第14話 ついに告白! 果たしてミルクの返事は……?
俺は、本当に、勢い余って、つい告っちまっていた。
「ミルク……、好きだ」
「真彦さん……」
「できれば、付き合いたい。俺の、彼女になって欲しい」
生まれて初めて、死んで初めて、俺は女の子に告白した。
すでに止まっているはずの心臓がバクバクいう。
ミルクは、黙って、俺の顔を見上げたままだ。
そして、長い沈黙の後、待ち望んだ返事が返ってくる。
「わたしも、わたしもっ、真彦さんが、好きです。大好きです」
や、やった、やったぞ! うまくいった! 念願の俺の告白は成功したんだ。
しかし、ミルクは続ける。
「好きです……けど、この自分の気持ちが何なのか、今はまだよく分からないんです。男女としての好きなのか、責任感なのか……」
やばい、これは、振られるときの常套句ではないか。
「きっと、男女としての好き……なんだと思います。だけど、自分の中にそんな感情が残っているのが不思議で……、死者としてありえなくて。真彦さんはわたしのどこをどうして、何故好きになってくださったんですか?」
どこをどうして、何故、だって?
そりゃあ、可愛い顔も、臆病なところも礼儀正しいところも、俺のために尽くしてくれるところも、なにより、俺はこんなに長い時間女の子といたことがなくて……。一緒にいればいるほど好きになっていって……。
これは、死者としてそんなに不自然なことなのか?
死者に恋する権利はないのか?
俺は今考えたありのままの気持ちをミルクに告げた。
すると、ミルクは心底驚いた顔になった。
「真彦さん、わたし、真彦さんがわたしを想ってくれるのはまだ死んで間もないが故のちょっとした気の迷いみたいなものなんだと思ってたんです。だから、いずれ、そういう感情もなくなって、わたしたちはただの死神と死者になって……だけど」
そこでミルクは初めて出逢ったときのように、瞳からぽろぽろと涙をこぼし始めた。
「いつか、真彦さんからそういう感情が消えるんだって、そう思うと、怖くて、怖くて……、わたし……」
「ミルク、俺は、俺の心からミルクを想う気持ちが消えたりはしないよ、約束する」
世界のどんなことよりも、強い確信を持って、俺はミルクに告げた。
「たしかに死んでから、性欲は消え失せてるかもしれない。ミルクに対して、ヤりたいとか、そういう気持ちは一切湧かない。けどな、心が、気持ちがミルクを求めてるんだ。『一緒に居たい』って」
それを聞くとミルクは感極まったように叫んだ。
「だったら! もっとデートしてください!
もっともっといろんなところに一緒に行ってください!
キスしてください! 腕組んでください! 抱きしめてください!
一緒に転生してください! 転生してからも一緒に居てください!」
すごいことを一気にまくし立て、ミルクは地面にへたり込んでまた「わー」と泣き始めた。
あまり数のいない通行人が何事かとこちらを見てくるが、構いはしない。
しかし驚いた。
ミルクがまさかここまで俺を想ってくれていたとは。
俺にしてみれば四年前にほんの数十分ほど、あの坂道で話して、それから病室でまた数分話して、そして昨日やっとミルクのことを思い出せて話せて、今日一日デートしただけなのだ。
しかし、ミルクの方は四年間ずっと俺のことを想ってくれていたのだろう。
どこが好きなのか聞きたいのはこっちの方だ。
こんな冴えない男を会えもしない長い間想ってくれて。
しかも、転生しても一緒に居たいとか。俺は三国一の幸せ者だ。
にもかかわらず、俺は悪魔の誘惑に負けそうになり、自己嫌悪で胸が一杯になる。
それにしても、「転生」か。
ラノベを読んで憧れた転生だが、ミルクとなら一緒に転生してもいい気がする。
そうすれば、少なくとも「近場真彦」は二度と浮気しかけることもない。
俺は漫画の入った手提げかばんを地面に放り出し、ミルクを抱き起こした。
「ああ。ああ。もっと一緒にいろんなところに行こう。もっといろんなことをしよう。
転生も二人一緒に。転生先でも一緒にいられるように願いながら転生しよう、な?」
ありったけの力をこめて、抱きしめる。
恋愛の概念がないらしい天界において、この二人の光景はさぞ、稀有に、いや奇異に映ったのだろう。
だが、構うものか。
俺はミルクが好きで。
ミルクも俺が好きで。
それ以上何が要る?
