第176話襲撃

 土塊つちくれ一族。

 レジスタンスが秘密裏に動けるようにと地下通路を作り始めたことがきっかけで生まれた一族。

 今はもう積極的な関りなどなくなってしまったが、それでも彼等も元々は吸血鬼に抗うための存在だ。

 戦いにおいてのノウハウは廃れてしまったが、街の裏で動く隠密行動や情報収集能力はむしろ磨かれていると言って良い。

 だからこそ、北條もミズキを頼った。

 土塊一族である彼女ならば、リアルタイムで必要な情報を得て、自分達を見つけ出し、安全な場所に匿ってくれるだろうと考えて。

 だが、その考えは甘かったと痛感することになる。


 北條と結城が間違って捕まえてしまった男に処置を行い、後は元いた場所に戻すために店にいない時だった——突如として店内は銃撃に襲われた。

 警告も何もない。

 店に訪れていた関係のない人間も、店員も鉄板を容易く貫く銃弾に晒される。


「な、何が……」

「ひぃ、助けっ——」


 雷が落ちたのではないかと錯覚するかのような音。

 店内にいた人間達は恐怖に陥り、死んでいく。その姿をアリマは物陰に隠れて目にしていた。


「(何だ、一体何なんだ⁉)」


 静かに飲んでいた男性も、嫌なことを忘れるために目尻に涙を溜めていた女性も、くたびれた服を着ていた老人も、アリマと共に飲んでいた能天気な女性も銃撃に晒され、地面に横たわる。

 数十秒、あるいは数分か。雷のような銃撃が続き、火薬と粉塵で店内が見えなくなるとようやく銃撃がやむ。

 運良く銃撃から逃れることができたアリマは恐る恐る物陰から顔を出す。


「おいおい誰か生きてるぜ。ハハっ、運の良い奴だ」

「馬鹿が、さっきの銃撃で例の男が死んでいたらどうするんだ」

「あぁん? テメェもノリノリで撃ち込んでた癖に何言ってやがる‼」


 銃撃で砕けた硝子と木材を踏みしめ、男が2人店内に入ってくる。


「まさか、さっきの銃撃はお前等か‼」

「え、何コイツ。何当たり前のことを言ってるんだ? もしかして馬鹿か?」

「大馬鹿のお前より馬鹿ってことはないだろう」


 アリマの視界に男達の姿が映る。

 1人は等身大ほどの巨大な銃を手にし、もう1人の方は片方の男が持っている銃より一回り小さな銃であるものの、背中に巨大な剣を背負っていた。

 一目で普通の武装ではないと分かるそれを目にしたアリマは直ぐに店内の奥に避難することを決めた。だが——。


「おっとっと、何処に行くつもりだ?」


 それを予め読んでいたいたからのように男が1人店内の奥から姿を現す。


「っ……お前等、一体何モンだ⁉」

「何だ。見て分からねぇのかよ。テロリストって奴だよ。それよりも、聞きたいことがあるんだが……お前、ここに俺達の首に賞金を懸けた奴がいるはずなんだが、知らねぇか?」

