第13話 番外編 地獄で罰を受けている最中のララファの様子

その頭にそり込みの入った、いかにもヤクザという風体の男はララファを見るなりこう言った。




「おんどりゃあ、クソアマ。ふざけてけつかると、しまいにゃ犯すぞコルァ!」


「ふーむ、天使に『犯す』とか反省の色なし。煉獄に二年の刑が妥当かしらねえ」


「なんじゃその格好は! これから結婚でもする気かぁ!? いつまでもいちびっとると痛い目見るぞああん!?」




「痛い目なんて死人にあわせようがあるかボケェ! こちとら天使様やぞ、誰に向かって口きいてるか分かっとるんかダボがぁ!」




 相手に合わせてつい汚い言葉が口をついて出てしまう。


 いけないわ。


 いくら今は悪魔の業務で悪魔の仕事をしているとはいえ、心まで悪魔になり切ってはいけない。




 あ・く・ま・で天使の私は天使らしく優雅かつ華麗に振舞わなくては。




 しかし、さっきの一言、生前ヤクザだったこの男にはそうそうカチンと来てしまったらしく、


「このアマ、ここはどこなんや! はよ元の場所に戻さんかい! わしは児碁倶組のもんやぞ、いつまでもふざけてけつかってたらわしの組が黙ってへんぞおらぁ!」


 どうやら自分が死んだことも気付かず、まだ生きているであろう所属する組の組員とやらが自分から助けてくれると思っているらしい。




「じゃっかあしゃ! 私は今機嫌最悪なのよ! いちいち死人の戯言に耳貸しておれるかつーの! 罪状、殺人・暴行! 現世の法律多数違反!」




 ララファはまたつい汚い言葉で罵倒しつつ、目の前のヤクザにサンダル(天使の特別製なので死人にもダメージが入る)でドロップキックをかまして地獄へ叩き落としつつ、自分の機嫌が最悪な理由を反芻した。




 そう、あの悪魔のサナタンがものの見事に近場真彦を誘惑するのを失敗しやがったからだ。あの餓鬼っぽさと、男から見たら、さぞ庇護欲をそそるであろう性格。もう数秒、ミルクの小娘が遅く着いていたら成功していただろうに、全くもって腹が立つ。




 そして、自分は知らぬ存ぜぬを決め込むために、今日日本でなんかの抗争で死んだとかいうヤクザの下っ端を地獄へしょっ引く任務に就いていたのだった。しょっ引くどころかたった今突き落としてしまったが。


 思い出したらまた腹が立ってきた。なぜあのカマトト死神のせいでこのエリート天使たる私、ララファが現世と地獄を仲立ちする悪魔なぞの仕事をしなければならないのか。


 しかも、最初の仕事の相手のガラがわっるいこと。どうせ悪い人の相手をするならもっと邪悪な美学でもってこちらを魅了するような素敵な悪役が良かったのに、こんなチンピラでは全く持って仕事にやりがいを感じられない。




 とにかく、締め方は置いといて、仕事をやり終えたララファは戻りたくもない地獄への帰路についたのだった。




 と、地獄の閻魔庁の陰気な廊下に降り立った途端、自分目がけて走ってくる影があった。




「ひどいですよー。天使さーん! あたしあなたの言われた通りにしただけなのに突然いなくなるなんてぇ」




 まずい。


 サナタンだ。こいつと自分は一切関係がなく、話したこともなければ顔もお互い知らないという体で済ませなければならない。




 となれば、やることは一つ。


 ぷい、とララファは後ろを向いて無視を決め込んだ。




「天使さん! こっち向いて何か言ってくださいよ! あたしはあなたの言うことを聞いて!」


「ああもう! 天使が珍しいからってまとわりついてこないで欲しいものですわ!」




 こう言っておけば、周りにはただ、悪魔の中に天使がいるから物珍しさで関わろうとしているとしか映らないだろう。


 すると、サナタンは近場真彦にもそうしていたように目に涙を溜めてこっちをじっと見つめてきた。が、ララファの心はそんな程度ではびくともしない。




「どういう目的か知りませんけど、私だって好きでここでいるわけじゃありませんの。どうか構わないでおいて頂けます?」




 そう言ってまだ何か言おうとしているサナタンを置いてスタスタと歩いて行く。


 周りの「何事か」という視線も次第に外れていき、ララファは解放された。




(それにしても、地獄に天使がいると目立つのは確かですわね。かといってあのセンスの悪い血みたいな色の悪魔の制服を身につけるのも嫌ですし)




