第85話 「私……ちょっと行ってきます……」
「じゃあまた冬休み明けに。先生もその人とお幸せに!」
そんな事を言って立ち去るさわやかイケメンの久我。なんかよく分からない事を言ってたような気がするけど、俺の頭の中はそれどころじゃない。
あいつは何を根拠に結と付き合うとかおかしな事言ってんだ? いや、付き合うじゃなくて付き合うかもって言ってたな。つまり確定事項では無いって事か。だけど……そんな不確定な事を言ってたわりには、やけに自信ありそうな顔だったよな。……何かあるのか?
「ねぇ、私あんたにフラれてんのにお幸せにだってよ。ケンカ売られてるのかしら? ねぇちょっと聞いてる?」
「あぁ」
「お似合いって言ってくれたのは嬉しかったけど、勝手に恋人だって決めつけられて言われるのはちょっとイラッとするわね」
「あぁ」
「あんたね……。ん? これはもしかして……。ねえ、焼き鳥食べるんでしょ?」
「あぁ」
「どうせだし私の部屋で食べない?」
「あぁ」
「………。結と別れて私と付き合おっか?」
「付き合わない」
「ちっ。引っかからないし」
お前は一体何しようとしてんだコラ。
あと、話をしてる間に下に置いてた俺の荷物に、ちゃっかり自分の分足してんじゃねぇよ。
「引っかかる訳ないだろうが。返事は適当だったけど、聞いてない訳じゃないんだからな」
「だけど私の部屋で食べるのにはおっけー出したわよね?」
「まぁそれくらいはな。一応結には連絡しとくけど」
「はいはい。ラブラブですねぇ~。じゃあちゃっちゃと買って帰りましょう。久我君が言ってた事も気になるし」
「だな」
とりあえず考えても分からない事は後回しにして、俺達は焼き鳥を買って帰路についた。
結に、柚の部屋で飯を食べることを送ったら、「いいですよ~。一応お姉ちゃんには釘刺しておきますね~」って返事が来ると同時に柚のスマホに結からの着信。何を言ったのかはわからないけど、柚は「うぐっ! わ、わかってるわよっ! そんなズルいことしないからっ!」と、変に焦った様子だった。
……やっぱやめとくべきだったか? けど幼馴染出し、変に距離感変えるのもなんかな。まぁ、俺がしっかりしてればいいだろう。
そんな事を考えながら柚の部屋に入ると、さっきまでの考えが無駄になった。変な気が起こるはずもない。だって──
「……おい、なんだこの部屋」
「忘れてたわ……。引っ越してきてからバダバタしてて、全然片付けてなかったんだった」
柚の部屋は、開けっ放しのダンボールに、着たのか脱いだのかも分からない服。空き缶や、学校で使うと思われるプリントや書類の山で埋め尽くされていた。
「それにしたってこれは……。あぁ、思い出した。そいえばお前、昔から片付け苦手だったな」
「う、うるさいわね。それは昔のことでしょ? 今回はたまたまよ。いいからちょっと待ってなさい」
柚はそう言うと俺を玄関に立たせたまま「よっ! ほっ!」と障害物を避けて部屋の中に入り、ダンボールをブルドーザーのように使って他のダンボールを押すと、床が見えた。するとそこにテーブルを置き、俺の方を向いた。
「さぁっ! 座って!」
「お、おまっ……」
いや、もう何も言うまい。
俺は言われた通りに腰を下ろし、柚もすぐ向かいに座ながら袋から焼き鳥と、ついでに買ってきたビールも出してテーブルに並べた。
「じゃ、いただきまーす」
「おつかれー」
「何におつかれなのよ」
「あ? そんなの明日からの仕事に決まってんだろ」
「その事は言わないで!」
そんな話をしながら少し七味をかけた焼き鳥を口に運ぶ。うん、うまい。
「で、さっきのアレはなんだったんだ?」
「結の彼氏になるかもってやつ? 私もわかんないんだよね。久我君っていうんだけど、頭も良いし顔もいいけどスポーツはちょっと苦手で、ギャップが良いって結構モテる子なのよ」
「ただしイケメンに限るを体現したような奴だな。つーか俺、あいつ見たことあんだよな。秋頃、俺がお前に言われた落ち葉掃除してる時に、校舎裏で結に告白してフラれてたんだよ」
「え、まじ? もったいない」
「おいコラ」
「ごめんごめん。でも、フラれてるのにあんな事言うなんて変よね?」
そう。そこなんだよな。わからないのは。
あ、そういえば……
「そいつ、結の事を聖女様って言ってたんだよ。で、お前が初代聖女様だろ? 儚い聖女様」
「儚い言うな。それがどうかしたの?」
「いや、何となくだけどそれが関係してるかな? って思ってさ。ほら、漫画とかでよくあるだろ? 学園モノで聖女役と騎士役がなんちゃらかんちゃら……ってさ」
「それはないんじゃない? 認めたくないけど私が初代らしいし? だから昔からあるような風習とかじゃないみたいだし。認めたくないけど。それに、ミスコンとかあるわけでもないしね」
「なるほどね。やっぱりいくら考えてもわかんねーな。とりあえず気をつけるしかないか」
「そーゆーこと。あんた彼氏なんでしょ? しっかりしなさいよ?」
柚はそう返事をしながらテーブルの上の串を片付けながら立ち上がった。
「さ、食べたなら少し部屋を片付けるの手伝って貰うわよ? まさか食べるだけ食べて帰るなんて言わないでしょうね?」
「へいへい。やりますよっと」
「じゃあ私はお風呂入ってくるから後よろしく~」
「あ、てめこのやろっ!」
「ばぁ〜い♪ あ、覗いたり、中に入って襲って来てもいいわよ? あっちにいる間、何も出来なかったんでしょ?」
ケラケラと笑いながら、俺の目の前で服を脱ぐフリをしてそんな事を言ってくる。
「おい、脱衣場にいけ! つーかそんな事するかよ! あほか! 今のは結に言っておくわ」
「半分は冗談だからそれだけはやめてっ!」
半分かよ……。
そして俺は柚が風呂に入ってる間に、軽く部屋の片付け。とは言っても、衣類と書類とかで仕分けするくらいだけど。
下着も落ちてたが、特に気にすることなくポイポイ投げて部屋を広くしていく。
風呂から出た柚がそんな俺の姿を見て、「こう……もうちょっとドキドキしながらとか、ついチラチラ見ちゃったりして持つの躊躇ったりとかないわけ……?」ってボヤいていたけど、聞いてないフリをした。今更だろ。それに結の方がサイズ的にも……おっと、これは言わないでおこう。
◇◇◇
明けて翌日。
初日ってことで、仕事内容は備品の整理と作業予定表を確認するくらい。その為午前中で終わり、今は結を迎えに駅まで来ていた。
「晃太さぁ〜ん!」
「ちょっ! ここ地元じゃないんだからくっつくのはマズイって!」
「ううっ! 早く帰りましょうっ! 晃太さん成分が足りませんっ!」
「わかったわかった! そしてその成分なんなんだ!?」
「私がもっと可愛くなる為に必要なんですよ?」
「よし、帰ろう!」
いかん、毒されてきたな……。
そして帰り道に昨日の久我君とやらの事を話しながら歩いていると、結が突然立ち止まった。
振り返って見ると、目のハイライトが消えている。
「ゆ、結? どうした?」
「……晃太さん。ちょっと荷物持って先に帰ってもらってもいいですか? 私……ちょっと行ってきます……」
ちょっと待て! どこに行くつもりだ!?
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