第9話

 「やあ」

 声をかけられて、一瞬視線を移した隙に、熱帯魚は蒸発したように消えた。気づけば、広場に出ていた。石畳だった道の塗装も、何故か肥沃そうな土壌に変わっている。この場所の目玉は、今はだらんと緞帳が垂れた、木製の舞台で行われる催し物らしく、人はまばらで、開かれている出店も数えるほどしかなかった。

 向き直ると、出店の主人は、帽子を目深にかぶったダチョウだった。顔はあたしの拳ほどしかなく、帽子のつばが彼のくちばしにつくほど大きく下がっているので、瞳の色はわからない。鉄の部分があちこち錆び付いた、パイプ椅子に、自身の、顔の大きさからは想像が付かないほど、豊かな羽の密集を押し込め、お尻を置き、また、あたしの腕より厚みのない長い脚を、つま先をたてて座っていた。

 大きさが、合っていないんだろう。その椅子では、染め上げたような黒色の中に塗りつけたような白色が点在する、対照性も生かされず、また帽子が大きすぎるせいで、鮮やかな桃色をした尖ったくちばしが強調され、彼が言葉を発するたび、帽子のつばも上下した。帽子が喋っているみたい。

 「外せないんだ。」

 「嘴が目立つから。」

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文句ばっかり言って。 丹羽 鶏一郎 @sss_kkk_s

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