第174話隠れ家で

「はいは~い、良く来ました我が秘密基地へ‼」


 北條達の前で両手を広げてミズキは歓迎の意を示す。

 一時、身を寄せる場所を欲していた北條達。

 支部へ行こうにも距離があり、他の支部も頼れなかった状況で彼等は北條の案で土塊つちくれの一族である少女——ミズキを頼っていた。


「何が秘密基地よ。ただの酒場じゃない」

「文句があるなら、外で寝たらー?」

「結城……」

「分かってる。悪かったわね」

「よろしい。その素直さに免じて料金は日割りにしてあげる」

「はぁ⁉ 金取るの⁉」

「当たり前でしょ」


 結城が土塊の一族に頼ることを決めた後、北條はすぐに地下に潜った。

 向かったのは初めてミズキと出会った場所だ。

 ミズキの場所が分かっていた訳ではないが、北條はミズキに会えると確信していた。爆発の騒ぎで北條の動きを把握していたのだ。

 もしかしたら、今も把握しているのかもしれない。そう考えていた。

 その考えは正しく、地下に潜ってから30分程度でミズキの方から北條達に接触し、隠れ場所に案内し、今に至っている。


 裏口から酒場に入ると北條は近くにあったソファに気を失っている男を寝かせ、自身もその隣に腰を下ろした。


「この酒場、客はいるのか?」

「いるよ。今は騒ぎが起きてるから客足は遠のいてるけど、表向きは普通の酒場になってるからね。お客として利用するのは良いけど、その時は服の汚れを落としてからにして欲しいな」

