3話目「新聞配達を配る速度が全くわからないからって、一人反省会いぃ??」




 そうこうしていると、新聞販売店の店舗の座敷の奥から足を引きずって出てきた、田灘たなだ店長の奥さんが顔を表した。


 前髪の真ん中を分けながら、そのまま後ろに髪の毛を結っている、顔が年相応に更け……いや、それ以上にやつれていているように見えるのは──。


「お前、あまり外に出るなとはいってあるだろう、とっとと中に入れ」


 そう旦那にドヤされた田灘たなだ店長の奥さんはたじろぎつつも、仕方なしに店内の石油ストーブが置かれた集配作業部屋の座椅子に、何か重苦しげな表情のまま俯きつつ腰をかける。


 時折こういう微妙な空気が流れたりするので、ここは俺だわ。と野上下のがみした


「そ、そうっすねー、白太には知的障害っていうペナルティはあるが、……仕事は責任もってやるのが、仕事ってもんだろ! お前。まあでも、仕方ないっちゃ仕方がない……、でもなあ〜。やっぱり、こればっかりはさっさと解決しないとな」


 野上下のがみしたは、そろそろ自分らも肝をえて白太を仕事に就かせてくれる地域の雇い主探しを一つ一つ、あたってみるってのは?


 と珍しくはありつつ。白太のことをいつもより心配するていで、店長に話した。


 田灘たなだの旦那。


「他に仕事探そうにも、このちっぽけな田舎町には。一昨年の暮れから移ろってきて、年が二回明けてから今年の冬に十歳になるいたいけな男の子を、しかも軽度の知的障害がある子なんて。他の事業主の人たちに頼み込んでも、うちだけだろう、白太を見てやれるのは」。


 白太を率直に自分たちが引き受ける。という気構えは、棚田たなだ店長自身が自信の身空にうってつけの言葉で、言い放っての決意だ。


「……お前のことを放ってはおけないのはな。お前のお母さん、特にお父さんからもいわれている気がしていてな。…………親替わりなんだから、事実。支障はあっても、見守る人は違えど、そうだ。まわりで見て防いで守ってくれる人がいるだけで。人間という生物せいぶつは、どんなやつだって、どこまでだって強く。たくましく。歩けて生きていけるんだからな」。


 そう田灘たなだ店長は、目の前で申し訳なさそうに縮こまった、神妙な面持ちの白太のことを、おもむろに、やさしさの籠もった目で見下した。


「た、田灘たなだ店長、奥さん。あと屋磨やまさん。野上下のがみしたさん、あ、本当に、あぁ、ありがとう御座います」



「………………」。



「ほら、ボーッとしてないで。これから学校だろ? さっさと自宅に帰って。準備していってけよ。仕事についてのことは、俺らがなんとか考えといてやっから」


 そう野上下のがみしたが、優しさにも似た行ってこいの、学校ヘGO!!! …の合図をしたら、白太は舌と唇を口の中に含み、モゴモゴしたあと「サ、サッ」と、深々ふかぶかとお辞儀をして、すぐオンボロ自転車に急いで乗り込み、夕美映新聞販売店を後にした。



──



 急いで自分が住む夕美映第2コーポまで着いたら、白太は自転車のスタンドを


「ガタン」、


 と止めたあと、第2コーポの錆びついた階段をか弱い足で、駆け足でのぼり、自宅の玄関の扉を開けて閉じた。


 するとそのまま体の緊張感がなくなると同時に、視線は斜め前の部屋の天井を見上げて、玄関の扉に背中を預け。……ずるずるずる〜〜


 なんでいつも遅れてしまうのだろう……。


 六畳一間の居間に置いてある古臭いちゃぶ台の上で、新聞配達の仕事を早く終える対策の出来る限りの洞察を、白太は今日も耳栓をつけてまでも考えた。だが答えは、やはり結局見つからない。


 時は学校への登校の準備の開始を告げるための、目覚まし時計のアラームが鳴り響くまでむなしく経過するだけであった。


 これから、夕美映ゆうみばえ小学校の四年二組の教室で、八時四十五分から始まる普通学級の授業を受けにいかなければならない。


 と……。こうしちゃいられないとばかりにソワソワしてきた白太が、いま俄然がぜん夢中にハマっている、大漁鮮ギョレンジャー!!

〔インパクト『オクトパス』、ですな………ギギョ……………〕。


 そのギョレンジャーのグッズである、六畳の居間に飾ってあるカレンダー、の十二月二十四日。クリスマス・イブの日であるのは百も承知! ですが………。


 カレンダーの用紙のそのイブの日の枠に、いまどき季節外れで珍しくある「薄羽蜉蝣うすばかげろう」が、……どこから現れたのだろうか。弱々しい羽を必死に動かし、力尽きるまでかけるかのように。そこに何故か止まった。


 いわゆる虫のしらせなのか。


 白太は胃がなんとなしに「ギュッ」となり、なんらかの「ちから」が入ったその蜉蝣かげろうが、イブの日に〖なにか〗をいい渡したように。白太はそう心做こころなしか感じた。


 すると、その蜉蝣かげろうは白太の瞳に吸い込まれていくかのように。段々と弱々しく飛びながら、近づいてくる……。


 白太はどんどん自分に近づいてくる蜉蝣かげろうを、何となくだが何故か彼のまなこに入れること、ましてや「その蟲」と同一化するのを拒むことすらせず。ただ、じーっとみていた。


「ハッ!」。と思わず声を出して気が付き慌てつつ下をみると。


 気づいてみたら、その薄羽蜉蝣うすばかげろうは白太の両掌てのひらの中で。もう既に息絶えていた。


 だが彼のその重ねていた手のなかで眠り始めた、その同じ種、より以上の蜻蛉かげろうの羽は……『キラキラ』と光って。死んだとは思えないほどに。印象的に熱く輝いていた。……



 ……とにかく。朝ごはんも食べないと、そろそろ学校に向かわないと間に合わない時間だし。ちゃっちゃと食べて済ませよう。と白太は、自分が虫かごのなかに、その亡骸をそっとやさしく横たわらせて、


 自宅のアパートの一畳分ほどの台所で、誰かから譲り受けたのたのだろうか。ときは遙か昔に飛んで造られたくらいの、年期の入ったヤカンで「ブクブク」と湯を沸かし。


 半ば殺風景にもみえる六畳一間のちゃぶ台の上で、お茶漬けと昨日の弁当の残りを素早く掻き立て、ちっちゃな頬にモグモグ。そして食べ終わり、


 すぐにごちそう様をして、ポイッてな感じで。床の畳と横の土壁にもたせて立てかけてあるランドセルへ、今日の授業で使う教科書や文房具などを全て入れ、──


《自転車の速度が遅くなるのモヤモヤ解決しないまま、学校にいくのもういいかげん嫌だなあ、授業中も先生の話の内容についてゆくの。必死でキツイもんなあ〜〜……》


 とふにゃふにゃに気分がもやもやとなっていた白太なのであったが!!


《あっ、そうだ! 今日新聞配達終わりの時間で、夕美映橋の上空で見た、百匹のお化け〔魑魅魍魎〕のことをクラスのみんな「学校の親友、友達、etc……」。にいうんだ。そしたらあいつら、びっくり仰天! 腰を抜かして驚くぞ〜〜!!》


 と途端に元気が復活したのか、全ての身支度を一気に済ませて、自宅のアパートの玄関から白太は勢いよく飛び出して。学校へと向かうのであった!!


〔スタコラサッサ〕(ど阿呆あほう)。




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