第15話 なんかあっさり転生したように感じるかもしれないが、俺たちはすごく長い時間一緒にいたんだ文句あるか? というわけで、転生後の世界へGO!

最後に、いや最期か? にミルクの声が聞こえてくる。




「そんな過去へ行っちゃ……やだ、やだ」




 過去?




 俺は今ミルクと離れた時間に飛ばされているのか?


 ミルクも転生したことはないだろうに、なぜ俺が自分より過去に飛ばされているのが分かるのだろう?




 まあ、死者の願いを聞くために時間を止める死神のことだ。


 時間の扱いには単なる死者である俺より一日の長があるのだろう。




 なんて冷静に分析している場合か。




 俺はヘブンズドアをくぐった先のとんでもない引力に引き込まれて、手を離してしまいミルクとも離れて、どことも分からない場所へ飛ばされていく。


 どっちが上で、どっちが下なのか。


 どっちが奥で、どっちが扉側なのか、それすらも分からなくなっていく。




 ただ、分かるのはミルクとはどんどん離れて行っているということだ。




 なんということだろう。


 俺は一体、何に転生させられるんだ?


 俺は一体、いつに転生させられるんだ?




 ファンタジー世界で、チート的な能力を使って、剣で魔物をバッタバッタとなぎ倒し、隣ではミルクが補助魔法を使ってくれ、俺が傷ついたら回復させてくれ。


 二人は恋人兼相棒。


 なのに、その二人の恋を邪魔するこれまた美少女がわらわらと出てきて。


 俺とミルクはそのたびに喧嘩したりするのだが、事件が片付けば、またすぐに元の鞘。




 そんな、誰もが憧れる、夢のバトルものなラノベの世界へ転生するんじゃないのか?


 俺は、一体何になるんだ?




 スライムでもコボルトでもいい。


 せめてなにか意志を持っていて動きがとれるものに転生させてくれ。




 そんなことを思っているうちにチカバマサヒコとしての意識が消え始める。


 俺は必死で自分をかき集めようと、もう動きもしない手を動かそうとした。




 そして、記憶も消えだした。




 俺は、誰のことを考えながら、あのドアをくぐった?


 ドアって何だ?


 俺はどこから来た?




 俺は、誰だ?


 俺は、何だ?




 俺って、何だ?




 ああ、消えた。完全に。




 けれども、消えたはずの「心」に、やった一つだけ、焼き付いているものがあった。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




 わたしは真新しい制服に袖を通すと。




 くるん。




 と鏡の前で一回転してみた。


 おろしたてのスカートが丸で傘が開くように、パッと広がる。




 別に自室で、起き抜けで、周りに誰もいないので親にも遠慮する必要はない。




 わたしの名前は「川奈みく」。


 ごく普通のサラリーマン、川奈明と、その奥さん、川奈かおりの間に生まれた一人娘の、今日から高校一年生になる女の子!


