第180話正気を疑う
机で作業をしていた時と同じように笑みを浮かべて赤羽が足を前に進める。
北條達の隣を通り過ぎ、吸血鬼へと向かう。その背中に思わず北條は手を伸ばした。
「ちょ、赤羽さん、危ないですよ‼」
「そうです、ここは私が——」
「心配してくれるのは嬉しいですけど、今は良いですよ。命令を出すまで休んでいて下さい」
2人の言葉に赤羽は笑顔を浮かべて答え、吸血鬼と数十メートルと距離で止まる。
「吸血鬼なのに待ってくれるんですね」
「親しい者との別れを邪魔するほど無粋ではないぞ」
「よく言いますね。吸血鬼の癖に」
ガチャリ、と赤羽の持っている対吸血鬼用装備が音を立てる。
それを見て吸血鬼が正気を疑うような視線を赤羽に向けた。
「そんな玩具よりもそっちの小娘の方が通用するぞ。使わなくて良いのか?」
「良いんですよ。こっちの方が使い慣れています。それよりも——ご自分の心配をした方が良いですよ」
「何——?」
赤羽がそう口にした瞬間だった。
吸血鬼の腕が飛んだ。
「は?」
吸血鬼が目を丸くする。
何かあったら割り込もうと腰を落としていた北條と結城も、そして逃げ出そうとしていたアリマも動きを止めた。
「正直者ですね。銃を持っているからと言ってそれを使うとは限りませんよ?」
「ッ——」
吸血鬼が距離を詰めようとする。
「あ、そこはやめた方が良いです」
だが、一歩足を動かした時、吸血鬼の足は地面にめり込んだ。
ガクンッと吸血鬼の態勢が大きく崩れ、頭が弾け飛んだ。
頭が弾け飛んでも前に進もうとする吸血鬼。それすらも予期していたかのように今度は足が飛ぶ。
「リンセリク社開発の貫通弾。危険すぎて運用が禁止になるのも納得の威力です」
「ぐおぉおおッ」
銃弾の雨に晒され、動けない吸血鬼が呻き声をあげる。
有り得ない。そんな言葉が北條の頭に過った。
目の前の出来事が夢なのではないか。実は吸血鬼に殺される直前で都合の良い妄想を脳が作り出しているのではないかと疑ってしまう。
「ねぇ北條。これ、現実よね?」
北條の隣にいる結城も同じく目の前の出来事を口を開けて見ていた。
対吸血鬼用装備。文字通り、吸血鬼に対抗するための装備だ。
分かりやすく言えば対吸血鬼用装備のハンドガンが対物ライフル以上の威力を誇る。
人間から見れば恐ろしいもの。しかし、吸血鬼にとってはそうではない。
彼等の五感は鋭く、弾丸を避けるなど造作もないこと。例え、上手く弾丸が当たり腕を飛ばしてもすぐに再生するし、体に穴を開けてもひるまない。彼等の足は止められない。
対吸血鬼用装備を持っていても吸血鬼に敗北することは多い。
レジスタンスの隊員が死んでいるのが良い例だ。
彼等は対吸血鬼用装備を身に着けているのに、北條達に支給されるものよりも性能が良いものを身に着けているのに、吸血鬼と戦って死んでいる。
だから、レジスタンスの中でも誰もが思っていた。
異能持ち以外に中級以上と戦うことは出来ないだろうと。
北條も力ある吸血鬼と戦う時は常に異能に頼ってきた。
だから、それには納得出来た。いつの間にか常識になっていた。
なのに——その常識が今、崩された。
「一体何処から銃撃を……それに、何で銃弾一発で手足を飛ばせるんだ」
赤羽事態は何もしていない。ように見える。
そう見えているだけで実際はしているのか、それとも隠れた仲間が吸血鬼を撃っているのか。北條には分からない。
「ここには1人で来てますよ」
北條の言葉が耳に届いたのは、赤羽は吸血鬼から一切視線を逸らさずに答える。
「結城さんが戦っている最中にですね。色々と細工をしていたんです」
「いつの間に……」
「それに、別に一発で吸血鬼の手足を飛ばしている訳ではありませんよ。手足一本飛ばすのに十発以上の銃弾は撃ってます」
その言葉を聞いて北條の頭の中にクエスチョンマークが浮かび上がる。
「それ、どういう」
「ハハ、これ以上は何処に耳があるか分からないので秘密です」
尤も、それだけじゃないけど——と、北條と結城の耳には届かない声量で赤羽は小さく呟く。
疑問を疑問のまま終わらされた北條達はスッキリしないが、今は問い詰める時ではないと視線を吸血鬼に向ける。
手足を動かそうとすれば、動かす前に銃弾で手足を飛ばされ、頭が再生しないように手足以上に銃弾を撃ち込む。
這ってでも進もうとするならば、地面に埋め込んだ罠が体を地面に縫い付ける。
吸血鬼は満足に動くことが出来ずにいた。
「やっぱりしぶとい。足止めは出来るけど、決定打には欠けるか」
「ガァアアア‼」
「赤羽さん‼」
「無駄ですよ。力技は通じません」
四肢がなくなり、罠で地面に縫い付けられても尚、吸血鬼は力で突破し、赤羽へと迫る。
だが、それは直線的なもの。
赤羽は手に持った銃で正確に吸血鬼の顔面を射抜く。
詰まった距離がまた開く。
赤羽が吸血鬼に対処したことでほっとした北條。しかし、その隙を着くかのように吸血鬼は異能を解放した。
