第16話 このフラペチーノに、アーモンドチップはかけられないでしょうか
通勤中、最寄り駅のそばにあるカフェに、新作ドリンクの看板が出ていた。
『アールグレイフラペチーノ』
これだ、と私は直感した。
コーヒー店がわざわざ紅茶を出してくるとは、なかなかやるではないか。はちみつの写真まで載せてある。これは期待しかない。
私は通勤日数と、今ある残額を指折り計算する。結構カツカツだが、無駄にチョコレートを買ったりしなければ、一杯くらいいける。いつ飲もうか。私は会社へ歩き出す。寒さは控えめだが、フラペチーノはやめた方がいいか。
ひとまず、今日の帰りか、週末のご褒美に買うか保留にした。
その昔、私はピエロに頭を悩ませていた。私は自販機で買ったキャラメルラテを飲みながら、その姿を客観視する。どうやら、ピエロの演目が気に入らないらしい。道化師が踊るにしては、バレエに近い。ピエロを描きたいのか、曲線美を描きたいのか、迷っているようだった。口の中でキャラメルが甘く広がっている。
「それは、2月に考えたらどう?」
私は余計な口出しをした。こちらを見て、ひとつ唸ったあとに、ペンを置いた。まずは離れてから書き始めた方がいい。私はキャラメルラテを全て腹に入れた。
会社は嫌いじゃなかった。
むしろ、今日はどう業務を捌くかと少し高ぶっている。いつも通り、20分早くついてしまった。これなら、呑気にアールグレイを飲んでいた方が良かったかもしれない。けれど油断するとどうなるだろう。仕事どころの話ではなくなる。私は控え室に直行して、時間を潰す。
新年の挨拶と、今月の業務内容の確認と、今日は何をするか把握しないといけない。どこまで挨拶に回ればいいだろう。年納の日、私は発作を起こしていた。だから、余計にちゃんと挨拶をしていかなければならない。寒い部屋で、緑茶を飲むか迷っていた。
今年はどんな仕事をするだろう。とりあえず今月を乗り越えることを考えるだけだ。給料日までは、会社に通う。それが目標だ。
結局緑茶には手を出さずに、私は部屋を出た。
ピエロを書こうと思ったきっかけは、有名な映画だったが、アコーディオンも背中を押した。広がる蛇腹と妙に哀愁を漂わせる音は、ダンスにちょうどいいと思った。バレエだったのかもしれないけれど、どうしてもピエロになったのだ。体育館とピエロが脳裏に張り付いて、これだと思って離れなかった。
けれど入れるスパイスを間違える。前にも後ろにも動けなくなって、とりあえず筆を置こうと思った。
それならば、まだ夢の記憶の残骸を書いた方がマシだ。
学校と思える建物は、旧校舎と新校舎があった。あと、部活動で使う熱帯温室だ。お気に入りは温室だ。必ずと言っていいほど、私は熱帯温室に足を運ぶ。私の担当だった新種の植物は、卒業したあとはぞんざいに扱われていた。枯れはしないけれど、毎度違う姿になっては、独特の香料と虫を寄せていた。昨日私はその植物でポプリを作っている。
後輩が受け持っていた魚の水槽はとても苦手だった。よく分からない姿の魚が、毎回違う形で泳いでいる。死んだふりをしていたり、口で空気を吸ったりしていた。極めつけはホヤだ。半透明の白い生き物が、無闇に口を開いてこちらを向いている。ガラス越しでも、空洞に飲み込まれそうで、とても嫌いだった。私は夢の影響で、水族館が嫌いになった。
仕事が終わった瞬間に、今日フラペチーノを飲んで帰ろうと思った。帰りの電車の時間にも余裕がある。変に緊張して、凡ミスばかりした自分への慰めだった。
注文をする時、キャラメルシロップも追加で注文する。
「このフラペチーノに、アーモンドチップはかけられないでしょうか?」
思わず聞くと、店員はにっこり微笑んで、パラパラとかけてくれた。私は上機嫌で、いただく。
結果だけでいえば、全くアールグレイではなかった。とぼとぼと電車に向かう。そういえばジンジャークッキーの時もそうだった。シナモンとナツメグを大量に入れてもらって、刺激を加えたのだった。私は今日何を飲んだのだろう。
ピエロは来月演目をする予定で、夢の中で私は何度も学生をする。このふたつは不確かだったが、今回のフラペチーノを飲まないことは確定した。
次に目指すことは、とある画家の展覧会に行くことだ。一人で行ってアイディアを貰いたい。期待に胸を膨らませて、今月の予定を確認した。
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