「真彦さん、それじゃあ……」
と、ミルクが俺から体を離す。
そして、どこから取り出したのか、ドクロの仮面を被り、真っ黒いフードに身を包んだ。
「これで、これから仕事をする中で真彦さんと同じ事を願う人はいなくなると思います」
どういう理屈か、ドクロの奥のミルクの口からそんな野太い声が発せられる。
「わたしなりの、浮気防止ですよ。ふふふ……」
低い声のまま、死神が言う。
俺は、前に自分で言ったこととはいえ、死神が死神然とした姿をしているのは少し怖いと思ってしまった。
まあミルクは可愛いからな。
俺のようにミルクに恋をする死者など男ならこれからアホほど現れるだろう。たしかに顔を隠し、声を変えるのはいい手だ。
それにしてもミルクってやっぱり死神なんだな。
そしてその死神が俺の彼女なんだな。
最高じゃないか。死神が彼女で、死神と転生をする約束をして。
しかもこうして浮気防止まで考えてくれてる。
やはり、ここは天国だ。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
それから十三年後……。
安息日のデートからの帰り道、二人が永遠の愛を誓った場所で、ミルクは唐突に切り出した。
「真彦さん、そろそろわたしたち、転生しませんか?」
「そうだな……。俺らもいい加減、熟年夫婦感出てきたよな」
俺は図書館の職員をして貯めた「徳」で自前のノートパソコンを手に入れ、暇つぶしには事欠かなくなっていた。
また、転生後、なんに生まれ変わるかは死後に積んだ「徳」次第だというので図書館の職員の仕事は続けていた。
ミルクの死神としての仕事は順調なようで、うまく死者の死前の願いを聞いて、叶えてから魂を抜き取り、死神としても板についてきたと、大分前の安息日に会った時には言っていた。
ミルクの方の「徳」も充分積み上がったことだろう。
二人は安息日には、美容院、ゲームショップ、公園、もちろん図書館にも、あるいはただ空を飛ぶなど、色々なところへデートに出かけるようになっていた。
しかし、それも昼夜がなく睡眠時間も必要ない天界のこと。さすがに一緒にやることにもパターンが尽きてきた。
俺の趣味は相変わらず漫画とアニメとラノベだったが、図書館の仕事の合間に読んだり観たりするだけでそろそろ食傷気味になってきたのだ。
ちなみに、俺のひいじいさんは「小説も読み飽きた」と言ってさっさと転生してしまった。
だからミルクと二人で暮すこともできたのだが、俺はひいばあさんのところの方に厄介になっていた。
ひいばあさんの針仕事の集中力はたいしたもので、ほうっておくと何日でも服を作ったりして過ごしている。ちなみにミルクとのデート先に「服屋」がなかったのは希望すればどんな服でもひいばあさんが作ってくれるからだ。
特にミルクの服を作るときは嬉しそうで、まるで本物のひ孫のように可愛がってくれた。
ついでに、そのひいばあさんの娘たる、俺の祖母さんが俺がミルクと過ごしている十三年の間に病気で死んでこっちに来た。
こっちのばあさんもミルクを大層気に入ってくれて、俺との結婚式が見られなかったのが残念だとしきりに言っていた。
だから、ミルクが「転生しよう」と言い出したとき、天界へのわずかな未練はひいばあさんとばあさんを置いていくことくらいなものだったのだが。
後日、二人で相談して決めたことを告げたら、俺たちが転生したら、後を追ってひいばあさんもばあさんも転生するとのこと。それなら安心だ。
ちなみにミルクのじいさんも、「ミルクがいなくなったら死に甲斐がなくなる」などと言って転生する気のようだ。
さておき、二人の身の回りの整理の話はこれくらいにして。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
とうとう俺たちが転生しようと決めた日が来た。
転生。
他の世界でどのような意味を持っているかはおいといて、この世界では二回目の「死」であり、新たな「誕生」でもある。
無論転生後は、現世での記憶は勿論、死後の記憶も持ち越せない。
正真正銘、ミルクとはこれでお別れだ。
が、それを本当のお別れにしない奇跡を願って一緒に転生すると、昔々から決めていたのだ。
『転生の炉』という施設は実は天界からでも地獄からでも行くことができる。
ヘブンズドアと呼ばれる、ただ真っ白な道がずっと続いている先にあるドアの先にあり、死者が訪れることができるのは転生のときだけである。
その真っ白な道への入り口が天界にも地獄にもあるのだ。ただし、地獄からの場合は悪人ばかりが行くため、とても短く、入ったらすぐ転生、というレベルらしい。
ミルクが言うには天界からヘブンズドアに行くまでの道がやたら長いのは、転生しようと歩いている最中にやはり天界に未練ができて引き返したくなる者のため、らしい。
正直、俺も歩いている最中、何度も戻りたくなった。しかし、左手に繋いだミルクの右手のぬくもりを感じるたび、やはり転生先でもう一度逢いたいという願いに後押しされて、何もない白い道をただ進んだのだ。
ついに、ヘブンズドアの前に、俺とミルクは二人連れ立ってやってきた。主だった相手にはすでに挨拶を済ませてきたので、後は『転生の炉』とやらに行き、転生するだけだ。
次に生まれるとき、俺はいったい何になるのだろう?
人間だろうか? 動物だろうか?
よしんばミルクともう一度逢えて、恋仲になれる可能性など、芥に等しいのではなかろうか。そんな恐怖が俺の足を止めさせる。
だがミルクは信じている。再び逢えることを。
ならば、俺も信じなくては。
もしかしたら、同性かもしれない。
そのときは友情を育もうな、ミルク。
もしかしたら、家族かもしれない。
そのときは仲良くしような、ミルク。
そして、十三年、いや、十七年、色褪せなかった証として、俺はもう一回、言った。
「ミルク……、好きだ」
「わたしもです、真彦さん」
そう言って、俺たちはヘブンズドアのノブに手をかけた。
吸い込まれる――!
俺たちはたちまちドアの奥へ吸い込まれ、そして、あまりの吸引力に屈し、手を離してしまった。
「真彦さん!」
ミルクの声が聞こえる。
離れていく。二人は時空を離れていく。
「やだ……! やだ! そんな過去にいっちゃ、やだ……」
それが、俺が転生前に聞こえた、最後の言葉だった。
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