 ごく普通の私立、日比野高校に今日から通うことになってる。




 高校生になったら、彼氏とかできたりするのかなと、ちょっと不純な気持ちも抱いちゃってる何の変哲もない新高校生です。




「って、いつまでもやってる場合じゃないよ」




 わたしは机の上に置いておいたおニューのカチューシャを頭に載せて、自室のドアを開けてキッチンに向かう。




 お父さん、お母さんに挨拶し、朝食のトーストを食べ終えて、コーヒーを飲み終える。




「みくも高校生か、なんかこう、感無量だな」




 新聞を読んでいたお父さんが不意にそんなことを言う。




「そりゃあ、生きていれば少しずつ大きくなっていくわよ。そんなこと言ってるとあっという間にお嫁さんに行っちゃったりして」


「ぶっ!」




 お父さんがお母さんの台詞に新聞に頭を突っ込む。わたしも噴き出した。




「お嫁さんとか、気が早すぎるよ。彼氏すらできたことないのに」


「知ってるわよそれくらい」


「あああ、みく。できれば彼氏なんて作らないでくれ。できれば一生嫁にも行かないで」


「さすがにそれはヤダ。高校で素敵な彼が欲しいもん」




 そう言ってやるとお父さんは絶望顔になって、




「この世で一番好きな男の人はお父さんだって言ってくれたあの頃のみくはもういないのか……」


「アハハ、さすがに入学式から遅刻したくないから、もう歯磨いて出るね」




 わたしは時間に余裕を持って、入学式で素敵な男の子と出会えたりしないか念のため、普段よりきっちりと歯を磨いた。


 そして。




 玄関でおろしたてのローファーに足を突っ込み、両親に元気に、




「いってきまああああす!」




 と挨拶して家を出ていく。




 そういえば、主人公の女子高生が元気に「いってきまああああす!」と言おうとしたらトラックに轢かれて死ぬアニメが昔なかっただろうか。


 たしかあの作品ではゾンビになって生き返ってアイドルをやるんだったか。




 それにしても、本当に、トラックに轢かれて死ぬとか、マジで嫌だ。


 何故だろう。


 轢かれた経験があるわけでもないのに、わたしは交通事故というものを非常に恐れながら生きてきた。




 ニュースとかで交通事故で誰かが死んだとかいう話を聞くと、「ビクッ」となってしまう。


 まさか魂にでも恐怖が刻まれているのだろうか。




 さておき、わたしはトラックに轢かれることもなく、無事に家を出ると歩き始めた。




 わたしの住む、日比野町は田舎と都会のちょうど間くらいの町で、豊かな自然が残されている。




 今日は入学式の四月四日。




 絶好の花見シーズン真っ只中だ。


 近所の桜も満開で、まるで桜でできたトンネルをくぐるかのような気分で新品の鞄をぶんぶん振りながら元気いっぱいに歩いて行くわたし。




 特に今年の桜は見事で、家の近所は何かに祝福でもされたかの如く満開を極めている。


 家を早めに出たので、わたしは車に気を付けながら、すれ違う桜の樹一本一本に挨拶していくような気分で歩いて行った。




 それはもう、素敵な時間で。




 あれ?


 こんな素敵な時間を過ごしているのに、独りでいることが不自然な気がする。




 わたし、なにか素敵な気持ちでいるとき、いつも隣に誰かいなかったっけ?


 彼氏も、兄すらいないのに、そんな不思議な気持ちを抱いてしまう。




 そんな、ひどく不自然で、不可思議な気持ちを感じながら、わたしこと、川奈みくは今日から通う高校までの道を歩いていたのでした。




 と。




 通学路に小さな神社を見つけた。




「こんなところに神社なんてあったっけ……?」




 ふと見つけたのは、本当に小さな神社で、あるのは賽銭箱と、その賽銭箱を見下ろすように生えているやたら大きな桜の樹が一本きり。




 その桜は、周りの桜が満開だというのに、まだ七分咲きといったところで、なぜか、今日のために慌てて咲いたような、そんな印象を受けた。




 あれ……?




 わたし、なんでこんなにこの桜の樹に見とれてるんだろう。


 まるで、この桜、わたしだけのために咲いてくれてるみたい……。




 やだなぁ。


 そんなわけないのに。




 けど、その桜は今日という日を待ち侘びたかのように、わたしを見下ろしている気がして。




 樹齢は何年くらいなんだろう。


 少なくとも、わたしよりは長生きしているよね?




 え?


 なんで、わたし、樹と自分の年齢比べてるの?


 変なの。




 わたしは自分があまりにこの一本の樹に見とれてしまっていたので、思わず左腕の時計を見てしまった。


 まさか入学式の時間過ぎるほどぼーっとしてたわけじゃないよね?




