第181話仕事を終えて
騒動を終え、家に帰宅した北條は服も脱がずにベッドに倒れ込む。
「今日は色々あった……ありすぎた」
アリマが起こした火事、間違って連れ去った男、アリマの誘拐、吸血鬼と戦闘、赤羽の予想外の戦闘能力。
一日だけで起こった出来事を思い出す。
結城が吸血鬼に止めを刺した後、北條達はすぐさま撤退した。
気絶しているミズキは北條が背負い、地下通路を使って人気のない場所へと移動し、そのまま第21支部へ。
簡単に報告した後、表沙汰になっていた火事に対して赤羽から御小言を貰い、解散となった。詳しい報告書は明日製作することになっている。
そのことを嬉しく思う反面、明日になっていたら細かい所は忘れていそうだな北條は思う。
「それにしても、赤羽さんがあそこまで強かったとはなぁ」
吸血鬼を圧倒する赤羽の戦闘能力を思い出す。
手足を動かす前に撃つ。もしくは手足を動かした位置に銃弾が置く。あれほどの射撃の腕を持つのにどれだけの研鑽が必要なのか。
あの時、北條は対吸血鬼用装備の本当の使い方を目にしたような気がした。あれに比べれば今まで北條がやっていたことはお遊びレベルである。
赤羽の丁寧な物腰で大抵の者は強い者には媚びを売る男だと勘違いする。周りに異能持ちである朝霧や結城がいるのも拍車をかけているだろう。
失礼ながら北條も若干は思ったことがある。しかし、今回の件でそんなくだらない思い込みは吹き飛んだ。
そこでふと、北條は気になる。
赤羽の実力に気付いているのは何人いるのだろうか、と。
「なぁ、ルスヴン。ルスヴンは赤羽さんの実力をどう見積もってたんだ?」
『…………』
名前を口にするとぬるりと北條の目の前にルスヴンが姿を現す。
しかし、返事を口にすることはない。
むすっとした表情でベッドに横たわる北條を見下ろしている。
「……あの、ルスヴンさん?」
私、不機嫌です。と顔に出ているルスヴンに北條が声を掛ける。
自分が一体何をしたのか振り返るが、北條に思い当たる節はない。居心地悪くなり、苦笑いを浮かべる。
『ふん、余に人間の技術のことなど知るか』
鼻を鳴らし、そっぽを向く。
改めて何かしたかと1日を振り返るが、残念ながらルスヴンの機嫌が悪くなった原因は見つからない。
こんな時、することは1つである。
「気分を害してすみませんでした。後学のために何故怒っているのかを聞かせて頂けますでしょうか」
ベッドから降り、空中を漂うルスヴンに向けて綺麗な土下座を行う。
自分自身で原因に気付かなかった北條が気に食わないのか、ルスヴンは低くなった北條の髪の毛を先端から凍らせていく。
場違いにも将来禿になるんじゃないかと北條は心配した。
暫くして気が収まったのかルスヴンは氷を解かす。
『もう良い』
「改善するべき所を教えて頂ければ——」
『も・う・良・い・と言った‼』
ルスヴンがぷいと顔を背ける。
これ以上この話題を出さない方が良い。何となくそう判断した北條は違う話題を出す。
「腹減ったな。ルスヴンは何か食いたいものあるか? 今日は食いに行こうぜ」
『余の機嫌を取るつもりか?』
「そんなつもりはないけど……俺が腹減ってるだけだよ」
『ふん、ならばお主だけ言って来れば良いだろう。お主の体の中だけで生存出来ていた状態ではないのだ。もう味覚まで一緒になってはいない』
「え、そうなのか」
『あぁ、だから
「そう言われてもなぁ』
これまで体の中で味覚を共有出来ていた時とは違うのならば、ルスヴンだけが食事を味わえないということ。
隣に食事も出来ない人がいるのに自分だけが美味しいものを食べるというのは北條には抵抗があった。
「1人だけ贅沢する訳にはいかないし…………インスタントにするか」
『昨日もだろう。体に悪いぞ』
「お母ちゃん。いや、でも今更食事を作るのはなぁ」
激務を終えた後、食事を作るの等クソ面倒くさいこと
唸りながらも食事について考える北條だが、ルスヴンはそれを見て溜息をつく。
『お主、そんなことよりも他に考えることがあるだろう』
「他に? この腹の具合より優先すること以外があるのか?」
『おい、あの小娘に言われたことをもう忘れたんじゃないだろうな』
「小娘……ミズキのことか」
思い出す、というよりも考えないようにしていた北條はルスヴンから名前を出されてうなだれる。
「……明日考えるんじゃ駄目か?」
『報告書を書き終える頃はぐったりとしているだろう』
「でも俺が出来ることなんて殆どないと思うんだけどな」
北條の頭にあるのは一度別れた後、再び接触して来たミズキが口にした言葉である。
——レジスタンスの本部は第21支部の誰かが吸血鬼と繋がっていると思っている。アリマはそれを探るために送られてきた。のかもしれない。
ミズキ曰く、アリマから吐き出させた情報。しかし、口の軽い男にこんなことを調べさせるのは怪しい。アリマには偽りの情報が与えられている可能性もある、とのことだ。
「ミズキ、裏で情報を集めてくれてたんだな」
『それで、お主はどうするつもりだ』
「…………」
ルスヴンの問いを受けて北條は考える。
アリマが口にした情報が正しいとは限らない。ミズキも言っていたようにアリマが偽の情報を渡されている可能性があるからだ。
その場合、考えられるのはアリマに第21支部を攪乱させ、ボロが出た所を押さえに来ることだろう。
北條がバレていけない秘密は2つ。
異能を扱えるということ。
ルスヴンという吸血鬼の魂と共に行動していること。
この2つがバレなければ良い。
バレないための方法は1つ。異能を使わない。それだけだ。
しかし、それは簡単であって難しいだろう。
赤羽のような戦闘能力があれば中級相手でも凌げる。だが、今日も北條は赤羽がいなければ異能を使っていた。
既に異能を使えることを知っている結城だけでなく、アリマの前でだ。
危機的状況になると直ぐに異能を使う癖がついてしまっている。これでは異能を使わないというのは難しい。
「どうしたもんか……」
言うは易く行うは難し。
助けを求めるように北條はルスヴンに視線を送る。
『ふーんだ』
残念ながらその助けはルスヴンに無視される。どうやらまだ機嫌は直っていないようだった。
ベッドの上に体を投げ、天井を見上げる。
「もういっそのこと異能を使えることだけバラすか」
秘密を1つ開示すれば、そして、それで納得して貰えばそれ以上の追及は無くなるかもしれない。そう北條は考える。
それに結城は北條を勘違いしている。
結城が北條に向けて「何処の研究所にいたかは分からないけど、私達は似たようなものでしょ」と言った言葉が証拠だ。
「(もしかしたら、あの鮮血病院で見つけたあれと関係あるのかな)」
鮮血病院で見つけた資料とボイスレコーダー。それと関係あるのだろうかと推測する。
踏み込むことは良くないことだ。
結城も最低限しか口にしなかった。辛い体験をしたからだろう。
しかし——結城の勘違いで北條が異能を使えることに違和感を覚えなかったならば、他の者も騙せるかもしれないのだ。
ならば、自分自身のためにもやった方が良い。
一通り思考を纏めると疲れから瞼が重くなってくる。空腹よりも既に睡魔の方が勝っていた。
睡魔に抵抗せずに北條は眠りに落ちた。
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