第177話カーレース

 1台の警備隊が所有している装甲車が常夜街を高速で移動する。


 常夜街の治安を守る警備隊の検問があちこちにあるが、その装甲車は検問を素通りしていく。隣には多くの車が列を作っているにも関わらずだ。


 それも当然のこと。この装甲車は警備隊が使用しているもの。一目で仲間のもの判断できるために警備隊にしか許されていないものだ。


 彼等には街の治安を脅かす敵レジスタンスがいるのだ。彼等にいちいち仲間を止めて時間を使う暇はなかった。




「へへッ、相変わらずちょろいぜ」




 警備隊の検問をあっさりと素通りした装甲車の中で男達がほくそ笑む。


 装甲車に乗っていたのは北條達が隠れていた酒場を襲撃した男達だ。


 後ろの座席には縛られたアリマもいる。




「お前達は……一体何なんだッ」




 アリマが車内で笑みを浮かべる男達に問いかける。


 警備隊しか持っていな装甲車を使っていること。見たこともない最新の武装を装備していること。疑問は幾つもある。だが、一番聞きたいことはそんなことではなかった。




「何で——お前達は吸血鬼と一緒に行動しているんだッ」




 予め敵の存在は資料で知っていた。


 強盗犯が吸血鬼と一緒にいる。それを目にした時は何を馬鹿なと真面に考えることはなかった。


 今思えば、この気色悪さから自分は目を逸らしたのではないかとアリマは思う。




「愚図とは言え、お前達も人間だろ。なのに、何で吸血鬼を兄貴と慕うッ。敵意を抱かない‼」




 気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い気色悪い。




 いっそのこと、男達も人外の存在ならばどれほど良かったか。


 人間が吸血鬼を兄貴と慕う光景を見てアリマは総毛立つ。




「ケッ何言ってんだこの馬鹿は、なぁ?」


「あぁ、全くだ。俺達が兄貴を慕うなんて当然じゃねえか。産まれた頃から一緒にいるんだぜ?」


「なん、だと?」




 アリマの頭の中で男の言葉が何度も響く。




「(産まれた頃から一緒? どういうことだ。こいつらの教養の無さからしてスラム産まれだろ。俺はこんな奴等しらないぞッ)」


「そこまでにしておけ」




 その時、これまで一言も喋ることがなかった吸血鬼が口を開く。




「この男にこれ以上情報を渡すことはない」


「うっす、分かりました。ですけど、そんなに警戒することないっすよ。もうこいつは動けないし、これからバラすんだから言っても同じじゃないっすか?」


「お前、兄貴に口答えする気か?」


「あ? うっせぇなそんなつもりはねぇよ。事実を言っただけだ」


「それを口答えって言うんじゃねぇのかよ」


「止めろお前等」




 睨み合う男達。それを止めたのは吸血鬼だ。


 だが、それは男達の仲を考えての言葉ではなかった。




「そんなこと——している暇はないぞ」




 吸血鬼の口から出たのは忠告。


 その直後、男達が眉を顰める暇もなく、装甲車は大きな衝撃に襲われた。










 白い車が常夜街を駆け抜ける。


 光を反射する白は闇で包まれた街の中では際立っていた。


 その車に乗っているのは勿論北條達だ。




「ねぇ大丈夫⁉ ねぇ大丈夫‼? これ300年前の代物でしょ⁉ ガソリンで動いてるものでしょ、爆発する炎上するこれが私達の棺桶になる‼」


「うっさい寄せて集めてもAにも届かない無乳‼ ハンドルぶれるから異能を使うな大音量で叫ぶな‼ 本当に棺桶になるわよ」


「誰が無乳だ⁉ 寄せて集めりゃBはあるわ‼ こんな中古品引っ張り出しやがってッ」


「嘘を付け、どう見たってAにも届かないだろ‼ 言っとくけどこれガワは中古だけど性能に関しては私が改造してピカ一になってるんだからな⁉」


「嘘じゃねぇ‼ 前測った時ちゃんとあった。ピカ一ってどれだけの性能があるのよ。ちゃんと武装もあるんでしょうねッ」


「お前等……乳のこと話すか車のこと話すかどっちかにしろよ」




 ぎゃあぎゃあと騒ぐ2人に突っ込む北條だが、結城の心配は北條もしていたことだ。


 彼等にとってガソリンで動く車は化石のようなもの。速度もこの街で使われているものよりも遅いという印象しかない。


 そんなものを動かして大丈夫なのかと思うのは仕方がなかった。




「ま、見てなさいよ。アナタ達にこの改造マシ―ンの凄さを見せてあげるからッ」




 ミズキが笑みを浮かべ、ハンドルに備え付けられているボタンを指で押した。




「磁力発生時間設定——コイル発射。タイヤをスリップモードに変更完了。磁力ブースター起動‼ アナタ達、しっかり掴まってなさいよ‼」




 その言葉と同時に白いイギリス車が加速する。


 後ろにいた車を突き放し、数百メートル先だったはずの看板を一瞬で通り過ぎる。まるでタイムスリップでもしているかのようにあらゆる景色を置いていく光景を北條は見た。




「みつ、けたッ」




 言葉すら真面に喋ることが出来なくなった重圧の中、ミズキが目標の車を捉える。


 速度を落とすことはせず、ミズキは頭から装甲車に向けて突っ込み、衝突した。


 凄まじい音が響き、両者の車が宙に浮く。




「さぁ、追いついたわよ‼」


「言いたいことは色々あるけど……今は良いわ。北條‼」


「あぁ、今は——あいつをどうにかしなきゃなッ」




 北條と結城が窓から装甲車へと視線を向ける。2人の視線の先には、装甲車の上に立つ吸血鬼の姿があった。

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