 ちなみに誰に訊かれるでもないからここに書き記しておくと、ララファはイタリア生まれのイタリア育ちだ。


 ついでに死んだのもイタリアだ。それなりに幸せな生だったらしく、天使が迎えに来た。


 紅色のグラデーションになっている髪は天使になってから天界の美容院で「徳」を払って染めたもので、生まれついての髪色は金髪だ。




 そんなどうでもいいことを考えながらララファは天使の服装で、天使の身分のまま、悪魔だらけの地獄でなにか楽しみを得られる手段がないか考えていた。


 あのミルクの邪魔をしようとしにかかるのは、一度ならず二度までもそれでミカ天使長の不興を買ったのだ。あの姉をもう一回怒らせることは自殺、いや虫けらにでも転生させられる愚を自ら犯すに等しい。




 そのとき、偉大なる姉たるミカ天使長の美顔を思い出しながら、ふとララファには妙案が浮かんだ。


 美人、スタイルよし、白いイメージ、背中の羽根。




(これだ! 天使のまま、地獄にいて、悪人を現世に迎えに行く仕事で楽しくストレスを解消する方法!)






 ある日、ララファは罪状、婦女への結婚詐欺多数、恋愛での詐称行為無数、倒錯淫行行為、数え切れずで地獄へ落とされる男を召喚する仕事を言い渡された。


(お。テストにぴったり)


 書類を読んだララファは、さっそく、思いついた嫌がらせを実行に移すことにした。




 まずは現世までその男を迎えに行ったらいきなりこんなことを言われた。




「ああ、僕は死んだのかい? そこのマドモアゼル」




 なるほど、確かに顔はいい。


 性欲など死と同時に無くしてしまったララファだったが、人間の顔の美醜くらいの判別はつく。この男の顔なら、世の多数の女性がなびくのも分からなくもない。


 何かの事故に巻き込まれたらしく、また魂と肉体の紐が繋がっていたので、ララファは容赦なくタクトでその紐を断ち切ってやった。




「ええ。あなたはたった今死にました。ちなみに私はマドモアゼルではありません」




 マドモアゼルとは二十歳未満の女性に使う言葉である。享年の時点で二十歳を過ぎているうえに、死んでからさらに時間が過ぎている自分にその呼び方は相応しくない。




「おや、そうか、じゃあフロイラインと呼べばいいんだね」




(こいつ何人なのよ……? って、そんなことはどうでもいいか)




「私は天使のララファ。あなたを迎えに天界から降りてきましたわ」


「おお。ユーアーエンジェルだったんだね。エンジェルララファ」




「ええ、あなたは生前大変徳を積み、天界への門が開かれました」




 ここで、ララファは言うのを楽しみにしていた台詞を吐いた。


 当然、真っ赤な嘘である。


 この男がこれから連れていかれるのは紛れもない地獄。煉獄で魂を浄化するためにありとあらゆる責め苦に遭い、徳を積むことを許されず、転生の炉に放り込まれる。




「ああ、やっぱりそうだったんだ! 君みたいな美しい天使が迎えに来てくれたから絶対に僕は天国行きだと思っていたんだよ、ハハハ」




 男は気をよくして笑う。


 当然だろう。こんな白一色のドレスに身を包んだ、背中に白い羽根まで生やした天使が死後舞い降りてくれば、自分は間違いなく天国に連れて行ってもらえると思うに違いない。




「さあ、参りましょう。天の国へ」




 ララファは男に手を差し出す。男は何の疑いもなく、ララファの手を握り返してきた。若干力が入り過ぎているくらいだ。別に痛みはないが意味もなく強くこちらの手を握るのはやめて欲しい。




