なんなの。まじ信じらんない! ここまできて、その鈍感ありえる⁉︎ もう病気でしょ! 


「久我のバカ‥‥‥」


 バレたくないとは思っていたけれど、ここまできてバレないとそれはそれでムカついてくる。

 だって、要するに久我はあたしのこと興味ないってことじゃん‥‥‥。


 恋愛対象として見てないから、自動的に自分のことを排除してるわけでしょ。あたしのことは歳の近い兄妹とでも思っているんだと思う。ホント、ムカついてくる。


 あたしはひとしきりクッションをペチペチ殴り八つ当たりした後、部屋を後にすることにした。

 笹に吊るした短冊を回収しに行くためだ。久我があたしに興味ないのはもうわかった。潔く諦めよう。


 告白せずに久我の気持ちを知れたと思えば、ラッキーとも言える。これで、少なくともこれまで通り幼馴染のままでいられるんだから。


 あたしは一度大きくため息を吐くと、商店街へと向かった。



 商店街に着くと、人気は少なくなっており閑散としていた。もう、十七時過ぎてるしね。子供たちは家に帰っている頃合い、今から短冊にお願いを書く人は少ないのだろう。


 これなら短冊の回収も容易だと思い、あたしは早速行動を始める。‥‥‥と、その時だった。


「‥‥‥伊波」


 背後からあたしを呼ぶ声がした。

 反射的に振り返ると、そこには幼馴染の姿があった。


「あ、こ、これは‥‥‥っ」


『幼馴染の恋人になりたい』とあたしの字で書かれた短冊を、咄嗟に後ろ手に回す。

 久我は、あたしの元へと歩み寄ると、小首を傾げて訊いてきた。


「それ回収するのか?」

「別に、久我には関係ないでしょ。てか、なんでいるのよ?」

「ちょっと考え事してたら、伊波の姿を見つけてさ‥‥‥それより、それ回収するなら俺にくれない? なんかもう短冊無くなってて」

「え‥‥‥あー‥‥‥」


 見れば、さっきはあった短冊の山が無くなっていた。だから、閑散としてるのか。


「でも、もう書けるスペースほとんどないけど」


 短冊の中には空白の部分は残っているけれど、そこにお願い事を書くには少し心許ない気がする。

 大体、久我は『無病息災』とかいう面白味もへったくれもないお願い事を書いてた。なんでまた‥‥‥。


 いや、大量にお願い事書いてたあたしが言えた義理じゃないけれど。


 久我はあたしへと右手を伸ばすと、


「いいんだ。とにかく頂戴それ」

「まぁ‥‥‥いいけど」


 どうせ捨てるだけだし、無理にあたしが持っている必要もない。言われるがまま、短冊を渡す。

 と、久我は長机に置いてあるマジックペンを手に取った。


 これからなにを書き足すのか、つい興味がいってあたしも近くでそれを眺めることにした。


「なにお願いするの?」


 あたしの質問には答えないまま、久我は左下に自分の名前を書く。その行動が理解できず、あたしは頭上に疑問符を立てていた。


「なにしてるの?」

「願い事は既に書いてあるからな」

「は?」

「だから、俺も幼馴染と恋人になりたいってこと」


 一瞬、意味が分からずボーッとしてしまう。


 徐々に頬が熱くなる感覚に、あたしは狼狽した。

 久我はあたしに向き直ると、短冊を手渡してくる。


「これ、飾っといてくれない?」


 あたしは短冊を受け取る。けれど、すぐに笹に吊るすことはしない。頬を指で掻きつつ、ジトっとした目で久我を睨む。


「回りくどくない?」

「うぐっ‥‥‥それ言うか? まぁ俺もなんか変なことしてるなとは思ってたけど‥‥‥」


 あたしの指摘に、久我は苦い顔をして喉を鳴らす。

 と、小さく咳払いをしてあたしに向き直った。


「付き合ってくれ伊波」

「‥‥‥っ、こ、今度はいきなりすぎる! あ、あたしの心の準備できてないってば!」

「いや、告白とかしたことないんだから、わかんねーって。文句言うなよ。‥‥‥それより、返事は?」


 真っ直ぐ目を見つめられ、告白の返事の催促をされる。あたしの人生史上、今ほど胸が高鳴っている時はない気がする。


 心臓の脈を打つ音が聞こえる。あたしは、胸の奥から身体を熱くすると、マジックペンを手に取った。

 短冊に書かれた久我の名前の隣に、あたしの名前も付け加える。


「‥‥‥こ、これが答え」

「どういうこと?」

「は? この期に及んでまだ鈍か──」

「冗談。‥‥‥じゃ、今から伊波、俺のカノジョな」


 あたしは喉を詰まらせ、呆気に取られる。

 久我があたしの背中に手を回し、優しく抱きしめてきた。


 好きな男の子の体温や声を、こんなに身近に感じたのは初めてで‥‥‥あたしは、更に熱をあげた。


 七夕なんて、ただのイベントだと思っていたけれど、本当に願い事が叶うこともあるんだ。

 あたしは、頬をだらしなく緩ませながら、初めて出来た彼氏の胸元に顔を埋めるのだった。


〈完〉

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七夕の日に「幼馴染と恋人になりたい」と書かれた短冊を見つけたのだが、その筆跡がどう考えても俺の幼馴染な件 ヨルノソラ/朝陽千早 @jagyj

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