第17話 夏の日の浮遊層

 梅雨はまだ明けていないはずだが、コンクリートの照り返しが酷く、日傘でそよいでいるのに、汗が止まらない。耳だけが、鉄琴の涼やかな夜を響かせていて、それに一息つく。曲を紹介してくれた友人とは今も冷戦状態で、それが一層涼やかさを増していた。

 アイスクリームより、シャーベットを求めている。けれど今は糖質を控えなければならない。糖を取りすぎると、私は迅速に溶けていく呪いにかかっている。思考が止まり、腕は動かず、そのまま床へと溶けていくのだ。アイスクリームが溶けていく様の方が、マシだろうか。


 それにしても、熱帯園はどうなっているだろう。私が卒業して早2年だが、あの後輩たちは、植物より熱帯魚を大事にしていた。淡水魚ほど、おどろおどろしいものはないと思うのだが、彼女らはそれに熱心だった。

 私の淡水魚嫌いは、なかなかにハードで、この間ショッピングモールの、電化製品を取り扱うスペースの裏を歩いた時、赤いピンポンパールが立方体の中を1匹ずつ並べられて壁を作っていた時は、鳥肌が立った。どうしても、克服はできない。

 鮮やかな赤やピンクを彩る植物たちの中に、カエルが数匹飛んでいた。彼らは裕福を呼ぶそうだ。イモリが増殖するのも問題ない。だから、私は熱帯園を大事にしていた。唯一の大事にできる場所だ。小さなガラスの中の世界は、暑いながらも豪華な建物だった。


 通勤中に見える神社は、少し澱んでいた。会社はあそこお参りに行くそうだが、ここはやめた方がいい、といつも思う。私には霊感というものは一切ないが、淡水魚嫌いはどうやら神社の善し悪しも見れるようだった。

 あそこへ行った時に、軽い幻覚を見た。非常に有効的なピエロが、私をアイアン・メイデンに入れようとしていた。なんとも西洋、しかも時代を超えている幻覚だったが、それでも私は血の気が引いたのだ。

「死ぬなら、豪華な方がいいだろう?」

 私は確かにそう思ったが、まさか参拝中に命を落とす訳にも行かなかったから、必死に淡水魚を思い出して、金魚の水槽へ飛び込むイメージをしたものだ。涼しかった。ただ、コケ臭かった。


 最寄り駅に着いた時には、もうただ、暑いだけで、どうしてもシャーベットが食べたい。

 氷菓子が食べたい。もう、冷たい空気に触れたいのだ。

「常温の水にしときなよ。お腹冷えるよ」

 横から、私の厄介な住人がふわふわと言う。正しいから否めない。けれど、それなら買わない。

「脱水症状になったら、元も子もないよ。とりあえず、なんか飲んで」

 うるさい。そう思ったので私は住人と私のために、お茶とシャーベットを買ったのだった。

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短編集 空付 碧 @learine

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