「なら、お前等があの——」

「ん、俺達を知ってるのか。へへっ兄貴‼ 俺達順調に名前が売れて行ってるらしいですぜ‼」


 そう口にして等身大の銃を持った男が後ろを振り返る。

 そこにいたのは紅い瞳をした男だ。


「きゅ、吸血鬼……醜い屍めッ」

「あん? んだよ。兄貴を馬鹿にすんのかコラ。何様だよ」

「気付け馬鹿。俺達を知っている素振り、こいつが俺達の探してた奴だよ」


 その言葉に等身大の銃を持った男が笑みを深める。

 野獣のようなその笑みにアリマは背筋が凍る。

 一歩、また一歩と距離を詰めてくる男達にアリマは抵抗することが出来なかった。





「何だよ。これ……」


 間違って連れて来てしまった男を無事に帰れる場所へと連れて行き、酒場へと戻って来た北條達は崩れ、ボロボロになった酒場を目にして唖然となる。


「一体何があったのッ。アリマは⁉」

「ッ——ミズキ、生きてるか⁉」


 火薬と噎せ返りそうになる血の匂い。

 最悪の想像をした北條達は思わずボロボロの店内へと駆け込む。

 店内はそれほど広くはない。

 幸いなことに目的の人物の1人はすぐに見つかった。


「やっほ~北條、ちょっと遅かったわね」

「ミズキッ」


 額から血を流し、骨折したのか腕を抑えたミズキが倒れた木材の隙間から顔を出したのを発見し、北條は素早く助け出す。


「いやぁ、ホント体が小さくて助かったわ。アイツ等、アタシが情報収集してる時に撃ち込んできやがったッ。防弾ジェルスーツがなかったら死んでたわよ」

「何があったんだ?」

「復讐よ。賞金を懸けられたテロリスト達のね」

「それ、どういうこと? まさか、私達の情報の隠蔽に失敗したんじゃないでしょうね」

「失敗なんてしてないわよ。少なくともアタシはね」

「まるで私達に落ち度があったみたいな言い方ね」


 どちらも自分の落ち度がないと思っているからこそ、相手に落ち度があるのではないかと考え、睨みつける。

 睨み合う両者の間に北條が滑り込んだ。


「争ってる場合かッ。ミズキ、アリマはどうした? あいつもやられたのか?」

「生きてたわよ。連れていかれたから、今はどうか分からないけど」

「見ていたの?」

「何、悪いの? もしかして何で止めなかったとか言わないわよね。アタシ戦えないのよ?」

「戦えないにしては襲われたのに随分落ち着いているようだけど?」

「おい、止めろって」


 再び剣呑な空気になりかけた瞬間に北條がそれを止める。

 続けてくれと北條が視線をミズキに移すとミズキは結城に向けて軽く鼻を鳴らしてから口を開く。


「男が3人、武装してた。しかも、普通じゃないやつ……あれ、第1区で開発されたばかりの対異能持ち用装備だった」

「対異能持ち用? 結城、聞いたことあるか?」

「いいえ、私も初めて聞いたわ。デマじゃないでしょうね?」

「ふん、襲われた相手の有利になること言うはずないじゃない」


 腕が痛むのか、苦しむ表情をしてミズキが体を硬直させる。


「ミズキ、治療を——」

「大丈夫。応急処置は自分でやったから。それよりも渡すものがあるの。これを受け取って」


 ミズキが北條に手渡したのは1つの端末だ。

 何をするものなのか理解できなかった北條はミズキに視線を向ける。


「ふふ、それ——襲って来た男達に取り付けたGPSの受信装置。かなり高速で移動しているわ」

「……いつの間にこんなものを」


 端末の画面に視線を落とすとミズキの言葉通り、男達を示すであろう印が人の速度では考えられないほどの速度で移動していた。


「これ、戦闘衣バトルスーツで追いつけるか?」

「それが信頼できるかどうか分からないけど、戦闘衣では追いつけないわね」

「いつまでアタシのこと疑ってんのよ」


 北條とは違い、完全に信用していない結城の言葉にミズキは肩を落とす。

 出会ってからずっと疑いを向けてくる結城にうんざりしたミズキはならばと口を開いた。


「分かった。いい加減にアンタからの疑いは鬱陶しかったから少しは命張ってあげる」

「怪我人だから無理はしなくても……」

「大丈夫って言ったでしょ。それに貸しは幾ら増やしても悪くないしね」

「でも、どうやって追いつくつもりだ?」


 戦闘衣でも追いつけない移動速度。それに追いつける手段があるのかと問いかける北條にミズキは笑みを浮かべた。


「隠し玉は幾つもあるの。その1つを見せてあげる」

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