 確認してみると、入学式の時間まではあと三十分。


 ゆっくり歩いてもここから学校までは十分ほど。




 全然大丈夫だった。




(俺が、お前に迷惑をかけるわけがないだろう)




「え? 誰か何か言った?」




 急に声が聞こえた気がしたので、わたしは慌てて周りを見回し、声に出してしまった。




(はあ……、空耳かあ。別に昨日はよく寝られたんだけどなあ、疲れてるのかな)




 それにしても、この一本桜。きれいだ。


 満開なわけでもないのに、他の桜より一際きれいに見える。




 わたしはそっと、その樹に触れる。


 あったかい。




(あなた、あったかいのね)




 わたしは何故かそんな感想を抱き、樹に心の中で話しかけてさえいた。




と、そこで、この樹に相合傘が彫ってあるのに気が付いた。


文字は掠れ、なんて名前が彫ってあったのかは判別がつかなかったけど、それは紛れもなく、相合傘だと、なぜかわたしには判った。




そして、わたしは時間いっぱいまで、その相合傘に名前を書かれた二人が幸せに過ごしていることを願わずにはいられないのだった。




(あ、まずい、そろそろ遅刻しちゃう)




 親友の理絵と「早めに学校に行ってクラスが一緒か確認しよう」と約束していたんだった。




「ごめんね。樹さん。また帰りに寄るから」




 わたしは何を礼儀正しく、樹に挨拶してるんだろう?




(いつでも来てくれればいいさ)




 そんな返事が聞こえた気がしたのも、気のせいに違いない。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




 俺はただひたすらに“あの子”がもう一度自分の元へ来てくれるのを待った。




 動けもしない。


 声も出ない。


 目も見えない。


 耳も聞こえない。


 そもそも、そんな器官はない。




 ただ、彼女とは気持ちが通じている、そんな気がした。




 所詮、樹に過ぎない俺にできることなど、一年の間の一時期だけ、花を咲かせて、心を潤わせるしかできないというのに。




 だけど、俺は、紛れもなく、彼女と逢えて、「幸せ」だったのだ。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




 わたしは入学式が午前で終わると、理絵の誘いを断ってすぐにあの神社の樹の元へ向かった。




 残念なことに理絵とは同じクラスにはなれなかった。けど、不幸中の幸いというか、隣のクラスだ。中学からの付き合いだけど、忘れた教科書を借りたりする分には困らないだろう。なんたって、理絵は優等生だからな。




 そんな、今後三年間お世話になりそうな親友の遊びの誘いまで断って、わたしは一目散にあの樹の下まで戻ってきた。




 神社には誰もいなかった。


 このとき、なぜか私の心には「二人きり」という言葉が浮かんでいた。




 一本桜は相変わらず、七分咲き程度だった。




 でも、わたしは相変わらず、この桜をきれいだと思った。


 都市伝説で「桜がきれいに見えるのは下に死体が埋まっているからだ」なんていうけど……、まさかね。




 けど、仮にこの桜の下に誰かが埋まっている人がいるんだとしたら、その人はどんな人なんだろう?


 優しい人かなあ?


 カッコいい人かなあ?




 あれ?


 どうして、わたし、男の人で想定しちゃってるんだろう?




 わたしはもう一回、この桜の樹に手を触れてみる。




(不思議だね。ずっと前から近所に生えてたはずなのに。わたし、それより前からずっとあなたのこと知ってる気がする)




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




 あの子が、いる。




 俺に触れてくれている。


 何か、何かしてあげたい。




 幹でもいい。


 枝でも、何だったら根でもいい。


 どこか、どこか、彼女のために、俺の体よ、動いてくれ……。




 俺は祈った。


 誰に?




 神に? いや違う、俺は神なんていないと知っているはずだ。




 動け!


 どこか動け!




 彼女に、彼女に、伝えるんだ!




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




 わたしは樹から手を離し、もう一度見上げた。




 相変わらずの七分咲き。


 だけど、そこでわたしは奇跡を目の当たりにした。




 わたしが見上げた瞬間、まだつぼみだった花たちが一斉に咲き始めたのだ。


 それはさながら狂い咲き。わたしのためだけに咲いてくれたよう。




 そして、もう一つ奇跡が起きた。




(今度は、おばあちゃんになるまで……生きてくれ。それまで、見守るから……)




 樹が、彼が、間違いなくそう言ってくれたのだ。






「臨死状態で死神美少女に出会ったら、転生どころじゃなく恋しちゃいました!?」 完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「臨死状態で死神美少女に出会ったら転生するんじゃなく、恋しちゃいました!?」 天野 珊瑚 @amanosango

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