吹き飛びながらも銃弾を浴びていた吸血鬼の姿が消える。
「————」
目視出来る距離という制限はあるが、吸血鬼の動体視力があれば、そんな制限はあってないようなもの。
今回吸血鬼が転移したのはアリマの後ろだった。
吸血鬼の姿が突如なくなったことに目を丸くしているアリマは未だに吸血鬼が後ろに瞬間移動したことに気付いていない。
視界の端で吸血鬼を捉えた北條も結城も間に合わない。距離の離れている赤羽も当然間に合うはずがない。
殺される。血を吸われる。回復される。
北條が駆け出し、結城が異能を解放し、吸血鬼を阻止しようとする。そんな2人を見てアリマは怪訝な表情を浮かべている。
そして、それら全てを見ることが出来る位置にいる赤羽は焦ることもなく、腕に付いた端末を操作した。
次の瞬間、アリマのうなじ部分から爆炎が噴き出た。
「なっ——」
「嘘でしょ⁉」
知人のうなじから炎が出るという事態に北條と結城が驚愕する。アリマは何が起こったのかすら分からずに爆炎の反動でひっくり返っていた。
赤羽が叫ぶ。
「結城さん、追撃‼」
「は、はい‼」
地面に倒れ伏している吸血鬼に結城が
だが、直ぐに吸血鬼は瞬間移動で抜け出した。
周囲に目を配り、吸血鬼を探す。
相手は瞬間移動の異能を持つ吸血鬼。僅かでも発見が遅れたら次の瞬間に牙で、爪で裂かれているのは北條達だ。
北條と結城は全神経を研ぎ澄ます。
その最中、赤羽の声が2人に届く。
「2人共、冷静に」
朝霧のように体に力が入るような声とは違い、力が抜けていくような、冷静になれるような声。
「瞬間移動は確かに脅威です。気配すらなく、死角に移動出来る。正に暗殺するためにある異能です。しかし——出てくる場所が分かっていれば問題ありません」
銃を構えることもなく、周囲を見渡すこともなく、淡々と赤羽は語る。
「どんな強力な異能にもそれを扱う者が生物である限り弱点はある。何を好むのか、何が得意なのか、逆に何が嫌いなのか、何が苦手なのか。相手を良く調べ、知ればその弱点は見えてきます」
「弱点……あの吸血鬼にですか?」
実際に吸血鬼と戦った結城が赤羽に尋ねる。
「はい。先程2人も目にしていますよ」
その言葉を聞き、北條と結城は周囲を警戒しながらも考える。しかし、思い当たる所はない。
答えを待つ時間はないため、赤羽は答えをすぐに口にした。
「答えは——弱い者から狙う、です」
そう口にした瞬間、爆炎が再び上がった。アリマのうなじ部分——ではなく、今度はひしゃげた装甲車の方から。
ドサリ、と北條達の近くに何かが落ちてくる。
黒焦げで殆ど炭になりかけていたそれが吸血鬼だと分かるのは直ぐだった。
「予想外の損害、予想外の事態。これでこの吸血鬼は深く考えるのをやめました。というよりもこれは吸血鬼全体に言えることです。彼等は力で、恐怖であらゆることを成してきた。だから、最後には短絡的な行動に走ることが多い。その証拠に回復する手段として私達の中で最も弱い者——アリマさんを狙った」
赤羽が吸血鬼の再生を防ぐために銃弾を撃ち込んでいく。
「ですが、それも失敗した。では、次に狙う者ですが……結城さん、貴方も分かっていると思いますが、吸血鬼が人間に仲間意識を持つことも家族を持つこともありません。持ったとしても所詮それは何か目的を達するための手段でしかない。ただの駒として使うことが精々です」
「はい、当然のことです。彼奴等の家族ごっこは見ていて吐き気がしました」
「…………」
赤羽の言葉に結城はハッキリと答える。
「だからこそ、私は彼等のことも何かしらの駒だと思った。例えば、緊急の非常食、とかね」
もしかしたら、他の手段で使うつもりだったのかもしれない。結城も本気で吸血鬼が男達を大事にしているとは思っていなかった。しかし、あの状況で男達には意識を向けれなかった。
予想外の事態が続いた状況で、回復を優先しようとしてアリマが狙えなかった以上、次に狙うのは更に弱い者達。
アリマ以上に弱い者と言えば、ここには意識の失った男達しかいない。
長く吸血鬼と戦ってきた赤羽は初めからそこだけに意識を向けていた。
その結果が、今目の前にある。
「結城さん、こちらでは再生を防ぐのが精一杯です。異能をお願いします」
「はい」
赤羽が再生箇所を念入りに潰していく。
そこに結城が異能で加勢した。
真面な状況では戦いにすらならなかったが、今は違う。手足の捥がれた吸血鬼を殺すのは中級であろうと結城でも十分殺せるレベルだ。
結城が念力で吸血鬼を締め上げていく。
骨の折れる音、血管が千切れる音、肉が潰れる音が鳴る。
「言い残す言葉は?」
「…………」
「そう」
結城が手を握り締める。
言葉を残さず吸血鬼は死んだ。
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