 これも、天使たる自分の魅力のなせるものか。




 天界へ向かうと言いながら、ゆっくりと下へ降りていくララファと男。


 ちなみに天界へ向かう場合は上へ向かう。




 そして、地獄の門へ辿り着く。




 げし。


 ララファはそのタイミングで、男の手を放し、素足に履いたサンダルで背中を蹴ってやった。




「がはっ!」


「いってらっしゃいませ~」


「え、ええ!? ここが天国の門!?」




 煉獄の獄卒である鬼が見つめる中、持っていたイメージとのあまりの違いにあたふたし始める男。


 その様子を空へ昇りながら見つめ、ララファは、


「バーカ! あんたみたいな悪人が天国行きなわけないでしょ。少しでも救いがあると思ったの? 私と手を繋げたことを最期の思い出にしながら、煉獄でたっぷりと反省するといいわ」




 ララファは女を騙し続けた男を煉獄へ叩き落とし、思った以上にスカッとした気持ちを味わっていた。


 こんなに気持ちのいいものだとは。




 やっている相手がそもそも悪人だし、閻魔庁からも、もちろん天使庁からもなにもお咎めを受ける筋合いはない。




 ララファはそれ以来、味を占め、冒頭に出てきたような悪人でも、自分の容姿を利用して一度は天国へ連れていってやるような素振りを見せることが快感になっていった。




 そうやって過ごすうちに、ララファの懲罰期間はとうに過ぎ去っていた――。




(今日は、新興宗教を騙って、信者から巻き上げてた女ねえ。ククク、騙しがいがありそうだこと……)




 今日の悪人リストを見ながら、すっかり楽しくなった仕事をこなそうとララファは今日もいつものをやろうとしていた。




 すると、思わないところから邪魔が入った。


 閻魔庁の長官、つまり、閻魔長がニヤニヤしながらこんなことを言ってきたのだ。




「ララファくん、君は今日の仕事はいいよ。本来の上司、ミカ殿のところへ行ってくれ」




(げっ)




 声にこそ出さなかったものの、ララファは背筋が凍る思いがした。


 悪人たちを騙し、天界に連れて行くと言いながら煉獄へ落としている悪戯がばれてしまったのだろう。




 これは、実にまずい。


 今よりさらに重い罰を課されるかもしれない。




(……逃げたい)




 本当に心の真底から逃げ出したかった。


 しかし、ミカ天使長のところへ行かないのはもっと罪を上塗りしてしまう。




「は、はひ……」




 かなり遅れて、閻魔長に返事をして、ララファはイヤイヤながら、ミカ天使長のいる天使庁へ出頭する覚悟を決めたのだった。




 いつぶりだろうか。


 天使庁を訪れるのは。




 たしか数か月ぶりになるはずだ。


 地獄にいる間は天使の恰好を活かして悪人どもを天界へ連れて行くと嘯くのが楽しくて楽しくて仕方なかったので、もう一年位経った気がする。久しぶりに会ったので声をかけてくれる同僚もいたが、「あはは……」と愛想笑いをするのがやっとだった。




 妙に長く感じるエレベータで「天使庁 天使長執務室」がある階まで昇り、こわごわながら、金色のドアをノックする。




「て、天使長閣下、ララファでございます……」


「あら~、待ってたわん。入って頂戴」




 予想よりもずっと上機嫌そうなミカ天使長の返事が返ってくる。


 いや、これはきっと怒りが裏返っているのだ。怯え切ったララファにはそうとしか思えなかった。




「失礼しますぅ……ひぃっ」




 相変わらず全裸に白いリボンを巻き付けただけのその姿が目に入った途端、ララファは悲鳴を上げてしまった。




「何をそんなに怖がっているの。今日はあなたにいい話をしてあげるつもりで呼んだのに」


「ほへ?」




 てっきり怒られるものだとばかり思っていたララファは変な声を出してしまった。




「実は、貴女を正式に悪魔として雇いたいって閻魔長から打診があったのよ。どうも、あなたに案内された悪人は他の悪魔が連れてきたのより反省が早いらしくて。悪魔の素質がありありと判断されたわけ。どう? 正式に天使を辞めて悪魔になってみない? 好待遇は約束されてるわよ、栄達よ」




「いや、あの、私はあくまで天使になりたくて天使になったのであってですね……」




「あらお断りするの? もったいないわね~……あなたほど悪魔に向いた子はいないって閻魔長も太鼓判を押してくれていたのに」




(誰が悪魔の素質があるじゃあああああああああああああ!!)




 心中で絶叫して、ララファは相変わらず穏やかな笑みをたたえたミカ天使長を涙目で見返すのだった。


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