第19話 夏休み

夏休みがやってきた。と言っても正直に言うと何も感じない。別に特別な何かがしたいと思わないから。朝起きて勉強して昼飯を食べ、夕方まで勉強した後夕食を食べる。浴室で英単語を暗唱しながら体を洗って、そのまま寝る………前に少しだけ復習をして


これを1ヶ月続ければ夏休み終了。


なんてことない長期休暇。少年のような好奇心はどうやら枯れてしまっているらしい……


というのもまだ早計かもしれない。なんだか回りくどいな


「ねぇ〜見てみて。綺麗だね」


「うん。私久しぶりにプールに来た〜冴織は?」


「私もだけど」


「よし!じゃあ泳ごうか」


「勇斗君、一緒に泳ごうよ」


「ああ」


元々は海に行く予定だったが、行こうとしている場所は人気が高く、今は人が多く集まり過ぎているらしい。それだったら近場のプールでもいいのではということになった。それにここには遊園地が隣接されているため、寧ろ此方の方が良いという話になった。

「さっさとしなさい。まさか貴方……泳げないの?」


「泳げないことはないと思うよ……こう見えて昔水泳を習っていたから」


「へぇ〜そうなんだ。勉強しか興味無さそうな水上君が」


「いやいや。別に勉強以外にだって興味を持つことは……あれ? 」

そういえばあらためて考えると

そうだ。最近の俺は専ら新しいことへの挑戦がない。


勉強さえやっていれば他がどうであれなんとかなると思っていたばかりに、あまり他のことへの興味関心が向かなかった。

新しいことへの挑戦は自分に新鮮な気持ちを思い出させてくれる。


「ほら、」




とは言っても、正直こんなのすぐに飽きてしまうのでは無いかと思うのだが。


(あ……ほら冴織なんて目が死んでる)


最初こそ楽しかったが、やはりただ波のプールに流されたり、滑り台に滑ってるだけでは物足らないな。


とは言っても、あの二人はすごく楽しんでるみたいだし……


「物足らないって顔してるね」


「……そんな顔に出てた?」


考えていることを神杉君に直ぐにバレてしまった。


「神杉君ってなんて言うか、凄く周りのことが見えるんだね」


「よく言われる。周りからの評価は気が利くとかそんな程度だけどね」


「充分すごいと思うけど」


「そうかな……こんなの、何の役にも立たないよ」


そう言った神杉君の目はやけに遠くを見ているようで、どこか自分を過小評価しているような感じがした。


「ほら、そこ二人! あれ行こうよ」


「……あぁ」







「さ〜て、ひと通り周り終わったから、次はあっちだね!」


そう言って彼女らが指さしたのは先程居た施設の隣にある遊園地。ここはプールと遊園地が合わさったような感じの場所で、故に春夏秋冬、いつ来たとしても遊ぶことができる。


「まずは無難にジェットコースターかなぁ」


「ん? 無難ってなんだっけ」


「確かに……無難にジェットコースターは選ばない」


「えぇ! でもここのジェットコースターは国内でも結構有名で、何と最高速度が時速200km!」


「どう? もしかして絶叫系苦手だった?」


「あ〜まぁ……別に乗れないわけじゃないんだけど」

 

「じゃあ行こう。決定!」


そう。ジェットコースターが乗れないわけでは無い……と思う。だが、積極的に乗ろうとは思わない。


確かに擬似的な興奮を与えるのに人間が普段体感していないような空中間の移動は効果的ではあるが…………


(きっと姉さんのせいだ……あんなことがあったから)


と言うのも、姉の方は絶叫系が大好きなのだ。


「そう考えると、以外と女性の方がこういう乗り物が好きなのかもしれないな」


当時僕は中学生1年生。家族で遊園地に行った時の事だ。着いたと思ったら、姉さんがいきなりジェットコースターに行こうと言い出した。基本的に両親は絶叫系に乗らない。

母さんは苦手だから、そして父さんはと言うと……


「子供にかっこ悪い顔を見られたくない」


との事。


そんな父に姉がかけた言葉はとても辛辣だった。

(かっこ悪いのはもう既にみんな知ってるわよ?)

