩っけで美味い。
「もちろんですよ? なんでかって聞かれると上手くは言えないんですけど、こう……掃除してると、私がいないとダメなんだなぁ〜ってなって、嬉しくなるんです」
「いや、それ……」
嬉しくなったらダメなやつ……って続けようとしてやめた。
そして、もう少し自分の部屋は自分で片付けようと決めた朝だった。
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