第83話 欲しがり彼女

 不穏な感じを残したままでおみくじを厄払いの枝に結びつけると、俺達三人はその場所を離れて屋台が出てる方へと足を向けた。というか「好きなの買ってやるぞ」っていう魔法の言葉で向けさせた。

 柚は誰よりも先に屋台に向かって行き、結は変わらず俺の腕に抱きついたまま。

 この状態で歩けるのもここが俺達の地元だから出来る事であって、向こうじゃ誰が見てるかわからないから簡単にデートとか出来ないもんな。

 地元ならいくらでも言い訳が出来る、って事で俺も何も言わないでいる。


「結は食べたい物選びに行かなくて良いのか?」

「いいんです。それよりも晃太さんにくっついていたいですし。それに……実は今朝、晃太さんの家に行った時におせちをちょっとつまんで食べてたから、そんなにお腹空いてないんです」

「あ、そうなのか?」

「はい。将来は私もあの味を覚えないとですね」

「へ? あ、あぁ……うん? そう……だな?」


 結は真面目な顔でそんな事を言いながら一人頷いている。いやね? だからそれは気が早いと言っているのに。結はまだ若いんだからこれからどうなるか分からないだろ? ……って言うと泣きそうになるからやめておく。


「晃太! 私は決めたわ! あれにする!」


 柚が俺達がいる方に方から戻ってくると、とある屋台の方を指さしてそんなことを言ってくる。その指の先を追うと、そこには【ベーコンエッグ鯛焼き】の暖簾を下げた屋台があった。

 そういえば昔から好きだったな。


「あぁ、そうだと思ったわ。俺も食うから二個……いや、結は食べるか?」

「はい。今はちょっと入らないので、後で食べますね。あ、でも、晃太さんの一口だけ食べよっかな?」

「じゃあ三個だな」


 一個二百円の為、俺がポケットから財布ではなくコインケースを出そうとする。しかしそれは柚の一言で止まることになる。


「何言ってるの? 誰が一個しか食べないって言ったのよ」

「……は?」

「三個食べる」

「お、おねぇちゃん?」

「三個食べるっ! なによ! あんた達のイチャイチャしてるの見せつけられてるんだからそれぐらいいいじゃないのよぉ〜!」


 いや、べつに見せつけてる訳では無いんだけどな……。それにこっちについてきたのはお前の方じゃないか。そう言い返そうとした所で、隣の結が俺の腕を軽く引っ張って顔を見上げてくる。


「晃太さん、私も出すので買ってあげてください」

「ん? いや、いいよ。俺が出すから。それにそんな出してもらうような金額でもないしな」


 さすがに彼女に出させる訳にはいかないだろ。ましてや学生だしな。


「な、な、何よその夫婦な感じは! あんた達まだ付き合ったばかりでしょう!? 落ち着きすぎよ!」


 んなこと言われてもな……。

 まぁいいや。とりあえず買うもの買って渡そう。食べてれば静かになるはずだし。

 そして俺が店員さんに代金を払い、品物を受け取った所で後ろから声がかけられた。


「やぁ晃太。新年早々に両手に花とはね」

「晃太君……サイッテー。柚ぅぅぅぅ! あけおめぇぇ!!」


 振り返るとそこには、ニヤニヤした隼人と、やたらとゆったりとした服を着た比奈がいた。


「んおっ!? なんだ、隼人か。あけおめさん。おい比奈、新年一発目に最低とはなんだ最低とはコノヤロウ」

「なんだとは失礼だな。あけましておめでとう、晃太。天音も妹さんもあけましておめでとう」

「比奈ぁぁぁ! あけおめことよろぉぉ! イチャイチャ光線を浴び続けている私を慰めてぇぇぇ!」

「柚おいでっ! あんたと同じで平たい胸で良ければっ!」


 ヒシッ!

 柚と比奈が抱き合っている。……何してんだコイツら。


「あ、あけましておめでとうございます……」


 そして結は少し下がって俺の後ろから挨拶した。

 そっか。結はそんなに面識ないもんな。


「それにしても……その様子だとちゃんと決めたみたいだね」

「ん、まぁな。お前に連絡しようとしてたけど、色々バタバタしてて忘れてたわ」

「ま、後悔の無いようにね」

「ぬかせ。言われるまでもねぇよ」


 そう言って軽く結を引き寄せる。


「あっ……! えへへ……」


 結は少しびっくりしたみたいだけど、すぐに嬉しそうに微笑んだ。


「ほら比奈見て! この二人ずっとこんな感じなのよっ!?」

「うわぁぁ……無いわー! これは無いわー!」

「でしょぉ!? だからたこ焼き買って!」

「それとこれとは話が別だわ」

「ひょえっ!?」


 だからお前らはさっきから何やってんだよ。


「じゃあ俺達はお参りしてくるね。今年は念入りに祈願しないといけないからさ」

「あぁわかった。また今度な。って今年は?」

「あぁ。実はね……比奈、おいで」

「ん〜? 隼人どしたの?」


 隼人に声をかけられると、比奈は柚との漫才を辞めてこっちに来た。

 そしてその比奈のお腹に手を当てるとこう言った。


「新しい家族が増えそうなんだよね。だからさ」

「はっ!? ちょっ!? マジで!?」

「えっ! 比奈っ!? ホントなの!? おめでとぉぉぉぉ!」

「へっへっへ。年明けてから教えようと思ってたんだけどね。ありがとっ!」


 そうか。隼人に子供が。

 俺もいつかは……。


 クイクイ


 俺の袖が引っ張られる。

 横を見ると、結が俺を見上げながら懇願するような表情をしていた。


「赤ちゃん……」

「あぁ、赤ちゃんだな」

「晃太さん。赤ちゃん……」

「…………」

「晃太さんとの赤ちゃん……」

「おい」


 いや、だから気が早いっての!

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