……以降父は頑なに遊園地に行くことを拒んだ。


以外と遊園地にはそう言った乗り物以外にも、お化け屋敷などがあったりもする。



流石に早いんじゃないと言ったが、姉さんは聞く耳を持たず、散々連れ回された。お陰で乗り物が嫌いになってしまった。

何度も乗ったって......耐性はつかなかったし


「水上君行くよ」


「乗り物以外にも、特にアルコール。あれは沢山飲めばそれだけ強くなる物ではなく、体質で既に飲めるか飲めないかは決まっていたはず。それを知らずに無理に飲ませようとすると、その人が大変なことになるかもしれない。まぁアルコールは多分人生において一度も飲まないと思うが」

「……おーい。女子はもう行っちゃったよ」


「わざわざ自身の脳細胞を減らすことに何か意味があるのか? まぁこれは高校生だから否定的な考えを持ってしまっていると言うのも考えられるけど……」



「……行くよ!」


「あっ。ごめん。ちょっと考え事してて気づかなかった」


「……まぁいいけど。偶に声に出てたよ」


「……ごめん」




 「僕は辞めておくよ」

目的地のジェットコースターのある場所に着き、真っ先にそう言い出したのは神杉君。


(そうだよなぁ……コレを見て乗りたいとは思はないよなぁ)


近くで見るとより一層その高さに驚かされる。なんというか、体が、自身の本能が、この乗り物には乗るなと警告を鳴らしている。


「えぇぇなんで?すっごく楽しそうだよ?」


「……はは」


本気で言っている。凄いな、立花さん。


「もう、分かってない!」


「あ、ははは……」


流石にこれには同意しかねるといった様子の愛華。やや苦笑いと言った表情。


「じゃあこの中で乗るのは私と勇斗君だけかぁ〜」


「……ん!? どうして俺が乗ることが確定みたいになってるんだ?」


「だって一人で行ったって全然楽しくないよ。せめて一人ぐらいは一緒に乗って欲しい。それに、勇斗君さっき乗れるって言ってたもんね!」


「あ、いや乗れるけど、別に乗りたいってわけじゃ……」


「……待って! じゃあ私も乗る!」


「え? どうしたの愛華ちゃん。」


「えっと、なんか私も乗りたくなっちゃた? みたいな」


「やった! それじゃあ3人でレッツゴー!」


「えっと、愛華さんが乗るなら2人いるし、俺はパス………出来ませんよね。はい。乗ります」


体感だが、少し、いや結構両足が震えているような気がする。


「愛華は大丈夫なのか?」


「う、うん。大丈夫。それより早く行こ」


そう言うとそそくさと言ってしまった。






「どんどん登ってく。……緊張するね」


「落ちる前にそんな事考えてたら余計怖くなるよ」


「じゃあどうすればいいの?」


どうしたものか。結局乗ってしまったのだからもう避けることは出来ない。恐怖を抑える方法は叫んでみるとか、色々あると思うんだけど、この際どうするのが適切なのか。と言うか……当の俺も他人に気を遣っていられるほどの余裕が無い。


「ま、まぁ大丈夫だよ。あ、あれだった手とか握ってみる?」


「え?」


何となく言ってみただけだったのが、それが意外だったのか、愛華はキョトンとした顔をする。


「じゃあ……お願いします」


そう言って左手を差し出す。


「これでいい?」


俺は右手で愛華の手を強く握りしめる。

ぶっちゃけると俺も怖いのだ。


「う、うん。ありがと、ぅ」


「どうしたの? 顔赤いけど」


「!? 大丈夫だかr」

「勇斗君、愛華ちゃん、来るよ!」


『......』

(......覚悟を決めよう)


「きゃあぁぁぁぁ!」


『.................』


ヤバい。三半規管揺れすぎて声がでない。声が出せないから、余計に………

それに隣の愛華は下を向いたまま必死に恐怖をこらえようとしているようだった。

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ガリ勉メガネから眼鏡と参考書を奪ったら フラット @akaneko0326

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