「分かってる。休ませて貰うんだ。迷惑は掛けないよ」

「なら、良かった」


 北條の言葉に満足してミズキは笑みを浮かべる。

 2人の親しい様子を見て、結城が目を細める。


「北條、あいつとどういう関係なの?」


 北條の隣へと移動し、小声で耳打ちする。

 近くなったことで息が耳にかかり、北條はこそばゆさを感じる。


「えっと……恩人、かな?」

「恩人って、なんの?」


 ミズキを疑っているのか、結城は更に踏み込んで問いかける。

 その問いに北條は困ったような表情を浮かべた。

 鮮血病院で起きた出来事について話すのは問題ない。支部で行方不明になっていた間何があったかについて北條は話している。

 だが、北條自身とミズキの距離が近くなったことについては話を省いていた。

 当然である。ルスヴンが絡むのだ。話す訳にはいかない。

 それは友人である加賀や結城でも同じだった。


「ちょっと落ち込んでた時にね。励ましてくれたし、力も貸してくれたんだ」

「……本当に? 無理やり言わされてるとかないわよね」

「大丈夫、問題ないよ」


 きっぱりと告げる北條に結城はもう少し踏み入れたくなるが、自重する。

 自分に近い境遇——結城が勘違いしているだけだが——の存在。悩み事だって尽きないはず。そこに勝手に足を踏み入られたら良い気分にはならない。

 だが、ガルドとのやり取りで土塊の一族の印象を悪くしていた結城は本当にミズキが北條の恩人なのかを信じ切れないでいた。


「…………」

「ふんっ」


 結城がじとりと視線を向ければ、ミズキは挑発気味な笑みを浮かべて迎え撃つ。


「裏切ったら即捩るからね」

「間借りしてる身でデカい口叩くな小娘が、料金高くして財布からっからにしてやろうか?」

「(い、いずれぇ~)」


 結城とミズキ、2人に挟まれた北條は居心地の悪さに身を縮める。


「記憶を飛ばす薬はどうしたの。さっさと取ってきなさいよ」

「今用意させてますー。あ、ちなみに料金は1000万バルカンになりますぅ」

「ぼったくるにもほどがあるぞ?」

「適正価格ですよバーカ、こっちは商人でしてねぇ。戦うしか能のない女とは違ってあちこちコネを作るのに金がいるんですぅ」

「だったら、客を呼び込むなりしてこの店を盛り上げたらどうなの?」

「私は人を雇う立場だからそういうことは部下の仕事なの。そんなことも分かんない?」


 睨み合う2人を見て、ここに連れて来たのは間違いだったかもしれない。そんな思いを北條は抱くが、後の祭りである。

 ギスギスとした居心地の悪さは薬を取ってきた部下が戻ってくるまで続いた。





 薄暗い廃工場の中、4人の男がいた。


「おい、どうするんだよ」

「どうもうこうもねえよ。街があんなになっちまったんだ。暫くは様子を見るしかねぇ」

「チッ‼ あの餓鬼め、面倒なことしやがってッ‼」


 男の1人が苛立ちのあまり、足元にあった木材を蹴り飛ばす。

 木材は凄まじい速度で飛んで行き、積み上げられた荷物に突き刺さった。


「おい‼ 今お前は戦闘衣バトルスーツ着てんだぞ。小石蹴り飛ばしゃ弾丸並みの威力になるんだ。気を付けやがれ‼」

「お、おう……そうだったぜ。すまねぇ、ついうっかり」


 廃工場に似合わぬ装備を身に着けた男達。

 その武装は街の警備隊の精鋭にだけが与えられる代物だ。

 勿論、男達は警備隊な訳が無い。彼等の出身は街の最底辺であり、高価な戦闘衣など買えるはずもない。

 ならば、何故——その答えは簡単だ。殺して奪った。それだけである。


「うっかりじゃすまねえんだよ。この馬鹿がッ。さっきの音でここがバレたらどうするんだ、あぁ?」

「わ、悪かったよ」

「ふん、びくびくしやがって——」


 派手な音を出したことを責める男と木材を蹴り飛ばした短気な男の耳に横から嘲笑う声が届く。

 真っ先に反応したのは短気な男だ。


「あぁ? 何だとこの野郎ッ」

「子犬みてぇにびくびくしやがってって言ったんだよこの野郎。全く、兄貴が見たら何て言うか」

「あぁん? 兄貴は関係ねぇだろうが‼」

「止めやがれこの馬鹿共が、ここも絶対安全じゃねぇんだぞ」

「へん、何が安全じゃねえだ。ここより安全な場所があるかよ。吸血鬼だろうが、街の警備隊だろうが、レジスタンスだろうがここに攻めて来ても俺らを捕まえることなんて出来はしねぇぜ」


 にやにやと笑みを浮かべる男はもう1人の静かな男——紅い目が特徴的な男に視線を送った。


「なんせ、ここには兄貴がいるんだからな」


 異様な光景だった。

 人間の傍に吸血鬼がいて、それをその場の人間達も当たり前のように受け入れているだけではなく、兄貴と慕っているのだ。

 この街の人間がこの光景を見たら夢を見ているのだと錯覚するだろう。

 それほどの光景がそこにはあった。

 物静かに、積み上がった荷物に背を預けていた吸血鬼が口を開く。


「弟達よ。そんなに期待してくれるな。某には力などない。精々指で地面を割ったり、牙で鉄を砕いたりとその程度だ」


「ギャハハハッ十分すぎるぜ兄貴‼」


 謙遜とも言えない吸血鬼の言葉を聞いてニヤつく男が笑い声をあげる。他の男達もそれに続いた。


「だが、どうする? 収穫がねぇってのも考え事だぜ?」

「確かに、そうだな」

「おうおうそれならよぉ、俺の話を聞いてくれや」


 短気な男が口を開く。


「俺達の首に賞金懸けた餓鬼をとっちめようぜ。あれだけの賞金を懸けたんだ。あいつの懐にはたんまり金があるんだろ。それを全部いただくんだ」


 得意げな顔で男が口にした提案に誰もが頬を緩ませる。

 最近、街で噂になっている吸血鬼を伴った強盗犯。

 壊滅した街で仕事が出来なくなった彼等はその報いを受けさせるために、襲撃を決定する。

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