第56話 「忘れる訳ないでしょ……」

 柚の肩を借りて倉庫にやってきた俺は、椅子に座ってそのまま机に突っ伏した。初めてぎっくり腰になったんだが、まさかこんなにツラいものだとは……。痛みだけで体力ゴッソリ持っていかれたわ。

 とりあえず飯を食わねば。腹減った……。


「悪い柚、そこの電気ケトルのスイッチを──」

「もう入れたわよ。お茶でしょ? 今入れたげるから黙って座ってなさい」

「お、おう」

「あと……は、はいこれ! お弁当! 食べるって言ってたでしょ! んっ!」


 何故か押し付けるように弁当を渡された。いや、そんな強く言わなくても食べるよ。


 柚がお茶を準備をしてる間に自分の鞄から持ってきた弁当を出して蓋を開ける。すぐさま柚が作ってくれた弁当も隣に置いて包みを解いて蓋を開けた。


「んをっ! これは……」

「えっ、なになに!? どこか変? 嫌いなのあった? 覚えてる限りで晃汰が好きなの入れたつもりだったんだけど……」

「そうじゃないって。すげぇなぁって思ってさ。これ、全部俺が好きなのばっかりじゃん。よく覚えてたな」


 そう、見事に俺の好物ばかりが入っていたのだ。唐揚げにアスパラベーコン巻き、ミートボールにオムレツ、ご飯が入るところにはいなり寿司。最高じゃねーか! ってあれ? これ……


「当たり前じゃない。忘れる訳ないでしょ……。それに……んーん、やっぱなんでもない」

「そうか? そういえばさ、お前が初めて作ってくれた弁当もこのメニューだったよな~」

「……っ! お、覚えてて……くれたの?」

「いただきまーす! んぁあ? なーんか見た事あるなーって思ってな。思い出したわ。うん、美味いぞコレ。すげぇ頑張ったんだなぁ。こりゃ結の師匠にもなるわ」


 昔食べたのとは全然違う。どれもしっかりと味がついていて、冷めてても美味かった。ご飯も進むしな。美味い美味い♪

 ……あれ? そういえばお茶はどうなったんだ? いきなり何も話さなくなったけど。


「なぁ柚、お茶なんだけど……ん?」


 ケトルがある方を向くと、柚がこっちに背中を向けたままで立っていた。あれ? まだ沸かないのか?


「柚?」

「……あ、ご、ごめん。もうちょっとだから待ってて? ちょっとスイッチ入れ忘れちゃって……」

「さっきスイッチ入れたって……」

「うん、そうなんだけど……入ってなかったみたい。ごめんね」

「まぁいいけど」


 気のせいか? 少し肩が震えてるような……?


 それから少し経つとケトルからカチッと音が聞こえた。お湯が沸いてスイッチが戻る音だ。その音に反応してそっちを向くと、後ろ姿だけだが柚がお茶を淹れてるのがわかった。その後はケトルを戻すと、何故か袖で顔を拭う様な仕草をした後に湯呑みを持つと、こっちを振り向いて歩いてきた。


「お待たせ。ここ置くね」

「ありがとな。食べるとこ見るって言ってたのに、もう全部食ってしまうとこだったぞ」

「あはは、そうだったや。どう? 美味しい?」

「うん、美味い! ってさっきからそれしか言ってない気がするな」

「うん。そっか……良かった。……うん。それじゃあ私も食べよっかな」


 胸元に手を当てて俺が食べてる姿を見ながら何度か頷くと、柚も自分の弁当を出して机の上に広げた。と、そこで少し気になる事が。


「なぁ、少し目が赤いか?」

「っ! だ、大丈夫よ。なんでもないから気にしないで?」

「そうか?」

「うん」


 その後は二人で弁当を食べて、片付けた後はお茶を飲んでいた。


「あー、午後どうすっかな……」

「言い忘れてた! 校長先生が言ってたわよ、あんた午後から半休だって」

「まじか! ありがてぇ!」

「私も半休貰ったから、その食べ過ぎのお腹が落ち着いたら病院に行こ? ね?」


 そう言って柚が俺の腹を指差す。


 うん、やっぱり弁当二個はちょっと多かったみたいだ。





 ━━いつも読んでくれてありがとうございます。

 面白いよ! もっと読みたいよ!って思っていただけましたら幸いです。

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